第7話 魔人
魔人の突進は、その巨体とスピードが相まって恐ろしい程に迫力のあるものだった。
それこそ、過去の経験が無ければグレンも正面から立ち向かう事を諦めていただろう。
「……」
グレンは軽く目を瞑り、呼吸を整える。
他人が見れば自殺行為にしか見えないそれは、グレンにとって集中力を極限まで高めるための儀式のようなものだ。
空気が張り詰めたように感じ、雑音が失せ、魔人が鳴らす音だけがやけに澄んで聞こえる。
体を包む少しの高揚感を感じながらグレンが目を開くと、予想通り、魔人はその距離を大きく詰めていた。
魔人は、駆ける勢いをそのままに大剣を高く振り上げて、一気にグレンへと振り下ろす。
当たればひとたまりもない攻撃だが、グレンは冷静だった。
姿勢を低くすると、魔人に向かって一気に駆け出して、その手元をくぐり抜ける。
大剣が地面を叩く音を背中で聞きながら、グレンは魔人の背後に躍り出ると急速に反転する。
「まずは一撃」
足にバネが仕込まれているかのように勢いよく反転したグレンは、魔人の背中に回転斬りを食らわせる。
しかし、グレンの剣は魔人の魔法障壁によってその威力を殺され、薄く肌を切るに留まった。
「ちっ」
グレンは仕返しとばかりに振られた大剣を後ろに飛び退いて躱す。
せっかく懐に入り込んだと言うのに、また仕切り直しだ。
「あそこまで硬いとは聞いてないな」
咆える魔人にグレンは顔を顰める。
魔法障壁を纏っているだろうことは想定していたが、剣がまともに通らないレベルだとは思っていなかった。
「本当に、勘弁してくれよなっ!」
グレンは地面スレスレまで体を屈めて前進し、魔人が薙ぎ払うように振るった大剣を躱す。
そして、そのまま懐に潜り込もうとしたが、そこに魔人の左腕が伸びる。
その手に捕まれば一巻の終わりだ。
グレンは魔人の懐に入ることを諦めて、回避を優先する。
そして、そのまま魔人との距離を取ったグレンは、間髪を入れず魔法を使う。
「『凍結』」
詠唱を終えたグレンが地面に手をつくと、地面に魔法陣が浮かび上がる。そして、魔法陣から影が伸びるように地面が凍り始め、すぐに魔人の大剣まで到達した。
「だよな」
しかし、大剣を氷漬けにすることは叶わない。
魔人は魔法の影響などまるで無いように容易く大剣を地面から引き抜くと、グレンに向かって再び大剣を振り下ろす。
しかし、グレンも魔法が効かないことくらい想定済みだ。
振り下ろされた剣が自身に届く前に、その懐に入り込むと、魔人の無防備な胴体を数回斬り付ける。
先程と同様、その傷は浅いがダメージを与えるのが目的ではない。
軽く切り裂かれた程度ではあるが、それに怒りを覚えたのか、魔人は唸りながら左手を振り払う。
それはグレンの狙い通りの動きだった。
グレンは振り払われた左手を足場にして、飛び上がると、剣に魔力を送り込み、その首を斬りつけた。
「想定……通りっ!」
安物の剣では限界がある。
グレンとしては出来る限り魔力を込めたつもりだが、その剣は魔人の首に僅かにめり込んだのみで止まる。
そんなグレンを追い払おうと魔人はメチャクチャに大剣を振り回す。
しかし、グレンは今度こそ間合いを開かせないように周囲で紙一重の回避を続ける。
そして、永遠に思える様な、耐える時間を乗り越え、グレンは魔人の攻撃に僅かな変化を感じ取った。
——魔人が息切れしたのだ。
……ここだ!
グレンは素早く魔人の懐に深く潜り込む。
そして、その姿を見失った魔人の隙をついて、剣を逆手に持つと跳び上がり、そのまま魔人の右眼に剣を突き立てた。
……感触が鈍い。
その感触の違和感に気がついた時には手遅れだった。
全身の血の気が引く。
グレンが突き立てた剣は魔人の右眼ではなく、咄嗟に掲げられた魔人の手のひらだった。
「まずっ……」
魔人は吼えながら、剣を握ったグレンを地面に叩きつけるように打ち払った。
「ガッ……!」
魔力障壁を纏っているとはいえ、その衝撃を全て殺すのは不可能だ。
グレンは受け身も取れず、なす術もなく地面を転がることになった。
「はぁはぁ……。これはまずいな……」
土煙に包まれながら、グレンはなんとか立ち上がる。
——傷は深くない。
とは言っても、命に別状がないと言うだけだ。
左肩は外れているし、恐らく肋骨も折れている。何とか内臓は大丈夫そうだが、この状態のまま長く戦い続けるのは相当厳しいだろう。
一方の魔人だが、結局手のひらを剣で貫いただけだ。大したダメージはなさそうだ。
それどころか、どうやら魔人を随分と怒らせてしまった様で、大剣を何度も地面に叩きつけ、大きな唸り声を出している。
「たのむぞ聖女さん……。長くは持たないぞ」
そう溢したグレンの正面では、怒りに体を震わせている魔人がグレンを叩き潰さんと、今まさに動き出すところだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます