第6話 共闘

「それであいつは?」


「石に閉じ込めて吹き飛ばしたんですが、そろそろ出て来るはずです」


 真顔でそんな事を言う聖女にグレンは呆気に取られる。

 石に閉じ込められることも、それで生きているのも、それを破って出て来るのもおかしい。どちらも常人のやることではない。


「と言うか、それなら閉じ込めてる間に始末すりゃ良いんじゃ無かったのか?」


「もちろん出来ることならそうしたいんですが……」


「何か問題が?」


「もう来ると思いますので、そろそろ答えがわかりますよ」


 曖昧な言葉にグレンは首を傾げるが、その答えは聖女の言葉通り、その理由は直ぐにわかることになった。

 大剣を引き摺る音を響かせながら、それはゆっくりとした足取りで森の奥から姿を表す。


「何だあれは……」


 目を見開いて驚くグレンの目線の先には異形の姿となった断罪官が居た。

 体のサイズはグレンの二倍程、恐らく三メートルを越える程になっていた。特に左手は大きく肥大化していて、聖女くらいの細身ならその手で握れてしまいそうな程だ。右手はまだ変異が小さいがそれでも体に比べてアンバランスと言える程度には肥大化しており、大剣が小さく見える程だ。

 被っていたフードは外れ、金髪の成人だった面影が僅かにあるが、その両眼は手のひらサイズまで大きくなり、瞼は消えている。口は耳辺りまで裂け、鋭い牙が生えそろう口からは涎がダラダラと垂れている。

 その手に持つ大剣と聖女の言葉が無ければ、それが断罪官だとは分からなかっただろう。


「ああなると、簡単には致命傷を与えられないんですよね……」


「そうだろうけど、あれはなんだ? 魔獣か?」


「察しがいいですね。あれは魔獣と人の混ざり物です。確か、魔人とか呼ばれてましたね。話には聞いていましたが、なるほど、魔獣の因子を埋め込むと本当にああなるんですね」


「あれを見て何でそんなに冷静なんだよ……」


 明らかにまともじゃない魔人とやらを見て、冷静に分析する聖女にグレンは信じられない様な表情を浮かべる。


「どうですか? 手を組んで正解だったでしょ?」


「それどころじゃ無い! 来るぞ!」


 何故かしたり顔を浮かべている聖女にグレンが注意をする。

 そのグレンの視界の先では断罪官だったものが大剣を引き摺りながら二人へと猛進していた。


「早っ!」


 三メートルの巨体を持ち、大剣を引き摺っている状態と言うのに、魔人はかなりのスピードでグレンへと距離を詰める。


「これは避けた方が良さそうですね」


「言われなくともっ!」


 二人との間にあった数十メートルの距離を一瞬で埋めた魔人は、そのスピードのまま、大剣を振り回した。

 地面を削りながら無茶苦茶に振り回されている大剣は避けるくらいであれば問題はない。あらかじめ準備が出来ていたグレン達は難なく大剣を躱し、魔人との距離を取る。


「無茶苦茶ですね」


「そんな呑気に言ってる場合じゃ無いだろ……。あれはどうやったら殺せるんだよ?」


「そうですね……。恐らく天然の魔力障壁を纏っているので、威力の高い攻撃で首でも落とせば死ぬと思いますが……」


「あの懐に潜り込めってか?」


 魔人の暴れっぷりは相当だ。

 聖女が何かしたのか、魔人は未だにグレン達がいた場所で無茶苦茶に大剣と左手を振り回している。

 あれでは魔人というよりも狂戦士バーサーカーだ。


「あなたなら出来ますよね?」


「いやそんな無茶な……」


 その場の突飛な思い付きで言ったのだろうと、グレンが聖女の様子を窺う。

 しかし、そんなグレンの予想を裏切り、聖女は期待の表情どころか、グレンなら出来て当然と言った表情をしていた。まだ出会って間もないというのに


「どうしました?」


「……はぁ」


 首を傾げる聖女にグレンはため息をついた。


「……分かった、やるよ。でも、あの首を落とすのは厳しいぞ」


「それは私にお任せください」


 その言葉に疑う余地はない。

 見た目は細身の聖女ではあるが、先程まで大剣を振り回していた断罪官と互角にやり合っていたのだ。

 それに加えてあの魔法の腕前を考えると魔力量も規格外であろうし、身体能力の強化にその魔力を回せる聖女の膂力はグレンを軽く上回るだろう。


「それで、作戦は?」


「囮をお願いします。必殺技があるのですが、準備に時間が必要なのとその間は無防備にりますので」


「それはまた随分とシンプルで大変なお願いだな」


「それと、出来れば魔法を使って魔力の気配を散らしておいてください」


「注文が多いな……」


 随分と簡単そうにそんな注文を付けてくる聖女にため息をついたところで、暴れ回っていた魔人がようやく動きを止めた。


「幻惑魔法が解けましたね。私も準備をするとしましょう」


 そう言うなり聖女は何かをボソボソと唱える。すると、その姿が僅かにボヤけた。恐らくこれは個認識阻害の魔法だ。


「それでは、任せましたよ」


 一瞬、柔らかい笑みを浮かべた聖女がそう言ってその場から離脱する。

 それと同時に魔力が散った気配がして、魔人がグレンの方を睨みつけた。


「幻惑魔法と認識阻害魔法の合わせ技か。よくこうも簡単にやるよ」


どうやら聖女は幻惑魔法だけでなく、認識阻害の魔法もこっそり使っていたようだ。

 これ程の腕前を持ちながら、何故グレンに共闘を申し出たのかが謎だが、それは今考えることではない。


 なにせ、魔人は随分と苛立った様子で雄叫びを上げていて、今にもグレンに襲いかかってきそうだ。

 グレンは未だ手に馴染まない安物のショートソードを握り直すと、切っ先を地面に向けて軽く脱力する。

 そして、膝を曲げて、その場で軽くステップを踏みながら、グレンに突進してくる魔人を待ち構えた。


「ま、とりあえず目の前のことからだな」

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