第6話 独走
(俺の失態だな。説明しておくべきだった)
グレンは森の中を疾走しながら、心の中でボヤく。
グレンが魔獣の撃退の依頼を受けないと判断したのは、わざわざその危険を冒す必要がなくなったことが一番大きな理由ではあったが、もう一つ別の理由もあった。
それは、あまりにも話が出来過ぎていることだ。具体的に言えば、行商人と長は何かしらを隠しているに間違いないと判断したからだ。
そう感じた一番の理由は、ただの行商人が魔獣に襲われて大怪我を負ったというのに生きていることだ。
魔獣は普通の動物とは一線を画す危険性と凶暴性を持っている。そして何よりも非常に好戦的で、一度敵対状態に入った相手をそうやすやすと逃がすような生物ではない。しかも怪我の具合からみて、小中型以上の魔獣が相手だったに違いない。運がよかった、と言われればそこまでではあるが、ただの行商人が大怪我を負った状態で中型の魔獣から逃げ延びるなんて到底不可能だ。
(何を隠してたんだ)
どこに嘘があったのかは分からないが、グレンは今回の一件は単に、危険な魔獣に罪の無い行商人が襲われた、という話だけでは無いと思っている。
依頼人が嘘をついている場合はロクなことにならないのは通例であり、グレンのみならず冒険者や傭兵など、戦いを生業にしている人々にとっては、依頼人による嘘は殺されても文句が言えない程に重いものだ。
とはいえ、今回の一件はあくまでグレンの推測だ。嘘の依頼を出す時点で論外ではあるが、今回に限ってはその証拠はない。それならば関わらずに去るのが正解と判断したのだ。
そう判断したから、アリスには伝えずにいたのだが、今回はそれが悪い方に転んだ。
「追いつく前に何もないといいが……」
集落の長から得た情報では、魔獣は集落から東に三十分ほど歩いた位置にある山道付近だったとのことだ。
正確な位置は、行商人が隠しておいた手引き台車を目印にしてくれとのことだった。台車は山道から少し森に入った位置に隠してあるらしく、山道沿いにスカーフが巻かれた木があったら、あとはそれを目印にすれば簡単に辿り着くとのことだった。
なんともツッコミどころが多い話ではあるが、その情報が無ければ、広い森の中から件の魔獣を見つけるのは至難の業だろう。
この情報はアリスには伝えていないので、普通であれば彼女が魔獣を見つける可能性は低いが、都合の悪いことに彼女は元聖女だ。
彼女の魔法の実力が常人レベルでは無いことは、この前の戦いで身に染みてわかっている。「千里眼」なんていうトンデモ魔法が存在していることを知っているグレンからすると、楽観視などできなかった。
そんな不安を胸中に抱えながら走ること十数分。
なけなしの魔力を使って強化魔法を使った甲斐あって、例の目印とやらをグレンは見つけることができた。
「スカーフ……。あれか……」
視力も強化されている今だからこそ気付けたものの、そうでなければ闇に溶け込んだスカーフなど到底見つけられなかっただろう。
グレンは僅かに上がった息を整えると、慎重に森の中へと足を踏み入れる。
今の所、戦闘の音も、魔獣らしき声も、鳥の囀りも、虫の声もしない。ただただ、心地よい風が木々を通り抜ける葉擦れの音だけが流れている。
ひどく静かな夜だ。
「まて……。静かな夜?」
グレンは静かに進めていたその足を止めた。
流石に静かすぎる。
春が終わり、夏が近づいている頃だ。この時期にこんな静かな夜はありえない。いや、正確には、何かが無い限りあり得ない。
それこそ、眠れる獅子を起こさまいと動物達が、虫達が本能的に鎮まらない限りは。
「ッッ……!!」
グレンはその目に突如映ったその動物の姿を見て、咄嗟に息を凝らして、体を屈める。
それは体長五メートルは超えるだろう四足歩行の地竜だ。黒に近い深緑の鱗が体中を覆い、頭から鋭い棘のついた尾まで繋がる、稲妻の様な白銀の線がその背中にいくつも走っていた。そして、その強靭な四肢にはまるで刃の様な逆だった鱗がついており、その刃で切り裂かれればタダでは済まないだろう。
鋭い牙が備わった大きな口と透き通った蒼い瞳からは凶暴性と知性という相反する二つの印象を与える。
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