第6話◇離婚◇

 女性はそう言うとカウンターの奥の衝立の奥へ消えた。明子は椅子に座って待っていた。

「こちらでよろしいですか?」

 女性は無地の紙でできた商品券ケースに千円の商品券を五枚入れて明子に見せた。

「結構です。」

「紙袋にお入れしますか?」

「お願いします。」

 女性は商品券の入った紙のケースをスーパーの名前の入った袋に入れた。明子は受け取ると、ほっとしたせいか突然空腹感を覚えた。 

明子は朝食を食べていなかった。隣ににあったハンバーガーショップに入った。ハンバーガーの脂っこい肉の匂いは明子を落ち着かせた。

「いらっしゃいませ。」

 元気よく従業員が挨拶をした。

「ご注文お伺いします?」

「ハンバーガーとコーラとポテト。」

「ありがとうございます。

 従業員はそう言うと注文内容を復唱した。

こんなに食べたら、かろうじて止まっているスカートのホックが外れるかもしれないと、頭をよぎったが、「所長に会うまでホックを外しておけばいいや。」と、思った。明子は、開店したばかりの誰もいないハンバーガーショップの椅子に座り、これからしなければならないことを頭の中でチェックした。

「化粧は薄めがいいよ。」と、涼子に言われた事を思い出した。明子はバックの中から化粧ポーチを取り出すと鏡を出して顔を映した。着けていたローズ色の口紅をハンバーガーショップの紙ナプキンでふき取って、その上からリップクリームを付けた。ふき取った口紅の色が薄く残って薄いピンクになった。アイメークも、ピンクのシャドーをふき取ってラインだけにした。かわいそうで哀れな妻を演じなければならない。明子は、メイク直した顔を見て「夫がクビになりそうな哀れな妻に見えるわ。」と、思った。その時と急にひらめいた。

「お金を持って行った方がいいのかも。」

 被害者の女の子には会えないかもしれないが、もし会えたときの為にATMで、十万円ほど下ろしていこうと思った。備えあれば患いなしである。

「お待ちのお客さま。」

 カウンターの女の子が明子を呼んだ。明子はハンバーガーが特別好きというわけではなかったが、大介が好きなので一緒にハンバーガーショップに行った時に食べるくらいだった。いつもは大して美味しいとも思わないハンバーガーがこの日はとても美味しく感じた。戦う前は、ミンチでも肉を食べなければいけない。退職金の為には何でもできる気がした。ハンバーガーをたいらげて店の時計を見ると、十時近かった。明子は、ハンバーガーショップを出ると、涼子に言われた通り、食品売り場で少し高めのプレミアムな五百ミリリットルのビールの六本パックを買った。会計を済ませ、レジ袋に入ったビールをもって駐車場に向かった。

レジ袋は失礼かと思ったが、仰々しくない方が良いと思った。ハンガーを食べ買い物を済ませると十時を過ぎていた。きつかったスカートがハンバーガーを食べたので一相きつくなった。ホックが外れないことを祈った。これから出発するのはまだ早い。かといって、家にも帰りたくもなく、どこで時間をつぶそうかと考えた。明子は図書館に行くのが好きだった。今治にも何ケ所か図書館はあったが、西条市の図書館はきれいで時々行っていた。四国中央市へ行く途中にあるので、図書館に寄ることにした。車に乗ると、買ってきた商品券をビールの入ったレジ袋に入れた。バックを開けて、ATMで下ろしてきた現金十万円の入った封筒を確認した。もし、女の子が受け取ってくれたとしたら、銀行の封筒は失礼な気もしたが、いまさら封筒を買いに行く気もしなかった。明子は、エンジンをかけた。西条まで今治から三十分程かかる。車の時計は十時二十五分だった。土曜日のせいか国道は空いていた。図書館まで三十分足らずで到着した。明子は、西条市立図書館へ入った。一階のフロアーはガラス張りで、木造のおしゃれな造りの図書館は土曜日なので子供が多かった。

 明子は入ったところに置いてあるパソコンの前に立った。「NOZOKI」と、キーを押した。公立の図書館にこんな危なげなタイトルの本があるのかわからなかったが、検索で出て来たものは、マニアックそうな感じの本だった。検索履歴がわかると恥ずかしいなと思い急いで消した。次に頭に浮かんだ言葉は「離婚」だった。二十八年間の結婚生活で何度も考えた「離婚」という二文字が頭の中で大きくなっていた。これから先、会社を辞めないで済んだとしても、浩一がどこか遠くの支社に飛ばされ島流しにあったとしても、夫婦ではいられないと思った。その先に新たな苦難が待ち受けていても立ち向かうしかなかった。パソコンの画面をボーッと見つめていると背後に人の気配がしたので振り返ると、二人ほど順番を待っている人が並んでいた。明子は素早く「RIKONN」と入力した。すると離婚に関する書籍の名前が画面上に羅列された。「前向き離婚の教科書」「夫婦パートナー関係」「離婚の取説」「あなたの知らないヘンな法律」「寄りかかっては生きられない男と女のパートナーシップ」「覚書・合意書」「結婚の社会学」「きっちりけりが付く離婚術」「失敗事例でわかる離婚事件のゴールデンルール」「法律の抜け穴集」「熟年離婚を考えたら読む本」「家とローンをすっきり解決」「離婚の事ならこの一冊」「財産分与と離婚」「よくわかる離婚調停」「裁判例から見た調停・審判」明子は、あまりにも多い離婚の本に需要の多さを感じた。「離婚」は、もはや現代社会では特別な事でも恥ずかしい事でもなく、社会生活の選択肢の一つなのだ。明子は一番上の「前向き離婚の教科書」を選択すると、本の場所が書かれたレシートのような紙が出て来た。「図書館の壁の時計を見ると十一時十五分だった。どんなに遅くても十二時半にはここを出なければならない。後一時間しかない。とりあえずこの本をここで読むことにした。借りて帰って浩一や子供に見られるとまずい。明子は、本の名前の場所の書かれた紙をもって、図書館の中を探した。示された場所は二階だった。たどり着くとそこには離婚関係の本が並んでいた。離婚するとしても初心者なので、分かり易いものがよい。「前向き離婚の教科書」「離婚の取説」「離婚の事ならこの一冊」の三冊を書棚から持ってきて空いている席で読むことにした。今治の図書館は学校が休みだと、高校生が机を陣取っていて、座る場所を探すのに苦労したが、ここは比較的空いていた。窓際の二人用の机を選んで、まず「前向き離婚の教科書」を開いた。(子供の未来の守り方)(新生活の手続きの仕方)(お金の不安な解消方法)(失敗しない離婚の手続き)(もう悩まない。もう落ち込まない。)(気持ちが楽になる四つの準備。)(損せず、もめず、スムーズにより良い離婚を考える人へ。)の表紙の文字が明子を勇気づけた。本をめくると、イラストと図解で分かり易く書かれていた。離婚に向けての確認シート①と②があった。「自分の心は整理されているの?離婚は人生の重大な決断だから、一時的な感情で決めるのではなく、じっくり考えて慎重に判断するべきだ。本の中の離婚を考えている女性の夫婦関係は、会話が殆ど無く、夫が何かと妻をなじる。理解しあう事もない「気持ちの上では家庭内離婚」の状態だけど、五歳の息子が大きくなるまでは我慢しようと思っていた。」と、あった。明子は、この女性が感じている事などはもう何十年も思い悩んでいた。でも、夫婦間が冷めているくらいでは、離婚の決断はできないでいた。「こんな理由で別れる人もいるのか。自分は、生活の為とは言え、良く我慢している方かもしれない。」

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