第20話◇痩せなくっちゃ◇

「はい。」

「基本私は昼休み以外毎日います。お盆や正月忙しい時以外一人入って貰っているの。今、五人働いてもらっているのよ。主婦が多いから突然のお休みとかがあるので五人でもギリギリなの。子供さんは小さいの?」

「いえ、一人は働いていてもう一人は四月からは大学生です。」

「そう。大変よね。」

「制服を渡しておくね。サイズは?」

 明子は膨らんだ腹を見つめて言った。

「私最近太っちゃって。Lありますか?」

「少し待ってね、」

「店長はそう言うと控室のクローゼットの中から白い丸襟のブラウスと茶色と白のチェックのベストと、茶色のスカートを出した。

「着てみる?」

「いいえ大丈夫だと思います。」

「今Lしかないわ。」

「「じゃあ明日の十二時に来てください。」

「時給は求人広告にも書いてあったけれど千円です。」

「はい。よろしくお願いします。」

 明夫は制服の入った紙袋を下げて家に帰った。店長は親しみのモテそうな人だった。とりあえず収入を得ないといけないので働くことにした。帰ると九時が近かった。明日は大介が広島に旅立つ日だった。玄関からリビングに入ると誰もいなかった。明子は二階の大介の部屋をノックした。ヘッドフォーンをしてゲームをしているのか返事がなかった。明子は戸を開けた。

「大介。」

 大介はヘッドフォーンを外して振り返った。

「明日の支度はできたの?」

「うん。」

「明日十時ごろ出る?」

「うん。」

「二時間半あったらいけるから、着いたら十二時過ぎだわ。」

「うん。」

 明子の車でいく予定だった。

「昼は向こうで広島風お好み焼き食べようか。」

「ええね。」

「そしたら、十時までに支度しといてよ。下宿の大家さんには昼頃行くと言ってあるから。」

「うん。」

 大介の下宿は広島のエース大学の学生だけの下宿だった。大家さんは六十代の神谷さんと言う女性だった。大学の学生課で紹介してもらったのだ。大介は運転免許を持っていなかったので自転車で通える大学の近くにした。

 明子は大介の部屋を出ると隣りの自室に入って、ハッピースウィーツから貰って来た制服を着てみた。スカートはきつかったがなんとか入った。ブラウスは余裕があったがベストがピチピチだった。ⅬLに替えてもらおうとも思ったが、入らないこともないので頑張って痩せようと思った.明日十時に大介を広島に来るまで送っていくので風呂に入って休むことにした。ベッドに入ってスマホを見ていると、「しあわせな未来をご提供します。」と、男女が仲睦まじく寄り添っている写真が現れた.結婚相談所の広告だった。

「結婚かー。」

 生活の為に結婚という選択肢は思いつかなかった。

 明子はスマホの広告を指でスクロールした。

「私は六十歳の時に結婚相談所で五つ年下の主人と出会いました。今とても幸せです。」と。コメントが載っていた。写真の女性は幸せわせそうな笑顔で隣のイケメンの旦那さんとカフェでコーヒーを飲みながら微笑みあっていた。

「こんなの絶対にないわ。」

 明子は画面を見ながらつぶやいた。明子の姉文子は十年前に後結婚相談所で相手を見つけ結婚した。身近に生活の為に結婚した姉がいるのにその選択肢は直ぐに浮かんでこなかった。長女文子はバツ二で三回結婚していて東京に住んでいた。三回目は結婚相談所に相談して東京在住の不動産会社の五つ年上の有働さん会社の社長と結婚した。文子の過去二回の結婚は幸せなものではなかった。芙美子は情が薄いのか二回の結婚で三人の子供を設けたが一人も面倒同を見ていなかった。三度目の結婚をする前はデパートで働いていた。 

盆や正月なども実家には殆ど帰らず法事や葬式などがあっても早く帰ってきて手伝うでもなく父親が癌になった時も看病にも帰って来なかった。そんな自分本位な文子が幸せを手に入れるために選んだのが結婚相談所での結婚だった。相手の男性も離婚歴があり、先妻の長男が会社を継いで資産家だが親戚もたくさんいて、芙美子は幸せな事しか口にしなかったが、面倒そうに見えた。文子は結婚が決まると今まで実家に寄り付きもしなかったのに、盆や正月、法事などには旦那さんを連れて帰ってくるようになった。それでも家に泊ることはなく今治でも高級なホテルに泊まっていた。「文子には何としてでも幸せを手に入れる才能がある。」と、思った。明子はスマホの広告に出て来た結婚相談所の体験談に目をやった。「四十歳、女性。子供十歳。前夫とは離婚。人生を楽しく一緒に過ごせる方探しています。ご連絡下さい.」「六十八歳女性、夫とは死別です。これからの人生を一緒に歩いて下さる方ご連絡ください.」「七十歳男性、会社社長。妻が二年前に亡くなり一人暮らしで寂しいので誰か一緒にこれからの人生を歩いてくれる方を探しています.」「八十歳男性。元大手生命保険会社勤務。五年前に妻を亡くしました。食養生や身の回りの世話、話し相手になってくれる女性を探しています。」

 明子はその広告を見て思った。女性はお金、男性は身の回りの世話を家政婦的な女性が目的なのだ。三度目の結婚をした長女は幸せそうに見えたが、夫が癌を発症し、結婚十年目に亡くなった。癌が分かってからの五年程の闘病生活は長男に会社をまかせ、各地の温泉巡りだったらしい。多額の遺産と家も貰って今は悠々自適な生活をしている。裕福になると寂しいのか、正月家族が集まる時には帰ってきて家族をホテルに招待してくれるようになった。「すごいなー。」とは思っても明子は自分もそうなりたいとは思わなかった。文子は明子よりは五つ上なので五十五歳だ。細身でシミもしわもなく小柄で美しかった。富を得るためには美しくなくてはならないのだ。明子は試着した制服ベストのはち切れそうなボタンに目をやって呟いた。

「痩せなくっちゃ。」

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