閑話 罰の在り処(side 鯖目さん)

第24話

鍋の中で水につかった昆布を眺める。スッカリ水を吸ったようだ。


(さて……)


 鍋を火にかけて出汁をとる。

 自分のための料理であればこんなことはしない。そもそも、この十年ほど、料理に時間を割く事自体がなかった。


(ゼリー状のものばかり食べていたような……)


 ほんの数日前までの自分は他人にどうこう言える生活をしていない。目に見えてわかるほど、私の体は不摂生の集大成だ。

 けれど、今、ここに彼女――ルルがいる。

 彼女に出す料理には時間をかけたい。せめて、良いものを良い状態で渡したい。


(……彼女は飢えている獣だ。なら、人にするには、それだけ手間を掛けなくてはいけない)


 私にできることはその程度でしかないのだ。過去には戻れず、傷を癒やしてあげることもできない。だからせめて、丁寧に出汁を取った。


「さ、さっ、さ、鯖目、さん、これ、こ、こ、これ、食べて、い、いい、……」


 彼女は食事を前に言葉を吃らせ、私を上目遣いに観察する。それは、『待て』を教え込まれた犬の目だ。犬であればしつけができていると褒められてしかるべきところだろう。

 けれど、彼女は犬ではなく、本来ではあれば中学生だ。


「もちろん、好きなだけ食べなさい」


 それが許可を与えられた瞬間に、食器をまともに使うことすらなく、彼女の言う通り『意地汚い』を体現した食べ方をする。


(止めたら、手ごと食べられそうだ)


 彼女の手首は、小枝のようだ。彼女の指は、枯れ枝のようだ。それが卵焼きを掴み、一口で噛むことさえせずに飲み込む。食べても食べても飢えている地獄の餓鬼だと言われても、疑わない姿だ。

 彼女は用意した食事『ニ人前』を食べ、胃が膨れると、動きが遅くなる。そうして、目に理性が戻ってくるのだ。彼女は、そして惨状に気がつくと、まず怯える。


(またやってしまった、と言う顔だ……わかっていて、止められないのだ。なんと、哀れなのか)


 謝ろうとする彼女を止めて、顔を拭く。それから風呂を進めて、彼女が退室してから部屋をきれいにする。そうして、それから残ったものを自分の栄養として摂る。

 彼女が来てから、それが私の食事だった。

 けれど、今日は違った。


(……食事を、……しているな)


 彼女の視線は机の隅に置かれた本にあった。『はてしない物語』だ。私も随分と昔に読んだ名作児童文学だが、彼女は読んだことがなかったらしい。


(ナルニアを読み切れるのだ、これもすぐ読み切るだろう)


 彼女は食事の後に本を読むように言われてから、ずっと本を見ている。そうして、出された食事も素直に、食器を使って食べている。


(……知識にも飢えているのか……それとも……)


 彼女は味噌汁を飲んでから、ふとこちらを見た。


「どうかしたか」

「あ、あの……その、美味しいです、ありがとうございます」


 出汁からとった味噌汁を飲んで、彼女は頬を緩ませる。


「いつも美味しいです」

「……そうか」


 いつも味がわかっていたのだろうか。……そうは見えなかった。でも、……そうならいい。味噌汁を一口、飲んでいる。


「……ウン、美味しいな」


 いつぶりか、味がした。そのことに、ぞっとした。

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