第16話 一吠

「こんのっ!」


 畳みかけるような刃竜の攻撃は続く。

 鋭い爪と刃の様な尾を主体とした攻撃に、時折繰り出される嚙みつきとタックル。そのすべての攻撃が恐ろしい威力を持って、変幻自在にグレンへと襲いかかる。


 時間が経つにつれてグレンの消耗は目立ち始め、それにつれて戦況は刃竜へと傾いていく。そして、それと比例する様にグレンの消耗も早まる。

 そんな悪循環に紅蓮は陥っていた。

 今はなんとか刃竜の攻撃を捌き切れている状態だ。魔力の残りが少ないため、頭痛と精神疲労が重くのしかかり、肉体的にも疲労が溜まっている。

 それでも防戦一方に陥らずに、たまに食らいつく様に攻勢に転じている理由は刃竜をここに引き留めるためだ。

 激しい戦いの中、刃竜も余裕がなくなり始めているのか、幼体のことを気にする回数が減ってきている。

 しかし、それでも気にしている様子を時折見せるため、その隙をついてグレンは攻勢に転じているのだ。

 そして、その隙をグレンはまた捉えた。


(緩んだッ!)


 刃竜の攻撃が僅かに軽く、そして雑になった。

 考えられるのは、幼体のこともあり刃竜が攻め焦っているかグレンを誘っているかだが、ジリ貧状態のグレンの答えはもう決まっていた。


(ここで決める。気絶くらいなら大丈夫なはずだ)


 グレンは魔力を騎士剣と強化に注ぎ込む。今のグレンにとっての限界量だ。

 この程度であれば、刃竜を気絶させるのにはちょうど良い威力になるはずだ。この手の生物や魔獣の体の丈夫さは人間とは比較にならず、刃を使わなければ今後に支障は出ないだろう。


(狙うは頭部への一撃……)


 そして、グレンの待ち望んだ動きを刃竜がとった。その攻撃が明確に大雑把になったのだ。

 今までで一番キレのない隙が大きい動きで、薙ぎ払うかのようにグレンに左爪を振ったのだ。

 グレンはその攻撃を完全に見切って鼻先に掠める程のギリギリを攻めて右側に避ける。

 そして、その刃竜の横顔に騎士剣を叩きつけようと全力で腕を振るう。


(え……)


 しかし、グレンの視界の隅に映った刃竜は無防備な横顔などは全く晒しておらず、左爪を振るった勢いのまま、大きく回転をしていた。

 その先に見えるは、鋭い刃の様な尾だ。

 このままではグレンの剣は分厚い鱗に覆われた刃竜の横腹を叩くだけでになる。それでは、気絶はおろか大したダメージも刃竜与えられない。それどころか、グレンも真っ二つに切断されて死ぬ未来しか待っていない。

 その結末を避けることの出来る唯一の方法は一つだ。

 グレンは腕の筋から嫌な音が響くのを感じながら、無理矢理剣の軌道を変えた。

 ——そして、グレンの騎士剣はなんとか刃竜の尾に打ち合わされた。

 まるで大きな鉄塊同士を打ち合わせた様な音が森に響き、同時に力負けしたグレンが騎士剣ごと打ち飛ばされた。


「ごぁッ……」


 人形の様に吹き飛ばされたグレンはそのまま木の幹に強く体を打ち付けると崩れ落ちた。

 無意識で強化魔法を使えたのか、グレンはなんとか意識を失わずに済んだが、体は言うことを聞かない。

 体の節々が痛み、じんわりとした熱を体に感じる。

 この程度で済んだのは不幸中の幸いであり、痛みを感じると言うことは、なんとか致命傷ではないと言うことだ。

 グレンは何とか体に力を入れて、立ちあがろうともがくが、やはり上手く力が入らず立ち上がれない。

 視線を上げると、辺りを警戒しなかまらもグレンへと悠々と足を進める刃竜の姿が映る。


(万事休すか)


「すまん。聖女様……」


 そしてグレンに向かって前足を振り上げた刃竜を前にグレンはそう零して目を閉じた。

 ——鈍い音がグレンの耳に届き、風がグレンの髪を揺らす。そして、刃竜の咆哮が響く。


「……よかった。間に合いました」


 その声でグレンが目を開ける、目の前にいたのは先ほどまでグレンが握っていた騎士剣を構えたアリスの姿だった。

 今のグレンにはアリスのその背中はとても大きく見えた。

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