第22話◇新生活◇

 鍵を開けて中に入ると荷物の段ボール箱が五個ほど積まれていた。家具などは送らずプラスチックの収納ケースに衣類は入れていた。机と椅子は簡易な物をおくっていた。明子と大介は六畳一間の真ん中に積まれた荷物には手を付けず、食事に行くことにした。大家さんの教えてくれたお好み焼き屋は下宿を出て歩いて五分ほどの戸悪露にあった。広島風お好み焼き屋「みゆき」は十二時過ぎという事もあり、店は人が多かった。お好み焼きを二つ頼んだ。その間大介はスマホでゲームをしていた。

「ご飯食べたら、荷物を開けないとね。」

「うん。」

 大介はスマホから目を離さなかった。大学は単位が取れないと留年する。大介は私立の高校から推薦枠で入っていた。そのために授業料も安かった。留年しても授業料は変わらないのかはわからないが、今坂本家は異常事態なので出来れば順当に卒業してほしかった。十分ほどして店の大きな鉄板で焼かれたお好み焼きがステンレスのチリトリに載せられて運ばれて来て目の前の鉄板に載せられた。 

 広島風お好み焼きはクレープのように薄く水で溶いた小麦粉を伸ばし、その上にもやしキャベツなどの野菜をてんこ盛りに乗せその上に肉が乗っていた。その上に卵を落としてひっくり返すのだ。今治は関西風のお好み焼きが多い。広島や気を絶寝る機会は少なかったが本場のお好み焼きは美味しかった。食事を済ませると、下宿に戻り、一生懸命でない大介の葉っぱを掛けながら、なんとか荷物を全部ほどいた。段ボールは持って帰ることにした。なんとかすめるようになったのは四時を過ぎた頃だった。明子は疲れ果ててスペースのできた部屋の床に寝そべった。

「疲れた。」

 大介はどこで買ったのかジュースを明子に差し出した。

「ありがとう。どうしたのこれ?」

「さっき買ったんや。いろいろありがとう。」

 そう言うと大介は真新しい冷蔵庫をコンセントにつないで買ってきた飲み物を入れた。

 明子は息子の優しさに涙が出た。

「どうしたの?」

「ううん。うれしくて。ありがとう。一人やけど頑張りよ。辛かったら電話しい。迎えに来てあげるから。バスもあるしね。」

 明子はそれから大介を連れて近くのスーパで今晩のおかずとお菓子ラーメンなど。買い物をした。大介を下宿に送って明子は岐路についた。明日から仕事の掛け持ちなので少しでも早く帰って休みたかった。理沙には今日は遅くなると言っていたので夕食の支度は心配しなくてよかった。車の時計を見ると五時を過ぎていた。今からけると七時過ぎには今治に着くだろう。エンジンをかけたとたんに電話が鳴った。大介が何か忘れたことがあったのかと形態の画面を見ると浩一と映し出されていた。明子は一瞬ためらった。浩一は今日大介が旅立つのは知っていた。本当なら浩一が運転をして一緒に大介を送っていく予定だったのだ。明子はスマホの画面の受話器ボタンを押した。

「もしもし。」 

 浩一の声を聴くのは一週間ぶりだった。

「もしもし。」

明子が返事をすると浩一が言った。

「今、どこ?」

「福山よ。」

 浩一は大介の引っ越しを覚えていたのだ。家に寄りつかず子煩悩でもない浩一だったのにいざ家族を失うと寂しさに耐えかねているのかもしれない。

「オレも福山におるんや。」

「そう。」

 明子は存在に答えた。

「今から会える?」

「無理よ。逢いたくない。」

 浩一がやらかしてからまだ一週間しかたっていなかった。浩一の顔は見たくなかった。明子の魂が拒絶していたのだ。

「オレ、広島に就職するかもしれない。」

「そう。」

「友達の紹介で大手パン屋の営業や。」

「そう。」

 明子は大介の下宿の大家さんの敷地内に車を停めたまま電話していた。大介や大家さんが出てきたらどうしようと思った。

「オレ、大介の学費や生活費払おうと思う。」

「そうしてくれたら助かる。」

 明子は暮れつつある車からの外の景色を見つめていた。

「大介に会いに行ってもええか?」

「ええよ。私はこれから帰るから。下宿にいるわ。知っているでしょ。あんたがやらかしたことは言っていないからね。」

「わかった。ありがとう。」

 明子はスマホの受話器ボタンを押して電話を切った。浩一が明子の承諾なしに大介に会うの良いと思った。浩一への大介への思いは明子とは別である。これから、到底明子一人で大介を大学へやるのは困難だった。浩一は仕事を見つけたそうなので、大介に援助してくれるならありがたいと思った。浩一は女好きなのでこの先どうなるかはわからないが誰でも手助けしてくれるのなら有難いと思った。

携電話をバッグに入れると明子は家路へと急いだ。¥¥¥¥¥¥

 その日大介と浩一からは何の連絡もなかった。あえて明子も聞かなかった。浩一が広島にいてくれたら、大介の緊急事態に対応してくれるかもしれない。翌日明子はいつものように八時半に家を出てユーカリ薬局に出勤した。

「おはようございます。」

 店に入ると奥から涼子が出て来た。

「おはよう。大介君は無事に福山に行った?」

「はい。昨日福山から帰ろうとしたら、浩一から電話があったのですよ。」

「そう。気にかけているのね。」

「どうも広島に就職したらしいのです。」

「そう。」

「それで会いたいって言われたけれど断りました。もう会いたくないのです。」

「そう。でも近くにいてくれると安心よね.五十五歳でも就職は直ぐに見つかるのね。」

「そうみたいです。でもよかったです。お金も出して貰わないといけないし。

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