第4話 ◇行動◇
「わかった。」
浩一はそう言うと、帰って来てからずっと座っていたリビングのソファーから立ち上がり、二階の自分の部屋へ消えて行った。明子は浩一の背中に言った。
「明日午後二時に会社へ行ってくるから。」
浩一は小さく頷き階段を上って行った。どのくらいの時間座っていたのか分らないが、浩一が去った後のへこんだソファーを見つめ、このへこみのように、夫婦の関係もへこんで元には戻らない。と、感じた。明子は風呂に入り、床について明日の事を考えていた。涼子の「早く手を打たないと。」と、言う言葉が頭の中を巡っていた。山田所長に頼んで松山にいる部長に会わせて貰えないだろうか。部長に会って、泣きついてお涙頂戴してもダメだろうか。大した策も浮かばなかったが、今明子にできるのは、夫の起こした信じられない出来事にさいなまれている哀れな妻を演じる事だ。そんな事を考えていると、ビールの酔いが回ったのかいつの間にか眠っていた。翌朝、明子は目覚ましの音で目が覚めた。時計を見ると六時だった。昨日のようなショッキングなことがあっても朝まで眠れる自分は意外と図太いのだと我ながら感心した。明子は、着替えると土曜日でも仕事に行く理沙の為に、一階に下りて弁当を作る支度をした。浩一は隣の部屋で寝ているだろうが、声を掛ける気にならなかった。もう何年も別室で寝ていた。弁当のおかずを作り、理沙には弁当箱に詰め、浩一と大介は皿に盛っていつでも食べられるようにしラップをかけた。部屋の掃除と洗濯をしていると六時半に理沙が台所に現れた。
「おはよう。」
「おはよう。」
明子はいつものように答えた。」
「パパ今日も休みなの?」
「そうみたい。」
明子は余計な事は言わなかった。事の真相がはっきりするまでは、話さない方が良いと思った。理沙は不信に思わなかったようで、朝食を摂りいつもと同じように七時半に出かけた。明子も土曜日は休みだった。四国中央市へは一般道路で一時間半程かかった。会社へは一度行った事があるが、浩一が運転していたのでたどり着けるか自信がなかった。浩一に聞くのも気がすすまなかったので、早めにる事にした。リビングの時計を見ると、八時になろうとしていた。NHKの連続ドラマが始まった。明子は、テレビの奥に見える自宅の小さな庭を見つめていた。「先生のところへ寄って行こう。」
明子は立ち上がり、洗濯物を干しにベランダへ出ようとした時、二階から大介が降りて来た。
「大ちゃんおはよう。お母さん、これから出かけてくるから。お昼ご飯は作ってある。夕方までには帰るから。」
「オレ、今日は晩飯要らない。友達とショッピングモールへ行って映画観るんよ。その後と飯食べて来るから。」
「そうなん。」
「もうすぐ、会えなくなるからね。集まろうという事になったんよ。」
「そうなの。小遣いはあるの?」
「ちょうだい。」
その時大介の後ろから、浩一が降りて来た。二人の会話を聞いていたのか、大介に一万円札を差し出した。
「くれるの?いいの?」
浩一は頷いた。台所へは行かず、昨日のようにリビングのソファーに座った。マロンは、浩一を待っていたかのように膝の上に乗った。だらしなくTシャツとスエットパンツを着て無精ひげが目立つ夫の姿は凝視するに堪えなかった。愛はとっくに冷めていたとはいえ、夫のしでかした行為が、明子の浩一に対する感情をを無関心から軽蔑に変えていた。今は浩一の人間性などに取り合っている場合でない。大介が朝食を済ませ自分の部屋に戻ると、浩一が台所で食器を洗っていた明子の背中に言った。
「ごめん。」
明子は後ろを向いたまま答えた。
「昼ごはんは用意している。夕方までには帰るから。」
謝った事などない浩一が謝るなど、事態は相当良くないことを悟った。不思議に許すとか許さないとか言う感情はなかった。明子の意識は「これから」に向いていた。山田所長との約束の時間はまだ先だが、明子は家を出て、駐車場の車の中から涼子に電話をした。しばらくのコール音の後に涼子が出た。☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「もしもし明子です。」
「明子さん。どうなった?」
涼子は心配してくれていたようだ。
「ありがとうございます。所長さんが会ってくれるって言ったので、私、今日四国中央市の支社に行くのですよ。」
「そうなの。良かったね。」
「ありがとうございます。先生に相談したい事があるので今からお伺いしてもいいですか?開店前だけど。」
「いいよ。店はもう開けているから。どうぞ。」
明子は、電話を切ると、車で十分ほどのユーカリ薬局へ向かった。 ユーカリ薬局の看板が見えると、明子の気持ちが落ち着いてくるのを感じた。駐車場に車を停めて、いつものように店の正面入り口から入った。
「おはようございます。」
努めて元気な声を張り上げた。奥から涼子が出て来た。
「おはよう。大丈夫?」
涼子は心配そうに声を掛けた。
「昨日はすみませんでした。お騒がせして。」
「よかったよね。所長さんが会ってくれることになって。」
「涼子さんのアドバイスのおかげです。今日は会社が休みなので、会社に来てくれって。」
涼子は事務所の椅子に座った。明子も机をはさんで椅子に座った。
「やっぱり直接会って話を聞かないと、あなたも納得できないよね。」
「そうなのです。浩一じゃ何が何だかわからないですから。直属の上司が知っている人で本当に良かったです。じゃないと私一人では行きにくいですから。」
「一人で行くの?」
「浩一は謹慎中ですから、もし見つかったらまずいでしょ。」
「そうね。きちんとした格好していった方がいいよ。」
「スーツとかですか?」
「そうね。地味だけどきちんとしたやつ。頼み事をするのだから。態度で示さないと。それと手土産持って行った方がいいよ。」
「菓子折りは買っていこうと思うのです。」
「菓子折りだけじゃなくて商品券も入れた方がいいのじゃない?事が事なんだから。商品券だけは渡しにくいから、お菓子はまあまあなのにして紙袋の中に商品券を入れるのよ。」
「わかりました。買っていきます。」
「商品券はさりげなく封筒にでも入れた方がいいよ。」
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