第3話 なんか怖い人
ダンジョンの最奥は、これまでの坑道めいた土くれの道から一変して、ひどくSF感のある構造をしていた。
無機質な材質の床と壁に、どうしたことか淡く緑色に発光するラインが、部屋の中枢に立つ柱を起点として無数に走っている。
その柱には手のひら大の、まるで宝石のように光を受けて輝く多面体の物質が一つ、埋め込まれている。
これがダンジョンコアだ。一つの例外もなくダンジョンの中核であり、手にしたものにはダンジョンの所有権が手に入る謎しかない代物。
柱まで寄って、監督官に告げる。
「ええと? 実際にコアを取るわけじゃないんですよね?」
「はい。あくまでここに到達できることが、新人教育最終試験の合格基準の達成ラインとなります」
監督官の女の人は無表情に告げた。
銀髪が眩しい美人でしかもスタイル抜群。リクルートスーツを着て、なぜか胸元を結構空けている姿が俺の思春期を暴走させかねない危険さを持つ。
くそ、俺が金髪イケメンリア充陽キャだったらなあ。ほっとかないのになあ。
だけど現実の俺は黒髪フツメン、陰キャとまではいかないけれどスキルの都合上、探査者としてはボッチ確定というリア充要素の欠片もない二日後高校一年生だ。
土台、高嶺の花には届かないんだよなあ!
内心のそういうやっかみは噛み殺して、監督官のお姉さんに答える。
「わかりました。そうしたら戻りますね」
「……これは、個人的な見解ですが」
「え?」
突然、ぽつりの言い出したお姉さん。
キョトンとする俺に、彼女はほのかに笑ってくれた。
「あなたは、きっととてつもない探査者になるんでしょうね」
「はあ。それは、どういう理由で?」
「初めての探査での振る舞いで、大体の探査者の底は見えるものです。ですが、あなたの底は……私には見えませんでした。特殊スキルを持つ、それゆえかもしれませんね」
「《風さえ吹かない荒野を行くよ》……?」
「聞いたこともないポエミーな名称、ありえない程の効果。きっと神がいるなら、あなたに何か重い使命を与えたのでしょうね」
「えぇ……?」
何それ、そんな使命はいらない。
まあでも、このわけの分からないスキルを知られる度、やたら珍しがられるのだから、よっぽどおかしいんだろうな。俺自身は普通の人なのに、スキルの噂ばかりが変な先走りをしそうな気がする。
面倒くさそうな手合いに、絡まれたりするのは嫌だなあ……神とか言い出したこのお姉さんも若干、面倒な匂いがしているのだが。
「私の名前は御堂香苗。A級探査者です」
「はあ、どうも。新人のF級探査者、山形公平です」
「知っています。さ、帰りましょう。無事に組合本部に付いたら、私と連絡先とSNSを交換しましょうね」
「なんで!?」
逆ナン? 逆ナンなのかこれ? いきなりすぎて怖いよ普通に!
無口な監督官から年下趣味の肉食獣へとジョブチェンジしたお姉さん……御堂さんに、俺は後退る。
正確な年齢は知らないが、なんとなく大学生とかもしくは新入社員さんくらいの、二十歳そこそこに見えるこの人が、やたらネバっとした視線を向けてくるのは正直、美女だとしても不審すぎる。
美人は何しても得するというがそんなもん嘘だなって思うよ、だって不気味だもんよ。俺が警戒し過ぎなだけ? いや、んなこたーないでしょ。
「あのー、探査者って出会い目的の勧誘は規則でアウトなんじゃ」
「ナンパではありません先行投資ですあくまでも若い才能を青田買いするだけです青い果実を貪るつもりはありませんので悪しからず」
「ハキハキ早口で喋んの怖ぁ……」
いよいよヤバい気配が漂ってきた。逃げなきゃ。
本能どころか理性も理屈も諸手を挙げて、この人ヤバいよと訴えかけるところの御堂さんからなるべく距離を置き、俺はひとまず駆け足で来た道を引き返した。
さっさと帰りたい──そんな願いが届いたのか? いや恐らくはスキル《風さえ吹かない荒野を行くよ》の効果だろう。
全力でもない駆け足がアホほど速い。これ通常の10倍速になってるな多分。
ていうか今、一人で戦ってる判定になるんだな、俺。しかも御堂さんを敵として認識してる気がする。たしかにヤバげな人だとは思ったけど、何もエネミー判定することないだろ。
まあとはいえこれで、御堂さんは振り切れるだろ。あとは組合にて認定もらってさようなら、だ。
……そんな甘い考えを叩きのめすかのように、当たり前のように御堂さんは並走してきた。
「なぜ逃げるのですか、公平くん」
「いや速ぁ!? 俺より速、しかも名前呼び!?」
「私たちズッ友じゃないですか。公平くんも香苗って呼んでくださいね」
会ったその日にズッ友認定怖ぁ。しかも名前呼びしてくんのマジ怖ぁ……
てか速いなこの人。駆け足から割とガチ疾走になってんだけど全然余裕で付いてきてるじゃないか。何ならダンジョンなんてとっくに抜け出して、組合に向かって二人、爆走してる状態だよ今。
「く、そ。何で、俺のが、息切れして、きてんの……?」
「あなたのポエミースキルは極めて強力ですが、弱点がありますね」
「俺、を、詩人みたいに、言わ、ないで……弱、点?」
「実力の10倍とは豪勢ですが、元の実力が新人探査者ならば、A級にはまだまだ程遠いということです」
「ぐ、ぐうの、音も、でない……!」
ひ弱なボーイで悪かったな、ちくしょー!
組合本部に着いた頃にはもうすっかりヘトヘトな俺は、かくして、ぜんっぜんピンピンしてる御堂さんに捕まって、各種連絡先を交換することになったのでした。
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