第31話 夜、オラン、刃物ごしの交友
オランの街は破壊し尽くされていた。
家々の天井は焼け、家畜は死んで腐っているか、食われたのか骨となり、糞尿の匂いも酷く、また、無造作に捨てられた死体の多くは人肉食の為酷く欠損していた。
焼けた穀物の匂いから、生生しい腐った汚物や肉の臭いに変わるにつれ、戦場に慣れていない若い犬士やエルフが嘔吐した。
「敵はいない」
それなりに手練のエルフが斥候として見て回った結果、オランは捨てられた都市だと分かった。
「もう日が暮れる。今日はオラン郊外のなるべく焼けてない野原で野宿をしよう。都市は臭いが酷すぎる。」
ウズマサの言葉に一行は賛成の態度をとった。
ハイオーガとの戦場での一騎打ちで勝利してからというもの、ウズマサの言葉に従うエルフは多かった。
聞けば、小さい時から弓矢の訓練を受けて扱いは得意だが、槍や小盾の扱いは軍事訓練で短期間で習わされただけだという。
兵士になる前は農夫や馬丁、町の鍛冶屋に小商人、物乞いに至るまでかき集められた烏合の衆であり、故郷を守りたいという士気が高いが練度は猿族が送り込んだ兵士とあまり変わらないらしかった。
斥候隊は狩人や森林近くの田舎に住んでいた平地エルフの中で選抜された部隊であり、弓矢隊の一部から選出された。
彼等を戦力ととらえるのは酷だ。
エルフは人数合わせに近い。
「我らも弓矢は得意だぞ」
弓一番なのに接近戦をやらされて不満だった犬士ホウイチが、背中の弓を仲間の犬士と協力し、近くのレンガを利用して二人張りし、エルフの矢筒の中から矢を一本貰った。
「今からあの板の真ん中の焦げた所を打つ」
ホウイチはそう言って、遠くの板の真ん中焦げ目に見事矢を命中させた。エルフから拍手が沸く。
「変わった形の弓をしているな。大きいが下が短い。見たこともない植物も使われているが‥」
「それは竹だ。」
敵がいないと分かって、エルフ達と弓談義をする犬士達に、本来犬豪は弓の名手であるがゆえに何か一家言持つべきなのだが、刀剣に全てを捧げたウズマサは黙っていた。
「ウズマサ殿は弓はやらんのか?」
グウェインが質問した。
「俺はどうも弓矢が苦手でな。手が熟しているのは刀剣の技だけだ。」
人より冷や汗をかきながら、グウェインに弓の不得手を伝えると、グウェインはそんなものか、とそれ以上突っ込んでは来なかった。
ちなみに、ディナシーはランスと剣と、時々斧やメイスなどを使う。弓の名手は大敵だったが、霊馬で空を飛べば弓矢の当たる確率は格段に減った。
要請隊一行は見晴らしの良い小さな丘を見つけると、星が見え始める時刻に野営の準備を始めた。
テントを建てるものもいれば、マントに包まり眠ろうとするものもいる。
犬士達はよいしょと腰を降ろして首を鳴らし、虎族は靴の汚れを草に擦り付けるように取っていた。
「見張りをたてませんといけないですなぁ、ステフ殿からお願いできますか?」
すっかりムードメーカーになったダンキチが、その辺の木々から持ってきた薪に火を灯しながら、ウズマサらに代わって見張りの交代をテキパキと決めていた。
ウズマサは楽をさせてもらうついでに、兜を脱いで、慣れない鎧越しに凝り固まった肩を自分でほぐしていた。
烏帽子の底は汗にまみれ、口でハァハァと息をした。
「これだけ労して、一度の飯は固パンとやらか。飯と味噌汁、焼いた魚が懐かしいわい。」
老犬士チカトシが愚痴をこぼす。
無意識にダンキチが訳してしまった。
「まったくだ。俺はビビンバが食いたい。熱々のクッパや牛の尾のスープでもいい。」
虎族のイ・ソジンが同調する。
また、ダンキチが小声で訳してしまった。
「それなら俺達だって、こんな固いだけのパンだけでなく、野菜のスープも腹一杯食いたいな。マッシュポテトに、煮豆も良いな。感謝祭だと何とハムにラードにソーセージと肉も出る。」
ごちそうについて、エルフのオラフが語りだす。
食い物には、皆貪欲になる。こんな行軍した後は特に。
兵糧なくば兵は動かないのだ。皆飯の事で夢想した。
ワイワイと飯談義が始まった辺りで、ウズマサは慣れない鎧での行軍にウトウトと眠くなってしまった。
夜、いつの間に横になっていたウズマサは薪の火から遠くに寝そべっていたせいで、寒さで目が覚めた。
見張りの様子を見に行くと、見張りのエルフは頭を下に向けて寝ていた。
(見張りの意味が無いだろ。)
起こそうと思った所で、ふと総毛立つ感覚がした。
犬豪ともなれば、気配、違和感、戦勘の様なものが働くらしい。
見張り方向にある小さな草むらに向けて、音が出ないように鎧と鎖帷子を脱いだ。
腰紐に小太刀をさし、大太刀を置いて太刀履きのまま、慣らした
草むらの隙間からオレンジの光が見えた時、勘が確信に変わった。
オーガ、トロル、ハイウルグよりひどく背が小さい。
ゴブリンと背格好が合っているが、奴らは夜目が効くらしいから違うのか?
