第7話 刃竜

(アレのどこが魔獣だ!)


 グレンは口から出そうになった文句を何とか心の中に留めた。

 想定していた魔獣あいてを上回ってきたことに、グレンは集落の長への怒りが沸々と湧いてきた。

 マカナウィトル――別名、刃竜じんりゅうは大陸に広く生息しているで、冒険者協会だけではなく、多くの国からも禁猟種に指定されている数少ない動物だ。つまり、大陸全土から保護されている動物な訳だ。


(どうやったら禁猟種—— よりにもよって刃竜マカナウィトルと魔獣を間違えるんだ)


 刃竜マカナウィトルがそんな手厚い扱いになっている理由は大きく三つある。

 一つは過去の乱獲によって個体数が激減していること。

 二つ目は人類に全く害のない動物であるということ。

 刃竜マカナウィトルはその凶悪な見た目に反して性格は非常に温厚でそれに加えて知能も高いため、人類と敵対することはほぼない。

 三つ目が一番大切な理由で、そんな温厚な彼らを本気で怒らせると人類に大きな被害がでる可能性が高いことだ。

 刃竜マカナウィトルはその名前に「竜」と付いているだけあって、並の冒険者では歯が立たない程の力を持っている。

 その爪と牙はもちろんのこと、彼らの名前の由来でもある体の節々に備わった刃の様な鱗は、いとも簡単に鉄を切り裂く。それに加えて彼らは魔法すら使えるとの記録もある。

 強力な力を持ちながらも温厚な彼らだが、時に人類に牙をむくことがある。

 それは、彼らが「復讐」を行う時だ。

 彼らは知能が高い。人類一人一人の力は弱くとも、種族全体で見ると自分達よりも上位の存在だと知っているのだ。

 その知能があるから、彼らは人間との争いを起こさない。自分たちのテリトリーの近くに人間が近づいたとしてもも、接触がないように自分たちの方が移動するほどだ。

 そんな彼らも、自分やその家族や仲間が攻撃された時には、その恐ろしい力を存分に振るう。

 時には群れを作り集団で、時には対象が一人になるのを見計らって、その知能を駆使して、様々な方法で彼らは復讐を行うのだ。

 そんな刃竜マカナウィトルの存在が大陸中に広まったのは、幼体乱獲事件のせいだろう。

 今でこそ代用品も多くあるが、一昔前は刃竜マカナウィトルの素材は貴重かつ高級品であったのだ。魔力との親和性は高く、強靭さとしなやかさがあり、何よりも加工しやすかった。その結果、今でも刃竜マカナウィトルの素材が使われた道具や装備は最高品質の証明である。

 そんな刃竜マカナウィトルではあるが、乱獲が起こる前はその強さから、狩りの対象になることはほとんど無かった。

しかし、ある時、欲に眩んだ商人がとあることを思いついたのだ。

 ――基本、母子単位でしか行動しない刃竜マカナウィトルなら幼体を狙えるのではないか、と。

 そしてその考えは的中した。

 作戦はシンプルだ。一体の刃竜マカナウィトルの幼体に魔法でマーキングを施すと、十人近い冒険者を集めてひたすら中遠距離から攻撃するのだ。幼体から離れられない成体はまともな反撃もできず、逃げたとしてもマーキングで追跡される。

 すべての狩りが成功する訳ではなかったが、最終的には母子ともに力尽きるか、子供だけを残して成体が逃げるかのどちらかの結果になることが多かった。

 こうして、乱獲の対象となった刃竜マカナウィトルは元々の個体数が少ないのもあって、みるみる数を減らしていった。

 そんな乱獲を止める要因になったのは二つだ。

 一つは、母子で行動していた刃竜マカナウィトルたちが群れをつくるようになってきていたこと。これでは当然、狩りは行えない。

 もう一つが刃竜マカナウィトルによる襲撃の発生だ。襲撃の対象は個人だけに留まらず、集落から小さな町までと様々で、大きな被害が出ることになった。

 あの温厚な刃竜マカナウィトルが人々を襲うなんて何事だ、とすぐに各界が調査に乗り出した。その結果、その襲撃の対象となっていたのは、刃竜マカナウィトルの素材が多く流通している所ばかりで、その要因が刃竜マカナウィトルの乱獲による復讐だとすぐに調べがついたのだ。

 そこからは非常にスムーズだった。すぐさま、各国、各界から狩猟どころか素材の扱いの禁止が通達され、ほどなくして法整備がなされる結果となった。

 そんな訳で、マカナウィトルと実際に出会うことはなくても、その名前と姿だけは知っていると言う者は少なく無い。

 特に、冒険者や商人などは確実に知っておかなければいけない。なにせ、万が一、許可なしで、刃竜マカナウィトルを狩猟したり、その商品を取り扱ったりすれば、重い刑罰が下るためだ。


 そして、そんな刃竜マカナウィトル相手にどんな馬鹿をしでかしたのか、とグレンが思っていた所、その答えはあっけなく見つかった。

 酷く警戒しているマカナウィトルの足元にチラッと幼体の姿を見つけたのだ。


(未だに取ろうと考えるバカがいるとはな……)


 どこかの馬鹿が入れ知恵したのかは不明だが、恐らく商人は刃竜マカナウィトルの親子の居場所を何処かで知って、幼体に手を出したのだろう。

 それで、成体に気付かれて、手痛いしっぺ返しを食らった訳だ。

 そこまで想像がついて、すぐ、グレンは違和感に気がついた。


 (まて。何故、マカナウィトルは行商人を逃した?)


 刃竜マカナウィトルがたかだか行商人ごときを取り逃がす訳が無い。危険があると判断すれば、必ずとどめを刺すはずだ。

 仮に行商人が逃げられるとしたら、刃竜マカナウィトルがそれ以外のことに気を取られた以外にはありえない。

 グレンは行商人の傷の具合を思い返してみて一つ気が付いた。


 ――行商人の傷は刃竜マカナウィトル相手で言うと「掠った程度」の傷だった。


「まさかな……」


 グレンの頭に最悪のシナリオが浮かぶ。

 グレンはそれをすぐさま確認すべく、成体の足元に幼体を細やかに観察しそして天を仰いだ。


「本当に何をやってくれてるんだ……」


 気が立っている様子の成体の足元に蹲っている幼体は怪我をしていた。しかも、それなりに離れた距離にいるグレンからも出血が確認できるということは軽い怪我ではないはずだ。

 これで話に辻褄があう。幼体の怪我があったから成体は行商人を追い払う程度にしか攻撃しなかったのだろう。

 何にせよこれではっきりしたのは、行商人、そして下手をすると集落ごと、刃竜マカナウィトルの狩りにかかわっているということだ。

 そして、なによりも問題なのは、あの集落は「復讐」によって滅ぶ未来にあり、このままいくとアリスもその対象に含まれてしまうということだ。

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