第8話 未来信じて
昼の間は川沿いの道を歩き、夜になると町の漫画喫茶かカラオケ屋で仮眠した。深夜は人に見つからないよう慎重に海を目指し、朝になるとコンビニやスーパーで買ったものを日の出を見ながら食べた。服はコインランドリーで洗濯をし、昼間は制服、夜間は買った服を着た。
そのようにして、僕たちは歩き続けた。
深夜、川沿いを歩いていると、まるで、永遠に同じ道が続いているみたいに思えた。その中で僕たちは、手を繋いだり、繋がなかったり、喉が痛くなるほど話したり、他人のように黙ったりした。まるで夢の中にいるみたいな日々だった。
——ある日の夜、僕たちは法をやぶった。
本当に大人に見られてるか試してみよう。
たったそれだけの理由でハルカは、コンビニでお酒と煙草を買った。
「どう? おいしい?」
川辺のベンチに座って、二人でお酒を飲んだ。
「にがいですね。なにがおいしいのか全然わからない」
CMでよく見る、銀色の缶ビール。
俳優は美味しそうに飲んでいたけど、その気持ちは全く分からなかった。
「……んー、たしかに。なんか薬のんでるみたいだね」
僕が飲んだ缶に口をつけると、ハルカは渋い顔をした。
「大人って変な生き物だね」
「ハルカさんも大人でしょ?」
「まあわたしも成人だけどさ。大人ではないよね」
缶ビールは二人でなんとか飲み切った。
次にハルカは長方形の白い箱を、コンビニの袋から取り出した。
「そっちもやるんですか? 火つける前からなんですけど、絶対おいしくないですよ」
「まあまあ、死ぬまえに体験しときなって」
「絶対むせますよ?」
「世の中に絶対はないのだよ少年」
ハルカは軽いノリで、取り出したタバコに火をつけた。
そして口にくわえると、案の定むせた。
「なにこれ!? 全然おいしくないじゃん。むしろ罰ゲームのやつじゃん!」
「だから言ったじゃないですか」
「もういらない。あげる」
差し出されたタバコを受け取った僕は、少し緊張した。
ハルカが口をつけていた場所をくわえると、一気に嫌な臭いが口の中に広がった。
どぶを掬って食べたような味だった。
「あはは、めっっちゃむせてる」
「……だから言ったでしょ,こうなるって」
「いい経験だったでしょ?」
「そうですね。世の中に絶対はあるってことが分かりました」
ハルカはいつもより少し陽気に笑った。
そして僕たちは——どういう経緯かは忘れたけれど——歌をうたった。
夜の川辺で、ふたりぼっちで。
「これ、卒業式に歌ったよね」
曲名はたしか、旅立ちの日に。
* * *
ある日の夜は川辺で花火をした。
「夏と言ったら花火だよね」
「手持ち花火って、幼稚園以来かも」
「たしかに、わたしも久しぶりだなー」
夜の闇をはじくように、花火は光を散乱させた。
色とりどりの炎が、彼女の顔をぼんやりと、カラフルに照らした。
「花火には亡くなった人の魂を鎮める意味があるんだって」
ハルカは手持ち花火から勢いよく吹きだす炎を、ぼんやりと見ていった。
「……じゃあ、鎮めるまえの人の魂は暴れてるんですかね」
「暴れてるのかもね。もっと生きたいーって」
そう言って、彼女は寂しそうに笑った。
「それなら、タイヨウには届かないといいな」
スーパーで買った花火セットの中には、筒状の打ち上げ花火があった。
導火線に火をつけると、僕の身長より少し高い位置でポンっと花火がなった。
「これじゃあ天国からは見つからないね」
最後に、僕たちは線香花火をした。
小さな玉が赤く弾けて、暗闇に花のような線が浮んでは消える。
「ねえ。ソウスケくんは、わたしのこと好き?」
「え?」
いきなり何を言うんだと思った。
「いいから答えてみてよ」
僕はハルカを見た。
ひざを抱くようにして座る彼女の目は、僕を向いていた。その目は、まっすぐで、冗談を言っているようには見えない。線香花火はまだ燃えている。
「好き、ですよ」
頭の中を整理して、僕はいった。
彼女に対する疑問を除けば、僕の中にあるハルカのイメージは好意的なもので埋まっていた。それがなぜなのか、僕自身よく分からなかった。いつの間に彼女を好きになったんだろうと思った。
「えへへ」
ハルカは人差し指で頬をかいた。
「なんなんですか。真剣な質問だと思ったから真面目に答えたのに」
「いやー、真剣な質問だよ?」
「なんのための?」
「ほら、タイヨウかどうか調べるためだよ」
僕が言い返そうと思ったそのとき、線香花火が落ちた。
光源が消え、辺りに暗闇が戻る。
こんな風に、人は死ぬのかも。
何かのきっかけで燃えて、唐突に光を失う。
光を失った花火は、もう二度と発光することはない。
僕とハルカは、花火の残骸を川に投げた。
* * *
夢のような日々。
非日常的な生活。
ハルカはとの毎日は、子どものころに読んだ絵本の物語みたいに、不思議で閉塞的で幸福な世界だった。
だけど、僕は忘れていた。
いや、気付いていなかった。
人はいつか夢から覚めることを。
絵本を閉じた瞬間に、つまらない世界を見ることになることを。
死にたいという思いがずっとそばにあったことを。
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