第3話 価値観
「治療」をすると、半ば押し掛ける形で飛び込んだ長の家では、魔獣に襲われて怪我をした行商人がベッドに寝かされていた。その行商人は想像していたよりも若く見え、中年にも差し掛かっていないような年齢に見えた。
二人が駆け付けた時の行商人の容態は非常に悪く、青白い顔と血に濡れて乾いていない包帯からは重症というよりも、死にかけと言った方が正しいのでは無いだろうか、と思える状態だった。
そんな状況でアリスがとった行動は迅速だった。
アリスはすぐさま青年に巻かれた包帯を剥ぐと、腹部についた大きな傷に魔法を使った。
「すごい……」
長からそんな驚きの声が漏れるのも不思議ではなく、アリスの魔法はまさに奇跡と呼んで過言ではないものだった。
アリスが患部に手をかざすと、瞬く間に魔法陣が現れ、魔法陣が鼓動するように光るのに合わせて、徐々に傷跡が塞がっていくのだ。
グレンはこれまで何度も回復魔法や治癒魔法を見てきたし、実際に使ってもらったこともあるが、これほど即効性と効果があるものはほとんど見たことが無い。
腹部の一番大きな傷が癒えるとアリスは額の汗を拭った。
「他の傷も手当しますね」
アリスはまるで独り言かのようにそう口にすると、休む間もなくそのまま残りの傷の治療に取り掛かった。
結局、治療を始めてから十分も経たない間に、青年の傷はほとんど塞がり、心なしか青年の血色もずいぶんとよくなった。
「ありがとうございます」
ベッドに横たわる穏やかな顔を見て、長というには少し若い男性がほっとした表情で感謝を告げた。
「いえ、私に出来るのこの程度でしかありませんので」
そう言って微笑むアリスにグレンは息を吐く。
(どこがこの程度なんだか)
あれほどの効力の魔法だ。
それを扱う技術はもちろんのことだが、使う魔力も相当なはずであり、アリスへの負担も軽くないはずだ。それこそ、並の魔法師では卒倒するレベルの魔力消費量ではないだろうか、とグレンは推測する。
アリスは平気そうな顔をしているが、それが強がりなのか、アリスにとっては問題のない程度の負担であるのか、グレンには判断がつかなかった。
「とりあえず、目ぼしい傷は全部治しました。ただ、失った血は完全に戻っていませんし、体力も消耗していると思いますので、しばらくは休養を取るように言ってくださいね」
アリスは優しい笑みを浮かべながら、長にそう告げる。
「本当にどう御礼をすればいいやら……」
「いえ、御礼は……」
「一晩の宿と今晩の食事、そして旅の物資を少し頂くのを対価にということではどうでしょう?」
長の御礼の申し出をアリスが断ろうとしたところで、グレンがアリスの前にすっと出てきてその言葉を遮った。
無償奉仕の精神は結構だが、今それを出来るほど二人には余裕はない。
アリスの望むことではないと理解しつつも、グレンは口を挟むことを決めた。
「そんなことでよければ、勿論です。宜しければ、湯浴みの用意などもしましょうか?」
「助かります。湯浴みの用意は道具だけお貸しいただければあとは自分達でやりますので」
「分かりました。それでは、後ほどお持ちしますね」
突然のグレンの横入について行けないアリスを横目に、二人の話はあっという間にまとまった。
「それでは、本日は私たちもここで失礼しますね」
「本当にありがとうございました。また、何かあれば、気軽に申し付けください」
「はい。それでは、アリス様行きましょう」
「え? は、はい」
固まったままのアリスに声をかけて、グレンはそのままそくささと長の家を後にし、アリスは慌ててグレンの後を追った。
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