第4話

「靴は脱いだら靴箱にしまい、代わりにスリッパを履きなさい」

「あ、その、わたし、足が汚れているので……」

「なおのこと履きなさい」

「あ、はい、……失礼します……」


 靴箱に靴をしまい、彼が出してくれたスリッパを履く。フワフワとしたスリッパは、裸足に気持ちがいい。スリッパ自体はわたしの足には少し大きかったけれど、大人のものよりは小さく、歩きやすかった。彼の後に続き、玄関の先の階段を上り、二階にのぼり、廊下を歩く。


(広い家、……それに、すごく豪華。ものは全然ないけど……)


 家自体は古いようだ。

 例えば階段の手摺の飾りや、例えばシャンデリア、例えば廊下の天井には天使の絵が描かれていて、とにかく随所にこだわりと豪華さが見え、そして、それらは手入れされているようで、古いけれど朽ちているようには見えない。

 しかし一方で、絨毯でも敷けば王宮のようになるのにそのようなものはなく、廊下には額縁だけが残されていて絵は飾られていない。

 家は管理されているが、家の中は空っぽ、そのような違和感を覚えながら、彼に続いて一つの部屋に入った。

 そこはどうやらリビングのようだった。

 大きな、五人ぐらい腰掛けられそうなソファーと、やはり大きな、しかし一人がけのソファーが暖炉のそばに置かれている。そしてそれぞれのソファーのそばにはサイドチェストが置かれ、それぞれマグカップや数冊の本、タブレットや眼鏡が放置されていた。

 部屋の中はとてもあたたかく、わたしはほっとした。


(今の内に体を温めておこう……)


 彼は、わたしのトランクケースを五人がけソファーのそばに置くと、チェストの上に置かれていた本とマグカップを持ち、「待ってなさい」と言い残して、隣の部屋に去っていった。

 残されたわたしはコートを脱ぎ、コートを丸めて手に持ち、部屋を見渡した。

 暖炉には、赤赤と燃える焔の光。

 とはいえ、実際の暖炉、というわけではない。どうやら昔は本当に暖炉だったのだろうが、今はその暖炉に、代わりに暖炉の炎のようなものに見せる映像付きの暖房器具が嵌め込まれているらしい。


(古いのに新しい……ア、本棚……)


 部屋の奥に本棚があった。どうやら沢山の本で詰まっていそうだ。わたしは光に吸い寄せられる虫のように、本棚に歩み寄った。

 本棚には難しい漢字のタイトルのおそらく学術書、それから画集、もしくは辞書、何かの図鑑もあり、なにかのスクラップ帳、小さなサイズの本もある。雑多に、しかし神経質そうにジャンルごとに作者の名前順に詰め込まれていた。

 

(見たことない本ばかり……物語はないのかな……いいや、物語じゃなくても……これ、どれか、読ませてもらえたりしないかな……)


「何故立っている」


 後ろから声をかけられて、ハッとする。振り返ると、マグカップを二つ持った彼が、不審そうにわたしを見つめていた。

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