美女と猛獣
第1話 冒険
「のどかですね」
そろそろ夕方に差し掛かろうという頃。畑を囲う木製の柵にもたれ掛かったアリスは辺りを見回すと呟いた。
アリスの周囲にはこじんまりした木製の建屋がポツポツと並んでいる。恐らく総戸数でも五十に満たない程度の数であるだろう。
規模としては村というよりは集落の方が近く、ここにはのんびりとした空気が流れている。
この名もなき集落は、グレン達が最初に辿り着いた人里だ。だいたい、港町ロアシチを出てから一週間ほど歩いた場所にある。
「流石にここには教会もないですね」
それがアリスがのんびりとしていられる一番の理由だ。
創神教の聖地かつ、その総本山でもあるレプカノン聖教国は大陸の西に位置する。その為、創神教は西側では多くの信者がいるのだが、大陸中央を飛び越えて東側となると、その影響はかなり薄まる。
「もう少し仲良くしたいんですけどね……」
アリスは無邪気に遊ぶ男の子と女の子の二人組を見ながら呟いた。
誰と、と聞かれればもちろんグレンとだ。
アリスとしてはもう少し仲を深めたいという気持ちがあるのだが、グレンが一線引いているのだ。
結局、今の所、グレンとアリスの仲は護衛対象と護衛という立場を超えることはなく、あくまでビジネスライクな関係だ。
そんな微妙な関係性の中で、アリスがグレンに抱いている感情は自分でも意外なものだった。
なにせ、今アリスはグレンのことを自分の相棒になりえる唯一の存在と思ってしまっているのだから。
そして、その感情の根幹にあるものに気が付いた時、アリスはあまりの子供っぽさに呆れてしまった。
(この歳になって物語の登場人物に憧れるとは)
アリスは昔読んだ英雄譚や冒険譚にに自分とグレンを重ね合わせていたのだ。
物心ついたときから聖女になる為だけに人生を費やしてきたアリスにとって、楽しみは本だけであった。
そんな中でアリスが特に好んでいたのは「冒険譚」や「英雄譚」といった男の子らしいものだった。仲間達と共に大冒険に出かけ、街や人々を救ったり、怪物や時には権力者と戦ったり。
聖女として育てられる中で、心の奥底では一人の人間として、自由にそんな世界を生きることをアリスは夢見ていたのだ。
だが、創神教の聖女にそんなことは許されない。
アリスは聖女としての役割を全うすることだけを求められ、それに応えるだけの日々が続いた。
そして、挙句の果てにアリスに突きつけられたのは「自由」ではなく「聖女殺し」という最悪の結末だった。
そんな絶望の淵で出会ったのがグレンだ。
見たことも無い奇妙な「祝福」に目を惹かれたことが始まりで、気が付けば、共に戦い、命を助けられ、そして旅の仲間になった。
それは、昔読んだ物語の様だった。
追い詰められ、人生を諦めかけていた所でこんな「出会い」を与えられてはもう一度夢を見たくなっても仕方ない。
つまり、自分はそんな「物語」に憧れて、気が置けない「相棒」という役割をグレンに求めてしまっているのだ。
だから、今のアリスにとって、相棒になり得るのはグレンだけなのだ。
そんな訳で、この集落に辿り着くまでの一週間、アリスは何度もグレンと会話を試みようとしたが、その試みはうまくいかなかった。
というのも、会話とは名ばかりで、ひたすらアリスが話してはグレンは相槌を打つか、質問に答えるばかりになっていたからだ。
結局、最後の方では、相棒云々のことはすっ飛ばして、シンプルに仲を深めようとしていたアリスではあったが、アリスは終ぞその手応えを感じることはなかった。
「聖女様、話がつきました」
アリスがそんな相棒候補との関係性に頭を悩ませているところで、そんなことを言いながらグレンが話し合いから帰ってきた。
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