第19話 ゲンシンの剣法

 ウズマサは、ヤクマルイッシン流の稽古の更なる段階を踏んでいた。


 立ち木に向かって、礼。


 次に木刀を片手持ちし、右手に木刀を構えると、左右立ち木打ちを始めた。

 それが終わると左手に持ち替え体を入れ替え左手で打ち、稽古を終えた。

 飯を食べそこねる程熱中し、腹の虫の声でやめた。


 太刀は本来は片手操法が基本であり、ヤクマルイッシン流の太刀は、後の世に主流として作られる打刀と同じくらい茎(なかご)が長く、両手間を離して手に持つ事ができる両手剣法であった。

 それでも古式稽古として、片手操法で敵を打つやり方が残っていた。


 太刀は馬上で片手で使う武器であったものを、地上で使える陸上剣法にしたのが、狼族のヤクマルイッシンを初めとする剣法家達だった。

 古代大陸では騎馬民族として生活していた狼族が、馬がそれ程多くない狭い阿島に移住して武術を改造したのである。


 犬豪として馬に乗ることも増えたウズマサにとって、横木を叩くより立ち木を左右に片手で叩き打つ稽古に切り替えたのは、馬上戦闘を考慮し始めたからに他ならなかった。


 庭で稽古の汗を拭っていると、すっかり使いとした馴染んだダンキチが一人の犬豪を連れてきた。

 グモヌシノカミ戦以来になる。薙刀の使い手ナカムラノゲンシンだった。

「ナカムラ殿。お久しぶりで御座います。」

 礼をし改めるウズマサにゲンシンが方頬を緩めた。

「久しぶりだ、ウズマサ殿。今日はライゴウから頼まれて来たのだ。」

「ライゴウ殿から?」

「聞けばライゴウからナナホシ流を皆伝したそうじゃないか。野太刀を背負っている姿をみて刀に拘りがある男だと思っていたが、自流の他にライゴウの剣を得るのは予想外だった。」

「皆伝なんてそんな。」

 ウズマサは慌てた。

「某まだまだ。ライゴウ殿には感謝しても感謝しきれない程の借りが出来ておりまする。」

「それなら、俺にも借りをつくらせて欲しいな。」

「借り、と申しますのは?」

「俺もトダチュウジョウ流という小太刀の技がある。他にもライカン流という、王道と呼ばれる剣とは変わった剣法を修めているのだが、これらをウズマサ殿に是非お教えしたいのだ。」

「それは、是非ともご教授願いたくありますが、どうしてゲンシン殿が?」

 ゲンシンは頭をかいた。

「ライゴウがお前に教えろと五月蝿いのだ。あいつとは犬豪になった歳が同じでな。切磋琢磨してきた仲なのだが、あいつがああも犬士の手の内を明かす武術をお前に教え、俺の剣まで教えさせようとするからには、何か理由がある。恐らくはお前を通じてミナモトノトモヨリに近づきたいのか、それとも余程お前を気に入ったのか。義に厚い男だから後者なのかも知れぬ。」

 ゲンシンからお前呼びされているが、不思議とウズマサはそのくだけた物言いに好意を抱いた。

「剣とあらば何でも会得したい。ライゴウ殿は某の思いに人肌脱いで下さってるのだと思います。」

 ウズマサの率直な意見だった。


「しかし、剣術にかまけて弓が下手と聞き及びましたぞ」

 ゲンシンの言葉にウズマサは心のしたでそっと舌を出した。

「我ら犬士は師から教わらないものは、やらない方がかえって良いという発想があります。弓の師に恵まれなかったということもありまして、弓術は修めておりません。」

「それなら丁度いい。」

 ゲンシンはにやっとした。

「俺の弓術で良ければ剣のついでに教えよう。弓扱いは剣よりも、やはり武芸の基礎ですぞ。馬上弓は犬士の花形と若き犬士達はこぞって木馬にまたがり弓の稽古をするのに、馬を与えられた身分で弓が使えないのは勿体ない。」

 ウズマサは気は進まなかったが、ゲンシンの誘いを全て受けることにした。


 期間は大陸へ渡るまでの間と決め、ゲンシンの家に足を運ぶ様になった。


 その時、ゲンシンからライカンテゴイという特殊な剣を習った。

 通常の太刀よりもそりの緩やかな剣を刃を上にして腰に差し、素早く抜いて一動作で敵を切る技だ。


 ライカンテゴイ、居合いの技だった。


 初めは太刀と異なる次元の剣法に抜刀納刀だけでも手こずった。

 様になるのは弓が様になるより難しかったが、ウズマサはライカンテゴイに可能性を感じていた。


 そして、月日があっという間に過ぎ、大陸へ渡る事となった。

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