オランの有様からエルフの生き残りとも思えない。
音が出る草を避け、木々をそっと掻き分け、雑草をゆっくりと慎重に踏みながら、灯りの主に注視した。
ゴブリンだ。腰布姿で皮の脛当て、手に皮の手甲を巻いている。
手に青銅の穂先のついた短槍を持ち、松明を左手に何か地面を見つめ、捜し物をしているようだった。
ウズマサは小太刀を抜くと、ゴブリンの背後について、腕で一気に首元を掴むと小太刀を突きつけた。
「動くな。ここで何をしている?」
ゴブリンは身体を硬直させたが、しばらくして身体の力を抜いた。
「お前、ゴブリン語を話せるのか?命だけは助けてくれ。あるいは、…もうこのまま殺してくれ。」
最後の言葉は震えていた。
様子がおかしい。ウズマサは小太刀をそのままに、殺さず話を聞くことに決めた。
「俺は翻訳機を持ってて話が通じる。お前はどこから来て、ここで何をしているのだ?」
「俺の名はドグ。ここオランの次の都市クライに駐留しているゴブリン駐留部隊の者で、森で落とした大事な物を探しにきた。」
「大事なものとは何だ?」
「櫛、だ。俺の妻の櫛を失くしたのだ。」
ドグは震えていた。
「お前の、妻とやらは故郷にいるのか?」
ウズマサは興味がわいた。
「違う。魔王が首長達と共に女を領地のどこかに捕らえて集め、人質にしている。逆らえば、女達が殺される。俺達は光の神と暗黒神が戦争した時代の敗れた暗黒神側の妖精種族として、それなりに今日まで頑張って生きてきた。食料の略奪が許されず魔王の命で、俺たちの間で禁断とされ食うはずのない人肉を食わされ頭がいかれた病になった奴らが沢山でてるし、かといって魔王には逆らえない。人の肉を食わずに俺は草と木の皮でしのいでいるが、だが、もう耐えられない。妻に会いたい。熱く抱きしめられたらそのまま死んでも構わない。もう一度会いたかった。櫛を見ては己の支えにしていたんだ。」
ドグは小太刀の先端を見ながら、死を見つめ自分を見つめ、喋りながら心の整理をつけていた。
黄色い目から涙が溢れてこぼれた。
松明を落とし、肩を震わせ泣いているのがウズマサにはわかった。
事情も分からず、ただ戦えと呼ばれ、殺し合いを演じた。
だが、敵の1勢力から事情を知った今、ウズマサの心に情けが生まれた。
それにクライや他都市の敵の情報は貴重だ。
この男から何か活路が見いだせるかも知れない。
「ドグ、といったな。逃げないなら殺さん。あんたの話には幾つか興味深い点があったし、クライの情報や、この先の敵の動向を教えてくれるのなら、もしかしたらお前らゴブリンの女達を開放する手助けさえするかもしれん。いや、少なくとも俺ならそうする。」
「本当か?」
ドグは首だけで振り向いて、ギョッとした。相手がエルフでなく、黒い侍烏帽子を被った犬の頭をした獣人だったからだ。
「何であれ、俺達の野営地まで来てもらおう。櫛は諦めろ。代わりに妻と会えるかは、お前の協力次第だ。」
ウズマサは確かに刃物をつきつけていたが、そのままドグを刺し殺す気にはならなかった。
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