第5話 精霊の目と新たな名


目が覚めた瞬間、眩しい光が視界を覆った。 未来は瞬きを繰り返し、意識を徐々にしていく。


手足は動くが少し身体が重い感じがして、動きたくてもなかなか動けずにいた。


きっと夜勤の疲労とトラックに跳ねられた衝撃をまだ引きずっているんだろう。


「…というか…ここは…どこ…?」


見渡せば、青々とした草原が広がり、その先には神秘的な湖がきらめいていた。


湖面は夜の静寂の中、月の光を受けて宝石のよう輝いていた。

周囲には風にそよぐ花々が彩りを添えていた。先程までの緊迫した現実とは別世界だった。



「あれ、やっぱり私死んだのかな?夢?…現実?現実??」



そんな思いになりながら、未来は自分の顔をつねったり、頭を両手で抱えながらパニックになっていた。


自分の身体に痛覚があることを確認していたら、

ふわっと暖かい風に乗って優しい声が未来の頭上から聞こえてくる。


「…あの…大丈夫ですか?」


未来が顔を上げると、そこには長い銀髪が陽光を受けて輝く耳の長い妖精のような女性が立っていた。


薄緑色の瞳は森の湖のように澄んでいて、服装は葉の模様があしらわれていて、身なりの良い教会かどこかの神官のような服を着ていた。



「あなたは…?」


「私はセリスと申します。セリス・エルナフェア。この街でヒーラーをしています。偶然帰り道にここを通ったら、湖畔で倒れていたあなたを見つけたので…」


セリスは穏やかな微笑みを浮かべながら、未来に歩み寄った。

その瞳には心からの優しさと好奇心にあふれている。



「ひとまず立てますか?ここは湖の精霊が守っている場所ですが、一度街に戻った方が良いでしょう。ここはとても魔力がとても高く、高位魔族のエルフである私でも1時間以上いると魔力酔いしてしまうので…」



セリスの手を借りて上がった未来は、セリフの言葉から自分が違う世界にいるのかと徐々に理解していった。

現実ではありえない風景、エルフという存在、そして新たな出会い。 未来の心の中には未知の世界に対する不安を感じてた。


「あ、ありがとう、セリス…」


「どういたしまして。ところで、あなたは一体どなたですか?どこから来たのですか?」


その問いかけに、みくるは言葉を探しながらも、自分が何者なのか答えることが出来なかった。


みくるは、襟元の服を無意識に掴み、しばらく言葉を探していた。

現実とこの異世界の境目が不安で、何をどう話したらいいのかわからない。

正直に話すしか方法がなかった。 心臓が早鐘のように鳴るのを感じながら、かすれた声で口を開く。



「栗田未来(クリタミクル)と申します。確か、仕事帰りに、渋谷から電車に乗って帰ってきたはずなんですけど…その途中で急に倒れてしまって…。

その後の記憶が少し…曖昧なんです。

そのっ、ここは私がいた世界とは違う世界のように感じてるんですけど、言葉は通じてるので、日本のどこかでしょうか?」



セリスはその説明に理解できない様子で眉をひそめたが、すぐに微笑みを浮かべた。

その笑顔は穏やかで、どこか包み込まれたようだった。


しかし、みくるの心の奥底にある不安は、風にそよぐ草のように揺れていた。自分の知っている世界ではない。



「あなたのお名前は、クリタ・ミ・クルさんというんですね。

少しだけ変わったというか、ここでは珍しい発音のお名前ですね。とりあえず、呼びやすいお名前…うーん、そうですね…とりあえず、クリスタにしましょう。

クリスタ、お話の続きはあとで聞きましょう。

まずはここは本当に魔力の影響が強すぎるので、しっかりと落ち着いて休める場所へ移りましょう。」



セリスの言葉に、未来は小さくうなずいたが、その胸の奥で不安の渦を巻いていた。

セリスに自分の名前を改名され、おまけに魔力という単語がセリスの口から発せられてしまったことで、この場所が自分の知っている日本ではなく、異世界であることが確信に変わってしまったからだ。


湖畔の風が優しく未来の肌を撫でてくるが、未来が抱えている現実に対する恐れや不安は消し去ってなどくれなかった。


((というか…勝手に名前、改変されたし、結局ここが何処かなのか解らないままなのだけど…。

まぁ名前はなんだか可愛い外国人風だし、何と呼ばれようが結構だけど…。))



