第16話 ホクシンナナホシ流と気になる話

 それから数ヶ月後。


 フジの、訓練した狸人を犬士補佐として犬士のともにつけるという施策が行われた。


 大半はこの見方に否定的だったが、口実が出来た為、ウズマサは側にダンキチを置くことにした。


 ダンキチは読み書き算盤ができた。生まれは商人の家だったらしいのだが、算盤を弾いて家計簿まで作って報告し、家の事をウズマサよりも知る相棒となっていた。


 文官の仕事の補佐として苦手な算盤をぎこち無く使って、間違いがないか確かめる仕事では補佐として充分役立った。



 そんな中にあって、ウズマサは周囲から白眼視された。やはり、『頭の階級は絶対』なのであった。


 フジの施策がある手前、あからさまに侮蔑することもないが、しかし、何となくだが周囲の同期の犬士達の輪から外れていった。


 一方で、ダンキチは人好きのする性格をしており、ウズマサは寂しく感じることは無かった。


「今度ヤクマルイッシン流だけでなく、他の流派の太刀を学ぶ機会に恵まれてな。シラカワライゴウ殿がホクシンナナホシ流の太刀を教えて下さるそうだ。」


「それはおめでとうございます。」


 武芸は家単位で秘伝や口伝があり、師から学ばなかったか、又は学べなかった技術を他の門を叩いて教わるより、教わった狭い技術を極めようとする傾向があったため、こうした機会は珍しい。

 これは、有り得なくとも暴力装置である犬士同士が敵対しえた時に手の内をさらすことになるからという物騒な発想によるものであった。


「お前を付き人にして、フジ様の改革に真っ正面から取り組んでいると好意的に捉えてくれてな。ライゴウ殿には頭が下がる一方だよ。」


「へぇ。自分がまず弟子入りにお願いに行ったのがライゴウ様でした。裏表のない方でしたが、狸人は狸人らしく生きたらどうだといわれましてね。」


 ダンキチは眼をほんの少し伏せた。


「他の犬士犬豪様皆口を揃えて、わきまえよ、と言ってきたのです。だから、受け入れて下さったウズマサ様にだけは、死ぬまでのご恩を感じとるのです。」

「死ぬまでの恩などと大袈裟な。」

「大袈裟ではありません。」

 ダンキチはウズマサを見つめた。

「だから、オラにもっと武芸を教えて貰えませんか?」

「杖術があるではないか?」

「杖術は色んな武芸を身体で表現できるから好んで習得しましたが、オラは実戦で使える武芸も磨いておきたいのです。御主人様のお役にたてるように。槍中心に学んでみたいのです。」

「そうか。」

 ウズマサは頷いた。



 ライゴウに呼ばれたウズマサは、ホクシンナナホシ流の手ほどきを受けていた。

 まずはヤクマルイッシン流でライゴウと対決し、技を知る事から始めた。

「ナナホシとは北斗七星のこと」

 ライゴウは木刀の切っ先をゆらゆらと奇妙に揺らしていた。

「切っ先を読ませないように揺らぎを与え、蛇の様に剣線を練りながら、相手の喉元に食らいつく、という剣の運足を致す」


参られい!


 ライゴウの声に従い、ウズマサはビョオオと息を吐きつつ遠吠えの型で鋭く袈裟斬りをくりこんだ。


オウ!


 その剣がもたらす軌道に合わせて、受けたと思ったらうねる動きで剣同士を軽く弾かせて、カウンターでライゴウはウズマサの首元に剣を置いた。


「重く鋭い剣撃!ウズマサ殿は剛の剣ならば『剣』豪だな!」


 ライゴウがガハハと笑った。


「ならば今の太刀筋が、言わば柔剣といった所ですか?」

 ウズマサは完全に生徒の目線で話をし始めた。これが出来るか出来ないかで、学びの成果が天地ほども違ってくる。

「その通り!鍛えぬいた身体で打ち込む剛剣に勝る物はないという者もおりますが、某の剣はどんな相手でも柔らかく、常に相手を制するがゆえに、かえがたく強いと自負している次第。学んでいかれますかな?」

「勿論。剣と名がつくものは全て学びとうございます。」

「宜しい!では、構えから始めましょう!」


 帰り道、ウズマサはライゴウからの気になる情報を反芻していた。

 近々大陸へ渡る犬豪を決めるらしいというのだ。


 中央大陸で歴史的偉業が達成された為に、白狐の民の供として阿島を代表して行くのだという。


 偉業とは、それは『大陸間移動魔法の開通』


 阿島から半島である虎国を経由して、赤室猿王の修める大中帝国の最東端に至り、ポータルと呼ばれる入り口兼出口から最西端である妖精の国へ行くのだという。


 正直、興味がないとは言えない。広い世界を旅するという事に胸が騒がない訳ではないが、

「自分が推挙された時、どう返すだろうか。」

 ウズマサの胸中は複雑だった。

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