第20話 虎国

 フジの命令という形をとっているが実質トモヨリの命令で、ウズマサは船上にいた。


 貴族1人、貴族の使いの者10人、犬士は15人、犬士の使いとしてダンキチがいて、犬豪はウズマサ一人。

 大国の招待の割には人数があまりにも少ないが、これは炎国への貢ぎ物つまり輸送船に同伴する形で出立した為だった。

 中華帝国たる炎国へは虎国を通らねばならない。虎国で荷物が一旦積み降ろしされ、後は陸路で式典会場へ向かう事となる。


 ゆえに、虎国に阿島の輸出品を通行料として一部納める事となっており、その分積み荷は重くなった。

 虎国を通らないルートもあったが、外交上今回は通るため、虎語に精通した貴族ササキクラマチカノカミが外交官の役割を果たしていた。


虎国


 青鱗青龍王の次の玉座を狙って起きた大いなる中央大陸の内戦で負けた虎族が、阿島へと渡らずにボウ半島で生活をしている。

 彼等はプライドが高く、さっぱりとした熱血漢が多いが、その裏では炎国の赤室猿王による支配的抑圧に媚び、目下になる阿島の獣人達への蔑視をしている者も多かった。

 虎の頭をしていながら、『虎の威を借る狐』を地でいく者もいる。狼族と違って阿島に逃げ込まずに、独立してボウ半島を治める点で油断のならない種族である。

 彼等は凶悪な鉤爪の様に曲がった刃と柄に丸い穴の空いた虎の爪と呼ばれる特殊な剣を用い、手足を回転させて敵をなぎ切る舞踏剣法という技を使う。

 着物は大陸式の長袖の長服を着てズボンをはいている。


 ウズマサは宮中警護にかりだされた時に、虎族の姿をチラッとだけ見たが、胸を天につき出すような威張り具合に、外交というのは大変な思いをするものだと思ったものだった。


 ボウ半島の船着き場につくと、船酔いでフラフラになったササキクラマチカノカミがヨロヨロと付き人に支えられて、船員に続いて半島の地を踏んだ。


 次に犬豪のウズマサが船を降りると、黒い帽子にカラフルな長服姿の虎族の外交官が、武官を左右に引き連れて、こちらにやって来た。

「偉大なる虎国へようこそ。」

 第一声からしてこの調子である。

「日出ずる国阿島より参りました。」

 ササキクラマチカノカミが負けじと文言を口にし笏を手に深々と礼をした。

 大中帝国炎国になる前、日出ずる所の天子日没する所の天子に致す、恙無つつがなきやという無謀とも思える対等外交の文を初代青龍王に送って以来、阿島の白狐の民は政権が変わった中央大陸でも、特別対等な扱いを受けている。

 実は目下と思っているのは虎国だけなのだが、彼等は決して認めようとはしなかった。

「さて、貢ぎ物はどこですかな?」

 虎族の外交官は礼を鼻で受け止めた。白狐の民の特別扱いが腹の底では許せないのが虎族というものだった。

「荷を降ろした時に、その一部を納めさせて頂きます。その後は陸路で会場でありますリアンへと向かいます。」

「そうお急ぎにならなくても宜しいかと、白狐の民。」

 いつもある歓待を暗に拒んだササキに虎族の外交官チョギョクが否定した。

「まずは船がついた労いの酒席をこちらから用意している。礼を失せぬ国だからな。そして、道に不馴れな阿島の方々を案内する人足を用意する手はずだったが、帝国から招待を受けた我が国は、外交官のみのそちらと違って王族であらせられる第三王子シウォン様が『直々に』この招待にあずかる事となった。シウォン様は白狐の民にも理解を示され、阿島の一行と同行するとおっしゃられている。」

 チョギョクは王族に絶対的崇拝をもっていた。

「つまり、我々はシウォン様と共にリアンに向かうことになるのですな?」

 ササキはただでさえ白い顔色を青くした。

「その通りだ。外交官殿。」

 虎語は分からないが、ササキの口を開ける度憔悴していく様子と胸を反らしたチョギョクの姿に、猛烈に胃が痛い旅路になりそうな予感がしていた。

「立ち話も勿体ない、下々の者を連れて、酒の席まで来ていただこう。」

 話は終わったと虎族の外交官チョギョクはそのままの姿勢でササキ一行を酒宴へと誘った。

 ウズマサらもぞろぞろと続くように歩いた。


 酒席には、威張り散らした外交官の顔より、顔つきは柔らかく品と風格のある虎族の男が上座になる椅子に座っていた。シウォンだ。

 シウォンに向けて地に額をつけ礼をする虎族の外交官に、ササキ達も頭を下げた。

「ご苦労だったなチョギョク。そして、面を上げて下さい。阿島の方々。遠いところからようこそ虎国へ。私は虎国第三王子のイ・シウォン。我々はあなた方を歓迎します。」

 優男を思わせる様な声色の阿島語で語りかけてきたシウォンに、ササキは礼を深くした。

「この度は陛下のご尊顔を拝し恐悦至極に存じます。ササキクラマチカでございます。」

 白狐の民は、相手が格上と分かったら名前のカミの字を言わない。シウォンを格上と立てた物言いだった。

「どうかお掛けになって下さい。乾杯をしましょう。」

 外交官の口調とは真逆の柔らかな口調と態度に、ササキ同様頭を下げていたウズマサは、案外ましな旅になると思い始めていた。

「では、失礼つかまつります。」


 ササキが礼を止め、下座の椅子に座ると、ウズマサ達は頭を下げるのを止め、腰を屈めて控えの姿勢に入った。

 鎧は積み荷の中にあり、ウズマサは太刀を佩き、脇差しを差し、藤一文字を背中に背負っている。

 他の犬士達も同様に鎧は船の積荷を降ろす前に謁見した為、直垂と烏帽子姿で警護にあたっていた。

 虎族の警護官、武官は虎の爪を腰に差し、槍を手にしていた。


 酒席では国賓をもてなすシウォンと腰低く話すササキとで虎語の会話が交わされた。


 その間、棒立ちしている虎族の武官と控えの姿勢をとる犬士達とは何度も視線があったが、声を掛け合う事は無かった。

 声色や態度からして、シウォンという男は酒があっても第一印象通りの男の様だった。優しそうの一言ひとことをもってして、ウズマサは会話こそ分からないものの、旅について安堵していた。


(後はササキ殿と王子とを守りつつ、リアンを目指すまでだな。)


 酒席は夕方から夜まで続いた。ササキ一人では食べきれない量の料理がわざと出され、それが虎族のもてなしの振る舞いであるとウズマサが何となく見知った頃、シウォンが席を去った後で、ササキが席を立ってウズマサ達の所へやって来た。

「余った料理は下々にいく、というのが向こうの作法でな。酒は無いが、今夜の晩飯にしてくれ。」

「御意。」

 控えの格好で途中から立て膝をついて座っていたウズマサ達にとっては、ササキの言葉は空腹も手伝ってありがたい申し出になっていた。

「皆で分けて食おう。」

 ウズマサの言葉に、他の犬士や付き人達からため息が聞こえた。

「やれやれ。」

 犬士の誰かがそう呟いた。

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