第26話
鯖目さんから与えられたスマホの制限時間は夜の八時から翌日の朝の十一時までだ。
そしてスマホが制限されている時間はなるべく眠り、起きたならばなるべく陽の光を浴び、食事を摂るようにと彼からの『仕事』も与えられている。つまり、わたしがスマホで本を読むことができるのは九時間だけだ。そして、鯖目さんは本を読むことは良しとはしてくれるけれど、九時間全てを本に費やすことを良しとはしてない。
『だから』わたしはここにいたのだ。
食事が終わり、すぐに本を読めるように、とここにスマホを起き、そうして部屋に戻るまで耐えきれず、……今に至る。
が、結果として、今、鯖目さんに光のない瞳で見下されている。
(なんとなく、とても、……なんといえばいいのか……気まずい……)
わたしが俯いて黙っていると、鯖目さんはため息をついた。
「今、君は『アッ』といった。なにか自分が過去に行った『良くないこと』『失敗したこと』……つまり『恥ずかしいこと』を思い出したときの声だ。君は今、ここで私に話しかけられることで何を自覚した、上林ルル」
鯖目さんがフルネームでわたしを呼ぶ。
顔を上げて彼を見上げると、彼はいつもの光のない瞳のまま、わたしの答えを待ってくれていた。
「……ここで本を読み耽るのは、とても、……良くないことだと……鯖目さんに声をかけられて、感じました」
「何故良くないことだと考える?」
「……その、階段は登るもので、座るところではないからです」
「自覚したなら次に活かしなさい」
「はい、申し訳……」
「謝るときはごめんなさいだ。そして謝って欲しいわけではない」
「ア、ウ……」
鯖目さんは言葉をつまらせるわたしに右手を差し出した。
(握手……? 今……?)
彼が手を差し出し続けるので、恐る恐る右手を差し出すと、彼はわたしの手を掴んでわたしを引き起こしてくれた。
「わわ……アッ」
止まれず彼の胸に頭が当たる。彼の長い髪からはコーヒーの香りと、なにかの草の匂いがする。
(そういえば、鯖目さんは、何をされてるんだろう。よく本を読んでるところは見かけるけど……)
彼の手がわたしの肩をたたいた。ハッとして、慌てて彼から体を離す。彼はわたしの頭をポンポンと叩くと「部屋に」と階段を登りだした。その後ろをついて登る。
彼はわたしが普段使わせてくれている部屋の前に立つと「入っても?」と聞いてくれた。
わたしが頷くと、彼は無表情のままうなずき、扉を開けた。その背中を見ながら、わたしはほっとしていた。
(ここは鯖目さんの家なのに……わたしは単なる居候の厄介者なのに、……聞いてくれるんだ……)
これまでの家での、待遇と大ちがいだ。部屋があるものそうだし、一人の時間があるのもそうだし……本が読めるのもそうだ。
(……ここにずっといたいなあ……)
そう願いながら、彼のあとに続いて部屋に入った。
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