第3話
男性の印象は、一言で言うなら『細長い』だ。
まず背丈が高く、大きな扉だというのに彼は頭を下げて出てくる。それだけの背丈があるけれど体格が良いわけではなく、体の厚みは漫画雑誌ぐらいしかなさそうだ。手足の比率が高いことも相まって、ヒョロリとした印象を受ける。
そして彼の顔もまた、細長い印象を与える。
細面に、胸まで伸びた長い黒髪。真ん中に分けられた長い前髪から覗く鼻は、高く、長く、少し鷲鼻だ。気難しそうに閉じられた唇は白く、血の気がない。そして、私を見下ろす目は、形こそアーモンド型で整っているが、光がなかった。
そして彼は、暗い緑色のセーターの上から、大判の暗い灰色と茶色の混ざったような色のストールをその細長い体に巻き付けている。なんといえばいいのか、フォンタジー映画に出て来る悪い魔女みたいな風体だ。
扉を開けた彼の手は骨ばっていて、その細長い指は、骨を思わせた。
出てきてくれると思っていたなかったわたしは、トランクケースを抱き、呆けたまま、彼を見上げた。
「……何をしている」
声は低く、重たい響きをしていた。
慌てて、トランクケースを抱え直し、「申し訳ありません」と頭を下げる。
「玄関で幅をとってしまいました。すぐ退きますので、ご容赦ください。失礼いたしました……」
トランクケースを抱きしめ、一歩下がろうとしたとき、靴底が滑った。ア、と思ったときには、自分の体が後ろ向きに倒れていくのがわかった。これは尾てい骨を打つだろうとコマ送りになっていく視界の中で諦めて目を閉じた、が――驚くことに、転倒の衝撃はなかった。
「もう一度聞くぞ」
目を開けると、すぐ近くに暗い瞳。
わたしの肩を、細長い腕が抱いていた。転ぶ直前に、どうやら彼が手を伸ばして抱きかかえてくれたらしい。彼はわたしをじっと見たあと、深く、深く息を吐いた。
「君は何をしているんだ」
完全に呆れている声だった。
彼からしたら、いきなりやってきた子どもがいきなり転びそうになったのだ。呆れられるのも無理はない。わたしは顔が真っ赤になるのがわかった。
「ア、その、……申し訳、ありません……靴が滑って……」
「私は君の申し訳を聞きたい訳でも転びそうになった理由が聞きたい訳でもない。何故君がここにいて、そしてここで何をしているのかを聞いているんだ、上林ルル」
彼は私の名前をフルネームで呼ぶと、もう一度ため息をついた。わたしは、慌てて説明しようとしたが、その前に彼が私のトランクケースを持ち上げた。
「もういい。話は中で聞く。入りなさい」
「エ、……その、あ、の、……わたし、……」
「この辺りに他に人家はない。直に夜だ。山の夜を舐めるな、死ぬぞ」
彼はわたしのトランクケースを片手で持つと、家の中に入った。彼が振り返り、わたしを見下ろす。その目ははっきりと『早くしろ』と言っていた。
「……お邪魔いたします……」
他に選択肢もなく、わたしは恐る恐るその家に足を踏み入れた。
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