第15話 狸弟子入り 噂は広まる

 ウズマサの中では、ダンキチは使用人として雇ったつもりだったが、狭い世界であるが故に、耳に入るのが早いのが犬士達の噂だった。


「ウズマサ殿は狸人を犬士の弟子にとったと耳にしました。真偽はいかがでしょうか?」

 貴族の護衛の途中で犬士サブロがウズマサに耳打ちをした。

「まさか。某はただ使用人を雇っただけですよ。」  

 ウズマサはこの同じ質問を十人といわず受けていた。

「ウズマサ殿がお雇いになった使用人ですが、他にも色々な犬豪の所に赴いては、犬士になりたいと土下座して回ってたらしい厄介者ですよ、ご存知でしたか?」

「それは初耳です。」

 ウズマサは少し後悔の念が沸いた。

 だが、料理洗濯掃除から稽古の付き合いまで豆々しく働くダンキチを無下にも出来なかった。


 ヤクマルイッシン流は剣術を主体とする流派であり、杖術は聞いたことが無かった。

 だが、型らしきものがあり、見ていて様になっているのを見ると、ヤクマルイッシン流ではないが、それらしき武術を身に付けているらしかった。

 師匠は都の外に住んでいた自称達人だと言う。名前を聞いてもウズマサは知らなかった。


 試しに横木を打つ稽古をやらせたところ、暫く打っただけで腕を痛めて止めてしまった。

 腰で全身で打つのだといっても、上手くいかなかった。

 だが、杖をしごきながら流れる様に型を決めていく様はウズマサにも刺激になったし、ついには通常の稽古の後、ダンキチの杖術を真似することさえやっていた。


 不思議な気持ちだった。

 何となく馬が合うとはこのことで、キヨアキラとは違った友情を感じてすらいた。


 何故望んで犬士の世界に入りたがるのか聞いた。

「オラは犬士になって、やらにゃならんことがあるんです。」

「それは何だ?」

「それは、神仏に誓って、犬士になって果たしますので、ここでは言えません。」

 そうか、としか言えなかった。

 眼は生気に満ちて、顔には迫力があり、狸人の中でもブ男だが、夢に向かってギラギラしていた。


「兎に角、早目に追い出してしまうのが得策かと。」

 沈黙をダンキチへの怒りや不満と勘違いしたサブロがウズマサに声をかけた。

「いや、お構い無く。」

 ウズマサは愛想笑いしつつ、頭の中でやんわりと追い出すことを拒否していた。



「弟子をとったらしいな、ウズマサ。」

「フジ様までそんな事を。」

 サブロとの役目を終えたウズマサに、フジはにやにやと笑いながら話題をふった。

「狸の頭では犬士にはなれませぬ。それはフジ様がよくご存知でしょう。」

「確かに前代未聞だ。」フジはふさふさした下顎をさすった。

「だが、制度が血によらなければあり得た話かもしれない、とは思う。」

「フジ様?それはどういう?」

「うん。犬士の数なのだが、減ってきているのが深刻になってきているのだ。」

 ついにそうなったか、とウズマサは思った。

 犬豪や古株の犬士を除けば、本犬士、幼名犬士は皆若く強壮だが、結婚しても中々子宝に恵まれなかった。

 狼人の生殖能力の低さが、狸人の血でもって犬人として高くなったとはいえ、それでも数は減りつつあった。

「お前も嫁をとって貰いたいものなのだが…。」フジの言葉に、ウズマサは咳き込んだ。

「惚れた娘はおらんのか?嫁のきてはないのか?」

「そう言われましても、武に精進するばかりです。」

「まぁ、いいか。」

 フジは何となく浮かんだ笑みを手で押し隠した。

「女に内気なお前を除いても、やはり犬士の数不足は否めない。解決策として狸人の犬士という案は悪くはないさ。」

「しかし、産まれながらの頭が役目を決めるのでは?」

「それは俺が昔、犬士や犬豪になりたくてもなれなかった子供の頃を思い出させるな。俺とて武の心得位はあるのにな?」

 白狐の頭のフジはため息をついた。フジが初めてみせる姿だった。

「すみません。余計な事を。」

「いや、頭は役目というのは絶対だが、犬士のお供に訓練した狸人をつけるという案が思い付いた。お前とその狸人さえよければ特例でつけてやってもいいぞ。」

「それでは、フジ様の上の方々や周りの犬士達の心をいたずらに騒がせるだけです。いきなり付けるよりも時期を待って、するすると段階的に事を運ぶべきかと。」

「何かあれば太刀を抜きたがるお前の言葉とは思えんな、明日は雪か?」

 フジは狐の頭で狐につままれた顔をした。

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