第四話 本棚の星
第19話
「ジョバンニと、カンパネラは本当に友だちだったんでしょうか。ジョバンニが傷ついているとき、カンパネラはなんにもしないのに……」
「……君は、冒頭のジョバンニに共感しているのかな?」
「エ、……だって……ザネリはとてもひどい。『お父さんから、ラッコの上着が来るよ』なんて、言うんです。来ないかもしれないってジョバンニが思ってるのもわかってるのに! でもカンパネラはそのときに、ザネリにもジョバンニにもなんにも言わないで、ただ気まずそうにしてるんですよ。とってもひどい……」
「では、ジョバンニがみんなからからかわれてひどい気持ちになっているときに、カンパネラになにかしてほしかったのだろうか」
「助けてほしかった……やめてって声を上げて……自分の味方であってほしかった」
「なるほど……君はそう思う。さて、ジョバンニはどうだろう。そのシーンを読み直してみようか」
リビングの大きなソファーに鯖目さんと腰掛けて、真ん中に鯖目さんのタブレットを置いて、二人で銀河鉄道の夜を読み直す。物語を読む彼の声は、明け方の部屋の中、窓から挿し込む光みたいに淡々としていた。
わたしはソファーの背もたれに頭を預けて、あくびをした。
「ルル、ようやく眠気が追いついてきたかな?」
鯖目さんはタブレットの電源を落とすと、冷たい手のひらでわたしの目を覆った。
「……死んだら、銀河鉄道に乗れるんですか?」
「君がそう思えば、きっとそうだ。死後の世界は生前の君の想像が形作るだろう。ベッドに戻るかい? それとも、もう少し頑張って朝食を食べてから昼寝にしようか」
「ンン……」
わたしはすっかり眠たくなってしまっていた。
鯖目さんの提案も、聞こえてはいるけれど頭に届かない。まだ話したいことがあるのだけれど、しかし、眠たくって、眠たくって、言いたいことが頭の中で散乱して、まともな言葉にならない。
なんとか口を開いてみる。
「ジョバンニはカンパネラが大好きだから、カンパネラが生きていてくれたら、それだけでよかった。なのに、意地悪なザネリなんかを助けて死んでしまうのだから、……そんな友だちはひどい……」
自分の言葉をどこか遠くに聞きながら、『あぁ、きっとそうだ』と思った。彼の手の冷たさを感じながら目を閉じる。息をする度に、体の感覚が遠くなっていく。
「……私には友人が一人いる」
鯖目さんの声が遠く、遠く、聞こえる。どこかの時計塔で鳴る鐘みたいに、遠く。聞こえているけど、空気に馴染んで頭には聞こえない、そのぐらい遠く、彼が私に話しかける。
「私はあいつの為ならば、百ぺん体を焼かれたっていい。けれどあいつは一度だって、私を焼いてはくれないのだ。あいつの幸いは、私には到底理解はできない。あいつはひどいやつだ。……でも、大好きなんだ」
彼の手が私を優しく撫でた。
「おやすみ、ルル。健やかな眠りを」
それはとても、あたたかい響きをしていた。
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