第3話 覚悟の瞬間
「グレードAカイザー!!!スタットコール!!」
「河野!!!部屋から出てきて外回り!!」
「佐藤!!一旦栗田あいつのところ行って!!」
グレードAカイザー
──それは、全スタッフが緊急対応に入るレベルの緊急性がとても高い帝王切開を意味している。
スタットコールが押されると、病棟からの緊急SOSサインとして、病院全病棟に応援要請が入るようになっている。
「佐藤さん!!!お願いします!!」
私は走りながら持っていた採血セットをどこかのカルテの近くに投げ捨てながら、佐藤さんを叫び呼びながら手術室へ走っていた。
佐藤さんを待ちながら、急いで手術用キャップを被ってゴーグルを装着しようとした。
しかし、手が震えてしまいゴーグルを床に落としてしまった。
「栗田!手は洗わなくていいから、そのままガウン着るよ!」
佐藤先輩が病室から私を追いかけて手術室前にやってきたと同時に、
床に落ちたゴーグルを脚でに壁の端へ蹴とばし、新しいゴーグルを私の耳にかけて装着しながら伝える。
「はい!!お願いします!!」
震えながらも返事をして、佐藤先輩の指示に従う。
私は佐藤先輩が清潔操作をしながら開けてもらったキレイなガウンを受け取る。
右腕をガウンに通して、首の後ろで結ぶ紐を佐藤先輩に渡した。
「栗田あんた一回深呼吸。吸って?吐いて。もう一回吸って、吐いて」
先輩に言われるがまま深呼吸をくり返しながら、左腕をガウンに通す。
「先輩、わたしグレードAカイザー入るの初めてです」
声がぶるぶる震えていて、今にも泣きそうな声が自分の口からこぼれ出た。
「あ“?!知ってるよ!!でもあんたが機械出さないと助かんないんだから!!」
私の背中の後ろで、ガウンの紐を結びながら佐藤先輩は私の背中を右手で叩く。
「はい!!」
「皆で助けるんだよ!!それだけ考えていけ!!」
佐藤先輩に強く背中をバン!!と再度押されて、私は手術室の中へと入っていった。
そうだ、この夜勤メンバーの中で私は機械を医師に出すことぐらいしかできない。
佐藤先輩や河野先輩は外回りといって、手術中の原田さんの全身管理やベビーの蘇生のために全力で尽くす。
これは今の私にはできないことだ。
私が今できる仕事は、この手術で医師にメスなどの機械を出していく仕事。
私が医師と呼吸を合わせて、緊急度に合わせて素早く機械を出していかないといけない。
誰かがやらないと原田さんの赤ちゃんは死んでしまう。
それはここにいるスタッフ全員が同じ状況に立たされている。
ソウハクの場合一刻でも早く赤ちゃんを子宮の外に出してあげないといけない。
最悪のケースだと赤ちゃんだけでなく原田さんの自身も危険な状態にさらされるのだ。
覚悟が決まるという以前に、やるしかないという状況に後押しされるしかなかった。
「栗田入ります!!!河野さん手袋5半出して下さい!!!」
人生で一番大きな声で河野先輩に叫ぶように手袋のサイズを伝える。
「はいよ!!5半ね!!!」
手術室に入ると、河野先輩がもうすでに手術室の中に居て、手術に必要な薬剤が全部整えられていた。
私は先ほど、原田さんが来る前に自分で準備した手術機械が置いてあるワゴンに急いで近寄って、河野先輩から滅菌手袋を受け取って装着する。
「栗田、あんたとにかく機械だけは落とすなよ!それだけ守れればもういい。超スピード早いけど、とにかく手をとめない!落とすな!」
手袋を装着して、各それぞれの機械と縫合用の針、手術に必要な機械をすべて揃っているか確認しようとしていると、河野先輩が急いでアドバイスをする。
やるしかないんだ!とこの時やっと覚悟が決めるしかなかった。
「はい!!落としません!カウントお願いします!!」
「よし。いくよ!!」
いつものスピードの3倍くらいの勢いで、全部の機械が揃っているのか、針とガーゼが不足していないか、河野先輩と確認をした。
その間に佐藤先輩と坪井リーダーが原田さんを手術室に連れてきて、手術台にのせて準備を手際よく行っていた。
同時に甲斐田医師と他の当直の産科医師2名がガウンをきて手術室の中に入ってきて、私のところに寄ってくる。
私は3人の医師それぞれに必要な機械や手術に必要な覆布(手術用の布)を渡しながら、医師のテンポに合わせながら原田さんの手術スペースを作っていった。
手術台で仰向けになって横になっている原田さんの頭の近くには、
佐藤先輩や河野先輩、そして応援要請に駆けつけてきただろう救急医師が原田さんに全身麻酔をかけていた。
「麻酔OKです」
救急医師が甲斐田医師に一言伝える
その言葉と同時に、甲斐田医師が私に向かって手をだす。
「はい!メスっ!!」
「はい!!」
私は返事と共に甲斐田医師の手のひらにメスをバンっと叩きつけた。
『執刀です!!』
私は大声で周囲に伝えながら、次の機械をどんどん3人の医師に渡していった。
早く早く早く!!!
1分1秒でも早く赤ちゃんを出さないと!!
原田さんの腹部を眺めながら、医師3人と私は声を掛け合いながら手をひたすら動かしていった。
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