第5話 相違

「ん……」


 グレンは体の痛みと共に目を覚ました。

 空き家を借りられたとはいえ、小さな空き家に寝室とベッドが二つずつある訳もなく、グレンはアリスを寝室に譲り、自身は家具の一つも置かれていない別室に雑魚寝をすることにしたのだった。

 屋根があって、安全と言うだけでありがたいことには変わらないが、欲を言えば藁くらいは欲しかったものだ。


「眠れそうにないな……」


 グレンはため息をついた。

 とりあえず、もう一眠りをしようと目を閉じたわけだが、暫くしても一向に眠気は訪れなかった。

 その原因が寝心地の悪さにあるならどうとでも工夫は出来たのだがそうではなかった。グレンの睡眠を妨げているものは悩み事だ。具体的には、これからの旅やアリスとの関係性、創神教についてなど、様々な考え事が頭の中を巡っているせいで眠ることが出来なかったのだ。


(こればっかりは仕方ないな)


 グレンはあっさりと寝るのを諦めて体をゆっくりと起こすと伸びをする。そして、そのまま壁に寄り掛かる様にして座ると、窓の外を眺めた。

 まだ、月は明るく、夜明けまでは時間がありそうだ。

 グレンは多少の寝不足くらいでどうこうなる様な甘い鍛え方はしていない。過去には夜通し戦ったこともある。それに、一週間の旅の間はアリスがいたおかげで、グレンも随分と楽が出来た。それこそ、今まで経験してきた旅の中でも上位に入るほどだ。

 なにせ、アリスの魔法で水や火は簡単に出せるし、夜営時にも結界魔法がある。

 流石、元聖女だけあって、かなり強力な結界魔法だったようで魔獣やら野生動物やらに襲われる危険性は皆無に等しく、そう言った面での疲れがほとんど無かったのだ。

 ただ、そんな楽な旅であった一方で、人間関係という部分では問題だらけだ。


「もう少し、歩み寄らないといけないかもな……」


 必要以上に仲を深めて、護衛と護衛対象という関係を崩すつもりはグレンにはない。人に深入りすると、余計な重荷が増えるからだ。

 ただし、その関係性に悪影響が出ない程度にはお互いの事を知るつもりがあると思ったのだ。

 今回の一軒もそうだが、未だにグレンは「アリス」という少女のことを本当の意味で信用できていないし、彼女がどういう人間かというのもさっぱり分かっていない。

 勿論、それはアリスからみたグレンも同様ではあるだろう、とグレンは思っているが、それ以上にグレンから見たアリスという人物の印象は一転、二転、そしてここに来て三転している。

 最初に彼女を見た時はまさに聖女そのものだった。

 下級冒険者の様な下々の人間と分け隔てなく対話する姿や、その立ち振る舞い、しぐさなどからは慈愛、博愛の精神を感じられた。そういった、親しみやすい雰囲気がある一方で、どこか簡単に触れてはならない様な神聖さを纏っているのも、彼女が聖女足らん人物だと感じた理由の一つだろう。

 その後、戦場ではその印象は一転する。

 何事も無いように平静に騎士達を倒していく姿は、まるで、人を人だと思っていない様な狂人に見えた。その後、グレンと相対した時も、ついさっきまで人を殺したとは思えないような様子だったのが強く印象に残っている。

 それは、グレンが何度か相対した、戦闘狂や殺人快楽者達とは違った雰囲気で、それが何とも言えない不気味さを醸し出していた。

 そして、旅の道中と集落についてからは、先の二つのイメージとも全く違う彼女が姿を見せた。

 無邪気で健気、夢見がちで、どこか世間知らず、育ちが良さそうな発言や行動からは聖女というよりは、貴族の娘などといったイメージの方が強い。

 こうもコロコロと印象が変わるとグレンにはどれが本当の彼女なのかさっぱり見当がつかなかった。


「ちょっと夜風にでもあたるか」


 ひとりでそんなことを悩んでいても答えは出ない。

 グレンは外で頭を冷やすべく、立ち上がると部屋の外に出て、目に入った玄関扉をみて固まった。

 用心のためと玄関の扉にかけていたかんぬきが外されていたのだ。


「まさかな……」


 グレンは悪い予感がして、すぐさまアリスが使っている寝室のドアをノックする。


「アリス様! 仕方ない……!」


 何度かノックをして声を掛けたが、予想通り中から返答はなく、グレンはやむを得ず扉を開け、部屋に足を踏み入れる。

 部屋の中にアリスの荷物が整理しておいてあるが、肝心の本人の姿がどこにも見えない。


「くっそ……」


 グレンは悪態をついて、すぐさま自身の部屋に戻ると最低限の道具を装備する。

 これが単なる気分転換の夜歩きなら問題ないが、そうでないだろうことは何となく察しがついた。


「あのバカ聖女っ!」


 恐らく彼女は魔獣の撃退に一人出ていったはずだ。

 そんな最悪の予想が当たらないことを願いながら、グレンは魔獣と行商人が遭遇したと聞いた場所へと駆け出した。

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