「クリスタ、この湖は『精霊の目』と呼ばれていて、この辺りを守っていると言われています。

あなたがここで倒れていたのは、偶然ではなく、もしかしたら運命かもしれませんね。 」


セリスは少し微笑んだだけで、それ以上は言葉を続けなかった。

未来はまた胸の奥に冷たい不安を感じながらも、歩みを進めた。


しばらくセリフの後に続いて歩いていたら、小さな村が未来の視界に現れた。

家々が並び、村人たちはこちらを興味深げに見ている。その懸念に、未来の心は今自分が居る世界が日本ではなく異世界なのだという確信へと変わっていった。



「ここが私が暮らしているルミナールという街です。」


セリスの声は優しかった。

未来の心にはまだ孤独と不安が渦巻いていた。

この未知なる街で私はどうやって過ごしていけば良いのか、果たして自分は元居た世界へ帰れるのか、何もかもが分からない状況だった。

ただセリスが住んでいるルミナールという街はどこか、未来にとってどこか懐かしいような落ち着く感じがした。



((さっきまで誰もいない湖畔にいたからかな?

それともセリスの言う通り、さっきの場所は魔力が高いから長居すると身体に良くなかったのかも))



そう考えながら、未来はセリスに道案内されながら歩いていった。


______________________



「さあ、どうぞ上がってください。今日のところは、ここでお休みくださいね。その後で、いろいろお話しましょう。」


ドアを開けて小さな家に入ったら、未来はやっと自分が異世界に足を踏み入れたのだという現実を噛みしめた。 期待と恐怖に揺れながら、彼女は新しい一歩を踏み出した。


「どうぞお入りください。といっても、ここは私の自宅ではないんですけどね。」


セリスに案内されて入った家の部屋は、まるで診療所のような研究室のような、おとぎ話にでてくる魔術部屋みたいな家だった。


未来はその部屋の様子にただ圧倒されて、棒立ちになっていた。


「私はここで住みこみで働かせていただいていて、先代のお手伝いをしていました。」


「そうなんですね・・・その先代の方はどちらに?」


「…先日、他界しました。」


「・・・それはなんというか、ご愁傷様です。」


未来はそうセリスに伝えながら、先に部屋の中へと入っていくセリスの後ろをついていった。

未来は仕事柄、普段から人が産まれてくる場面に立ち会うことが多いため「おめでとう」を言うことが多かった。


もちろん、死産などの悲しい場面に遭遇することもあるが、医療従事者だったとはいえ、人が亡くなるということに対してはとても敏感であり、慣れないものであった。

未来は亡くなった先代を悲しむセリスのためになんて声をかけてあげれば良いか分からず、ただセリスの後ろ姿を見つめることしかできなかった。


「私も先代から引き継いだ仕事や他にも膨大にやることがありますから。感傷に浸っている時間が余りないといいますか・・・。まぁ、取りあえず。さっ、ここに座ってください。どれぐらいあなたがあの湖畔で倒れていたのか解らないですし、お身体に悪い影響があるかどうか、心配ですから。まずお身体を診てみましょう」


セリスはどこか淡々としていた。


「??私、とくに怪我とかしてないと思いますけど?」


未来はそう言いながら、戸惑いながらも自身の身体を確認する。


湖畔で意識を取り戻した時、未来は確かにうつ伏せで倒れてはいたが、未来が記憶する限り、頭部を打った記憶や怪我をした記憶はなかった。


ただ、この世界に来る直前、強い胸痛を起こして倒れたことだけは覚えていた。


「ただ、ここに来る直前、強い胸痛を感じて倒れこみました。大きな外傷はありませんが、もし可能でしたら診ていただけると安心します。」



未来はそうセリスに伝えた。湖畔ではじめてあった時、セリスは自身をヒーラーだと言った。


きっと、この世界でいうヒーラーは日本でいう医者的な存在なんだろう。それに今、未来自身がこの世界で頼れる存在は目の前にいるセリス一人しかいない。


異世界で数分前にはじめて出会ったエルフという存在に身をゆだねるのは、かなり不安ではあったが、湖畔で倒れていたよく解らない自分を一晩泊めてくれるだけでなく、身体に異常がないか診てくれるというのだから、ここはセリスの言う通りにした方が良いかもしれない。


((にしても、このセリスというエルフは日本という別世界からやってきた私のことを怖いと感じないの??それともエルフにとって人間は、犬や猫のような動物と同じ感じで認識しているのかな??))


