第17話 到達
(足手纏いだけは避けないと……)
アリスが到着したと言うことは、今回の作戦、少なくとも幼体の治療は無事に成功したと言うことだ。
しかし、刃竜の成体との戦いにはまだ決着がついていない。ここから二人とも無事に生き延びなければ、本当の意味での成功とは言えないだろう。
グレンはアリスと刃竜の戦いの邪魔にならない様に、何とか立ちあがり移動しようとするも、力が入らず、地面に倒れ込む。
「グレンさん!?大丈夫ですか!!」
慌てた様子のアリスの声が耳に入る。
安心させようと、再び立ちあがろうとするグレンだが、やはりうまくいかない。
駆け寄ってきたアリスによって体を支えられ、グレンはようやく体が起こすことができた。
「俺のことより、まだ刃竜が……」
グレンが早口でアリスにそう告げるとアリスはゆっくりと首を横に振った。
「大丈夫です。グレンさんのお陰で全てうまくいきました」
そういってアリスが指差す方向を見ると、そこには元気になった刃竜の幼体とそれに寄り添う成体の姿があった。
グレンはその光景を見て、ようやく全てうまくいったと、深い安堵の息を吐いた。
「あの子をどうやって手懐けたんですか?」
「それは……。いえ、詳しい説明はとりあえず後にしましょう。まずは治療です」
アリスはそう言うと空いた手で宙に魔法陣を描くと、詠唱を始める。
「灯せ癒しの光よ『治療《ヒール》』」
柔らかい光が魔法陣から溢れるとグレンへと降り注ぎ、グレンの怪我をゆっくりと癒していく。
しかし、その魔法は長くは続くかなかった。光が収まるのに合わせ、魔法陣がゆっくりと薄まり、やがて消えた。
「……すみませ。魔力が限界で、完全には治せませんでした」
「そんなことないと思いますが……」
少し血の気の失せたアリスがグレンに謝るも、グレンの体から痛みはほとんど消えていた。とはいえ、治療を施した本人であるアリスが言うのだから、それが正しいのだろう。
「大きな怪我は治しましたが、まだ完治とは言えません。絶対に無理はしないで下さいね」
「ありがとうございます。魔力ポーションを持ってくればよかったか……」
「いえ、この程度であれば聖女の頃から度々ありましたので、慣れたものです」
「無理はしないでくださいね」
グレンさんも、と軽く笑みを浮かべて返したアリスはグレンの後方へと視線を移す。その視線の先には、先ほどと同様に元気になった幼体の姿があった。
幼体は固い鱗こそあるが、刃竜の攻撃的な部分を取り除いたような姿をしており、そのサイズ感も相まって親子のようにはあまり見えない。
「グレンさん、ごめんなさい。治療が終わったタイミングで合図を打つつもりだったのですが、あの子が案内すると言って走り出してしまったので」
「まるであの幼体と会話できる様な言い方ですが」
「会話と言うと語弊がありますが、近いことは出来ます。昔、仲が良かった子から教えてもらったんです」
「聖女様もできるんですね……」
動物と会話したり、動物の気持ちを読み取ることができるという特殊技能を持つ者がこの世界には居る。いわゆる、精神感応《テレパシー》の強化版であり、同じ種族同士であれば比較的簡単なのだが、種族が違う場合はそうはいかず、特別な才能が必要なのだとグレンは聞いたことがあった。
「でも、そこまで都合が良いものでもないのでしょう?」
グレンの問いかけにアリスは頷く。
「そうですね。治療を施したお陰だと思います。魔力にはそういった力もあるようですので」
「魔力と血。過去にはそれをもって主従関係を結ぶことがよくあったとは聞いていますが……」
「今は契約にも魔法があるし使わない技術ですから、眉唾物かもしれませんけどね」
「誓約」の魔法しかり、現在でその方法が使われることはほぼないし、それに効力があるのかも定かではない。しかし、事実、アリスは刃竜の幼体とコミュニケーションが成り立っているのだから、あながち間違いとは言えないだろう。
辺りには穏やかな空気が流れており、いつの間にやら虫の声も月の明るい夜をにぎやかな物にしている。
刃竜の成体から警戒心は消え去り、幼体の相手をするばかりで、グレンたちのことは微塵も気にしていない。星と月の光の元でじゃれる刃竜の親子とそれを眺めて微笑む聖女の姿はまるで絵画のようだ。
ただ、これで全てが解決したわけではない。この問題の首謀者を懲らしめない限りは、この問題は後を引くだろう。
「これで無事解決、というわけにはいかないんですよね」
「アリス様が望むのであれば、ここで幕引きも可能だとは思いますが……」
「いえ、同じことが繰り返されるのを黙ってみているわけにはいきません」
「犠牲がついて回りますよ」
グレンの言葉に、真剣な表情を浮かべたアリスは目を細めた。
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