第11話
わたしの嗚咽に、頭を撫でてくれていた彼の手が止まる。
「……アレルギーか?」
「へ、……」
「それとも私に触られるのはそんなに嫌か……そうだな。すまない、軽率だった」
見当違いの言葉と共に、彼の手が、離れる。
「ま、まって、……まって……」
思わず、顔を上げ、彼の手を両手で握る。
「まって、やだ、すてないでっ、すてないで!」
彼は目を丸くしていた。
だけど、わたしの手を振り払わず、また、頭の上に戻してくれた。しかも、今度は両手で、彼はわたしの頭や頬を撫でる。
(よかった……、これ、……、嬉しい……)
彼の手が、わたしの汗や涙や汚れを拭ってくれた。手は氷みたいに冷たいけれど、その手はとにかく優しかった。痛いところが少しもなくて、わたしはほっとした。彼の手はためらわずにわたしの汚れを拭い取って、それから、布巾で彼は手を拭い、そうしてまた、わたしの顔や頭を撫でてくれた。
(……あったかい……おなかいっばいだ……)
初めてだった。
食事の後に、お腹が一杯になるのは、初めてで、とてもホッとした。
(でも、どうしてお腹いっぱいなんだろう……この人、魔法使いなのかな……)
彼の手に頭を預けて、彼を見上げる。
彼はまた「やはりセクハラになるのか」と見当違いな言葉とともに手を離そうとするので、わたしは首を横に振って追いすがる。それで納得したのか、彼は、また『よしよし』と撫でてくれる。
「……ルル、君は、……嬉しそうに見える。嬉しいか?」
わたしが頷くと、彼は目を細めた。
「なら、こうしていよう。君が落ち着くまで」
「ウン……」
「……私は君を捨てない。捨てるのは、君だ。君がいつか私を捨てて、ここを出ていく。そういうものだ」
彼は笑っていた。
ほんの少しだけ口角を上げて、ほんの少しだけ眉を下げて、微笑んで、わたしを見下ろしている。
(この人の笑顔、……おだやかだなあ……)
昔読んだ小説の中の、天使の挿絵に似ていた。
(天使なら、この人は、人じゃない)
瞼が重たくなってきた。
(人じゃないなら、きっと、嘘をつかない)
彼の手が、腕が、わたしを支えてくれた。目を閉じて、彼に身を預ける。抱き上げられると、全身から力が抜けた。
「約束する、ルル。君が嫌にならない限り、君はここにいていい。だから安心して、まず太りなさい」
低い声が耳から全身に染み渡る。
(そうか……)
眠りのベールが頭にかけられる。
いつもの寒くて、冷たくて、怖くて、とうしようもなく辛い眠りではない。あったかくて、ほっとする、優しい眠りだ。初めての、……あったかい眠さだ。
「わかったね?」
わたしが頷くと、また頭を撫でられた。
(……鯖目さんはわたしを、捨てない。わたしは、太る。生きるのが、義務……)
息を吐いたら、ベールに包まれ、彼の腕の中で眠っていた。
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