「ですが、セリスさん。私のような得体の知れない人間を自宅に招き入れて、怖くはないんですか?」


思わず、未来が考えていた思考がそのまま言葉に出てしまった。

未来ははっとして急いで口を手で覆った。


「ふふふ。確かにそう感じてもおかしくはないでしょうね。あなたも急に見知らぬエルフの自宅に招かれて、しかもお体を診るなんて言われたら不安でしたよね。びっくりさせてしまってごめんなさい。ですが、どうかここは私を信じてもらえませんか?あなたを守護することも、先代から任された私の仕事の一つなんです。」


セリスは最初穏やかに笑って答えていたが、気が付いたら真剣な眼差しで未来を見つめていた。


((まぁ、一度死にかけている身だし。ここはもう腹をくくってセリスさんにお願いしよう。セリスさんも悪い感じには思えないし。むしろ、なんていうか、天使っぽいオーラを感じるし・・・・))


「では・・・・まぁ、そういうことでしたら。是非よろしくお願いいたします。」


未来はそう思いながら、セリスに伝える。


「はい。よろしくお願いいたします!ではまずこちらに座ってください」



セリスはふわっとした優しい笑みを浮かべながら、未来にとって右側に置いてあるふかふかのソファーへと案内される。


セリスは未来を椅子に座らせると、そっと両手をみくるの肩に添えると、静かに目を閉じ、柔らかな声で言葉を紡ぎ始めた。




「アラリエ・ナヴィアン、フェリオン・エンシェール…エレセア・ルフェリン・エレミアス…」



その言葉は音楽のように響き、まるで自然界と一体になるかのような力強さと調和を感じさせた。セリスの手から放たれる光が柔らかく未来を包み込み、どこか懐かしい温かさに満ちはじめた。



「フィリオ・エレドゥール・アンセナス…リスエイア、ヒリシア・アラリエア…」


セリスの声が重なるごとに、未来の身体に溶け込むような穏やかなエネルギーが流れ、彼女の不安や全身の疲れが徐々に緩んでゆくのを感じた。

セリスの手からほのかな光がにじみ出し、まるで心の奥まで届くような温かさを感じた。

やがて、その温かさはセリスの手だけにおさまらず、拡大していき、部屋全体が柔らかな輝きに包まれた。



「これから、少し不思議な感覚がするかもしれませんが、そのままリラックスしてくださいね。」


セリスの声は囁くように優しく部屋全体に響いていた。


温かい光が未来の身体の中へ入り込み、ゆっくりと肩から胸、そして全身に向かって進んでいく。


未来はその光の温かさが血液とともに体内を巡り、疲労と緊張がゆっくりと解かれていくのを感じると、少しずつ自身の呼吸が自然に深くなっていくのを感じた。



「どうですか?少し楽になりましたか?」


セリスが静かに問いかけると、未来はゆっくりと目を開けた。 視界には、柔らかい光に包まれたセリスの優しい顔が映っていた。


「はい…不思議な感じですが、とても優しくて心地いいです。」


未来は頬を緩め、久しぶりに安堵を感じた。 体の芯まで癒されたような感覚が、新たな活力を与えてくれた。


「それはよかったです。私の師匠から学んだヒーラースキルの一つなんです。この村では大切な治療法の一つでもあるんですよ。だいぶ、その・・・あなたは表面だけみるとわかないのですが、内側に抱えているダメージが大きく闇が深かったので。

きっとあの『精霊の目』で魔力を吸いすぎてしまっていたのもあるんでしょうね。相当、疲弊していたようです。あと少し、私があそこに来るのが遅かったら、精霊の目に魂ごと取り込まれていたかもしれません。とにかく私のスキルで回復してよかったです。」


セリスはそう言いながら、満足そうに微笑んだ。


未来はその言葉に小さくうなずき、心の中で小さな感謝の念を抱いた。



((内側に抱えているダメージ、、そんなに大きかったんだ・・・まぁグレードAカイザーのあとだったし、ここ数か月ずっと不眠でたいして眠れていなかったし、過労気味だったもんなぁ・・・・))


セリスのヒーリングスキルによって、未来はなんだか身体がとても軽い感じがしていた。

まるで、都会から離れた田舎の天然温泉に1時間浸かって、その後整体マッサージを受けた直後のような身体の軽さを感じていた。


「なんだかとても体が軽くなった気がします。あとなんだか内からポカポカして、今日はなんだか・・・・久しぶりに、よく眠れそ・・・う。」


異世界という未知の場所で、この優しいヒーラーに出会えたことが、どこか運命的に感じた。未来は座ったまま、ゆっくりと再び目を閉じて、眠りに入った。


「それはよかったです。ゆっくりお眠りください。クリタ・ミクルさん。否、先代のリュミエルがあなたをこう呼んでいました。


ミラ。


ミラ・リュミエル・クリスタと。


『クリスタ』という名前は、ただ光の意味だけではありません…真に輝くためには暗闇を越えねばならない…そうです。」



セリスが一瞬遠くを見つめるように視線をそらし、再び優しい笑顔に戻った。



「…本当に精霊の目から現れるとは。リュミエルの予言通りでしたね。」



小さな声でセリスは呟いた。



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