第14話

鯖目さんはわたしの顔をじっと見た後、その血色の悪い唇を開いた。


「サイズは今日の結果から判断したから、さほどズレはないと思うが……すまない、女の子の服はよくわからず……、気に入らないか?」


 また、そんな見当違いのことを言う。

 

「……気に、入らない、なんてことは……ない、です」

「あくまで当座だ。学校に入る前に、君の好きな服に買い直そう。ルル、……すまない、私は気が利かない……色が良くなかったか?」

「色……?」


 与えられた服を眺める。

 白や黒、濃い青や紫、……どれもパキっとした色で、くすんでいなくて、汚れていなくて、きれいな色だ。


「君は肌の色が明るいから、濃い色味が似合うと……考えたんだが……君の好きな色も知らずに……当座だから……と、判断を……また……」


 彼はどんどん声を小さくしていく。見上げると、彼は唇をかみしめていた。ただでさえ悪い顔色が更に悪くなっている。

 

「わたし、……あの……」


 一番近くにあった青いセーターを抱きしめる。柔らかくて、肌触りがサラサラしていて、いい匂いがした。


(新品の匂いだ……)


「好きです。青。好き、……好きになりました、今。好きな色なんて、初めてです」

「……ルル、」

「新しい服、初めてで、本当に嬉しいです。……わたし、……もう少し大人になったら、お金、稼ぎますから、だから、……欲しいです。ここにある服全部、欲しい」


 今、目の前でこれを取り上げられたら、『いいや、これは本当の子どもにあげるんだよ』といつか言われたことをやられたら、その時とは比べ物にならないぐらい、心が化け物になってしまう。


(わたしの……わたしのだ……だって、ここにある……だって……今もう、わたしが抱きしめてる……)

 

 でも、わたしのものなんて、この世界に何もない。今まで何度も、こうやって、目の前で奪われてきた。


(わたしが、家族じゃないから……わたしは……)


 怖くて、苦しくて、全身が震える。


「受け取ってもらえるなら、全て君のものだ」


 鯖目さんが、わたしの頭に触れた。

 

「う、……うそ……? イジワル、じゃない、……?」

「そんなイジワルはしない。もちろん、子どもに金の支払いを求めることもない」


 彼の手が優しくわたしの頭を撫でてくれる。彼の手に触れられると、トロトロと、化け物になりそうだった心が溶けていくのがわかった。


「……着替えてみるか、ルル?」


 わたしが頷くと、彼はほっとため息をついた。

 

「もし、その、……こちらを気に入ったなら、できたら、古い服は捨ててもらえると嬉しい。特にそのコート」


 ソファーにかけたわたしのコートを彼は指さしていた。

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