第2話 魔獣
声を掛けられたアリスはもたれ掛かっていた柵から体を起こすと、腰に手を当てて、ほんの少しだけ不満げな表情を浮かべる。
「聖女」という余所余所しい呼び方に不満があるのはそうだが、何よりも、ようやく「聖女」という自分の名前よりも大きな看板を外せたのだから、「アリス」という名前で呼んで欲しいという思いの方が強かった。
とは言え、そんなことを素直に言える訳もなく、アリスはもっともな指摘をグレンにする。
「グレンさん。私はもう「聖女」では無いですし、なによりその呼び方は危険です。この辺りも絶対に安心とは言えないんですから」
「失念していました。すみません、アリス様」
「『様』も要らないんですが……」
とにかく最低限、名前で呼んでもらうことは出来たので、アリスはそれ以外の要求を飲み込む。
魔人と戦っていた時はため口だったというのに、今では敬語どころか「様」付けまでされている。先は随分と長そうだ。
呼び方を考えないと、と素直に反省をしているグレンを横目にアリスは困ったように小さくため息を吐いた。
その一方で、グレンはアリスのため息に気が付いていた。
果たしてそれが何を意味するのか、グレンには心当たりが幾つかあるため正確なところは分からない。
ただ、アリスに対する自分の態度が原因なのだろうと、何となく察していた。
そのことに何度目か分からない罪悪感を感じるが、グレンはそれを振り払うかのように一つ息を吐こうとして、それを飲み込む。
罪悪感を覚えるくらいなら、歩み寄ればいいだけの話ではあるのだが、絶賛人生の迷子であるグレンにはその判断がつかずじまいだ。
「ところで、話し合いはどうでした?」
うだうだと頭の中で言い訳を並べているグレンとは対照的にさっと頭を切り替えたアリスから質問が飛ぶ。
「無事、空き家を借りることが出来ました。ですが、代わりに仕事を頼まれまして」
アリスはその言葉に首を傾げた。
「仕事ですか? どういったものでしょう……」
「魔獣を撃退してほしいそうです」
その言葉にアリスは顔を少し顔を顰めた。
グレンにはその表情の意味するところは分からないが、グレン自身はそれを厄介な話だと受け取っていた。
魔獣とは人類にとっての一番の天敵だ。
大陸には様々な種類の魔獣が生息しているが、一番の特徴は体に魔石がついていることだろう。逆に言えば、生まれつき魔石が体に付いている生物を魔獣と呼ぶのだ。
人類は有史以来、魔獣対策にずっと頭を悩ませてきており、その被害も数えきれない。
このように、魔獣が人類の天敵となっている理由は彼等の特性にある。
かれらのほとんどは「好戦的」か「凶暴化」か「残虐」か「高い戦闘力」のいくつかか、もしくは全てを兼ねそなえている。
グレン達とは違い、戦う術を持たない人々にとっては、出会っただけでも一生の終わりとなりかねない存在なのだ。
そんな危険な存在である訳なのだから、魔獣の種類によっては、一晩の宿程度では割に合わない場合があるのだ。
「結界石が作動しているのに、どうして……」
結界石とはその名の通り、結果石で囲った範囲に結界を貼る道具だ。
魔獣の襲撃に対抗すべく生み出された人類の技術の一つで、城壁などが無い村や集落には必須の設備である。
「実は今回、集落の人間が被害にあったわけでは無いんです」
「被害が無い? どういうことですか?」
「魔獣の被害にあったのは、集落の人間ではなく、行商人だそうです」
アリスはグレンの言葉に険しい表情を浮かべ、グレンに詰め寄る。
「その方は無事で?」
「最低限の治療を行なった後、村長の家でりょ……」
グレンは驚きながらも、両手でなんとかアリスの肩を抑えながら、そう返す。
「治療に行きます。その方はどちらに?」
「集落の長の家に」
「行きましょう。私はこれでも治癒魔法については心得があるので」
「わかりました」
そうして、グレンとアリスは集落の長の家に向かった。
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