第8話 厄介事

(なんでこんな面倒ごとばかり)


 グレンは心の中で毒づく。

 聖女護衛の依頼を受けてから、二連続でハズレを引いている。

 創神教の魔人の次は刃竜マカナウィトルが相手だ。

 人生で一度もお目にかからない可能性の方が高い相手と立て続けに戦う羽目になるとは想像すらしていなかった。

 

 今回の一件、行商人以外の首謀者――それこそ、集落の人間も絡んでいるとグレンはふんでいる。

 不意打ちにせよ、刃竜マカナウィトルの成体の目をくぐり抜けて、幼体に攻撃できているのだから、相当な下調べと準備をしてきていたはずだ。流石に単独で刃竜マカナウィトルを狩ろうとするバカはいないはずで、現状、集落以外の人間が来ていた様子がない時点で、集落側もほぼほぼ黒だろう。

 誰が絡んでいたかはわからないが、身内が絡んでいる時点で、集落が滅んだとしても因果応報であるとグレンは思っている。

 だから、グレンとしてはあの集落が滅んだとしてもそれほど気にはならないし、今からでも手を引きたいのだが、すでにアリスが刃竜マカナウィトルの撃退に臨んでいるためその選択肢は消えている。

 見捨てたとして、恐らくアリスはグレンのように割り切れないだろうし、なにより彼女を説得できる程の証拠を持っていない。

 今回の件を、どれをとってもうまくいく気がしない。。

 相手が野生動物で交渉もできない以上、刃竜マカナウィトルの「復讐」を止めるには、「撃退」なんて温いことは言ってられないだろうし、かといってマカナウィトルを討伐するわけにはいかない。

 正直、八方塞がり状態だ。


(まぁ、悩んでも仕方ないか。とりあえずはあの子を止めるのが先だな)


 今うだうだ考えても答えは出ない。

 まずは、何か事が起こる前に彼女を見つけて止めるしかない。問題の解決はその後だ。


「使うか……」


 グレン小さく呟いた。

 彼女を見つけるには魔法を使うしかない。今、この状況で魔法を使うことはかなりのリスクだが背に腹は代えられない。

 グレンは剣を地面に置いて跪くと、手慣れた様子で素早く、しかし丁寧に土の上に魔法陣を描いていく。そして、円に幾何学模様と文字が組み合わさった魔法陣が出来上がると、左の手のひらを魔法陣に向けて広げた。そして、目を閉じると、魔法の行使に全神経を集中させる。

 これから使う探知の魔法は魔法陣を実際に書く工程が必要な高度な魔法ではないが、魔法は工程を重ねれば重ねるほど、魔法の質を向上でき無駄を消すことが出来る。今回でいうと、魔法の気配を刃竜マカナウィトルに悟られないようにすることと可能な限り魔力の消費を抑えること、そして探知範囲を広げるためにグレンはあえてその工程を踏んだ。

 そして、その締め括りに、詠唱を行う。


「――波よ、響きたまえ」


 囁くようなグレンの詠唱と共にグレンの手のひらと魔法陣の周りに虹色の燐光が舞い、淡く光る。


「『探知』」


 そして詠唱が終わると同時に、手のひらから魔法陣に一滴の水滴が落ちた。

 その瞬間、グレン脳裏には、まるで波紋が広がるようにして周囲の映像が広がっていく。


「見つけた……」


 そしてグレンはアリスを見つけた。

 正確には女性と思われる人影を探知しただけだが、こんな夜中に森にいる女性はアリス以外は考えられない。

 アリスは幸いにも離れた位置におり、刃竜マカナウィトルには気が付いていない様子だ。

 ――彼女を止めるには今しかない。

 グレンは焦る心を落ち着かせて、その足を進めた。

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