タイ射撃会社、現地採用ものがたり
立石サツキ
第1話 3度目のバンコクだった 1
「あれか」
『華やかなショッピングセンターであなたも働きませんか』という謳い文句とウラハラに、1階の華やかな化粧品売り場から地下におりて、配管がむき出しの駐車場にその「会社」はあった。
駐車場におりるエスカレーターの各所にそこだけブロック状に商品売り場になっており、買い物客の最後のカネを使わせようとしているのだ。
そのブロックは大小さまざまで私が「面接」に行こうとしている「タイ射撃体験」は比較的おおきなセルだった。
いったん、横眼にとおりすぎる。
奥の壁からこっちを見ている太った壮年の男が社長だろう。
90度の角度で机に座っているハンサムな若い男が社員、2人だけ。
私はどこに座るのかな?
ぐるっと一回りしてはじめて入る。
「失礼します、立石です!」
挨拶は大きいほうがよい。
「おー、待っとんたんや、ちょうどやな」
「すみません、早く着こうと思ったんですけれど」
15分まえには着いていたが、コーヒーを飲んで煙草を吸って時間をつぶしていたのだ。
「わしは高村(こうむら)や、そこにいるのは若山、若山、あいさつせえ」
「若山です」
「立石です、よろしくお願いします。」
「こっちに来う」
座らされたのは客人用の背もたれ付きの椅子ではなく、ちゃちい丸椅子。
距離は高村のまぢかもまぢか。高村の息づかいが分かる距離。口臭のない男でよかった。
ソーシャルディスタンスとかいう概念のない時代だった。
高村は私の履歴書をみて、
「この7年なにしとったんや?」
「まぁ、あちこちふらふらと」
「それじゃあ、わからんがな」
「ヨーロッパやブラジルとか」
「なんじゃ、家が金持ちか?」
「まぁ、そんな感じです」
「顔もいい、家も金持ち、それで今ごろ働きたいじゃと」
「はい、いい加減、なんとかしないといかないかなと」
「気にくわんなー」
高村はじろりと私の顔と身体をみつめた。
「しかしおぬし、細っそいヤツとおもっとたが意外に筋肉がついとるな」
「空手と山岳部です」
「ほうか、空手と山岳部か!」
これで入社試験に合格した。
世の中のお母さんに伝えたい。
男の子には一度、ハードなスポーツか格闘技を勧めるべきです。
「柔道部枠」とかがあるんです、一部上場の企業でも最終選考で役員が「こいつは柔道で県大会まで行ってるじゃないか」なんて。
そうすると「見えない手」でその役員が気にかけてくれるんですね。
閑話休題。
私がその会社を見つけたのはスワンナプーム空港のフリーペーパーだった。
むかしのドンムアン空港のうす暗い、どこか来てはいけないところへ来たような感じとまったく違い、まるでホテルかデパートのようなきれいな空港になっていた。
私は後年、博士課程中退まで行くが、当時は高校中退のリッパな中卒。
人材派遣会社などへの登録はハナから考えていなかった。
つまりそういうトコロへ頼める体力のない会社のほうが私と合う。
鶏頭となるも牛後となるなかれ。
大企業の小間使いになるなら、中小零細の責任者になったほうがいい。
スクンビット通りという繁華街のホテルに泊まる資金はあったが、あえて安宿が集まるカオサンロードの昔のなじみのゲストハウスに旅装を解いた。
ジューンとノックというこれも昔のなじみの美少女、いや、もう女性がコロコロと笑う。
やっぱり帰ってきてしまったのね、と言われているようだった。
バックパッカーには色んな「沼」がある。
「インド沼」、「アフリカ沼」、「タイ沼」
インドシナ半島だけでも、ラオス、カンボジア、タイと三巨頭がそろい踏みだ。
不思議なことに、「イギリス沼」とは言わない、なぜだろう。
とにかく、3度めのタイだった。
17歳で東京の進学校を中退し、インドへ行った。
中学校のときホームステイしたアメリカの正反対の国、というイメージだったし、『ホテルアジアの眠れない夜』(蔵前仁一)を読んで大学に行っている場合じゃないと思った。
それから7年。
イギリス留学、ヨーロッパ野宿一周、南洋慰霊、ブラジル路線バス、いろんな国に行った、でも1国の滞在が長いので時間のわりに行った国数は少ないほうだと思う。
二十数か国。そのうち十六か国はヨーロッパ野宿で1か月でまわったので、ちゃんと滞在したのは十か国くらいだろう。
タイ射撃会社、現地採用ものがたり 立石サツキ @yamakawa_san
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