第8話 激闘

 魔人が振り下ろした大剣が地面を叩き、跳ねた小石がグレンの頬を掠め、血が流れ落ちる。

 しかし、グレンはその事に気がついていないかの様に、魔人の攻撃を一心不乱に避け続ける。

 たった一撃でも当たれば全てが終わる緊迫感の中、グレンの動きはどんどん洗練化されていく。

 アドレナリンと体を巡る魔力のお陰で怪我の痛みは感じない。

 しかし、だと言うのに、違和感は消えない。

 ——頭の中の動きと体の動きが少しズレているのだ。


 グレンは一年程前に大怪我を負ってから、ここまでの強敵と戦う機会は幸運なことに巡ってこなかった。

 どうやら、気が付かない内に随分と鈍っていた様だ。


「ちッ」


 魔人の大剣がグレンの髪を掠める。

 感覚的には、もう少し余裕を持った避け方をしていたはずだ。

 勘も目も冴えている筈なのに、徐々にグレンの余裕は無くなってきていた。

 どれだけ動きが良くても、感覚のずれがあるとまともに戦えない。


「『放て光よ。閃光』」


 このままでは不味いと、グレンは一瞬の隙を縫って、目眩しの魔法を使う。

 魔人はそれを躱すことが出来ず、眩んだ視界の中、当てずっぽうに大剣を振るう。

 流石にその程度の攻撃であればグレンも余裕を持つことができる。

 グレンはこの隙に乗じて距離を取ると、止めていた息を吐き出した。


「聖女様はまだかよ……」


「……お待たせしました」


 絶望に満ちたグレンの予想に反して、その美しい声は直ぐ真後ろから聞こえてきた。

 そのままグレンの隣に並んだのは、輝くオーラを纏った騎士剣を握りしめた聖女だった。

 その神々しさとガードに施された紅玉と金と紅のレリーフはその剣がいかに神聖なものであるかを物語っているようだ。


「随分と派手な装いだな」


「お褒めの言葉と受け取っておきます。……さて、それではバケモノ退治といきましょうか」


 聖女は余裕たっぷりにそう言うと、足に力を込めた。


「お手並み拝見」


 グレンがそう言った瞬間にはその姿は掻き消えていた。

 聖女は凄まじいスピードで魔人までの距離を詰めると、その剣を一閃する。


 森に耳障りな金属音が鳴り響く。

 魔人がその一閃を辛うじて大剣で受け止めたのだ。

 しかし、あまりの威力の高さに魔人の体は浮きあがり、そのまま耐えられずに後退りする。


「やっぱり俺の知ってる聖女と違うな……」


 グレンが見る限り魔人が聖女の一撃を防げたのは、たまたまと言っても過言ではない。

 聖女と彼女が持つその剣に強い警戒を抱いていたから反射的に防げただけだろう。


「まだまだ!」


 聖女は更に攻勢をかける。

 魔人が体勢を整える前に、聖女は一気に間合いを詰めて攻め立てる。

 静かな森の中に耳障りな金属音が響き渡る。

 魔人は必死に聖女の猛攻に耐えているが、それが崩れるのも時間の問題だろう。


「グアあぁ!!」


 しかし、そんなグレンの予想に反して、魔人は中々の粘りを見せる、

 そんな中、聖女が急に動きを変えた。剣の速度が落ちていた。

——聖女が剣を軽く振るったのだ。

 しかし、余裕の無い魔人はその変化に気がつかない。今まで同様に必死で剣を構え受け止めようとする。


 それは聖女の狙い通りの動きだった。

 聖女の剣は軌道を変え、魔人の大剣を避けた。

 そして、聖女は剣を振った勢いを止めずに体を回し、回転斬りを魔神に食らわせた。

 血飛沫が上がり、魔人の左手が宙に飛ぶ。

魔人は痛みに一瞬呻き、自身の左手に目を向けようとしたが、聖女から目を離すのは危険だと本能的が告げる。魔人はその視線を左手から聖女へと無理やり戻す。


「……?」


 魔人の視界を鈍色が横切った。

 そしてまた血飛沫が上がり、右手が消失した。


「………!!??」


 両手の喪失と痛みに大きな呻き声を上げる魔人は最後の抵抗をしようと聖女の姿を探すがどこにも見えない。


「それでは、さようなら」


 そんな魔人の直ぐ真後ろから、スパーク音と共に凛とした聖女の声が響く。

 そして、魔人が振り返る間もないまま雷を纏った騎士剣が振り下ろされる。

 聖女の剣はまるでバターを切るかのように魔人を両断してみせた。


「はっ……。メチャクチャだ」


 こんな威力の攻撃を放てるのは、冒険者の中でもトップクラスの人物くらいだ。

 グレンは塵となり消えていく魔人を眺めながら、乾いた笑いを浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る