第36話 一般論は一般人にしか関係ない


「おかしいだろぉぉ!!普通、電話相手が想定してた相手じゃなかったら『もしもし、どなたでしょうか』ってなるだろ!!なんでコイツは初手から喧嘩腰なんだよおお!!」

 いきなりの大声に驚いたのか、腰を抜かして地面に落ちた先輩のスマホに向かって指差ししながら後退りする『カルダ』と呼ばれた、少し賢くなさそうな男。

 

「オッサンはたしかコイツのことを『一匹狼』って報告してたはずなんだが……電話の相手は不良仲間オトモダチか?」

 オッサン……とは久留間さんのことだろう。《呪縛体》と混ぜられた?と久留間さんは何も言わず、ずっと私のバリア越しにコチラを見ている。

 

 スマホを拾いながら『シナモン』と呼ばれた黒くテカテカした服を着た冷酷そうな女は私たちの方を見た。さっきのは私たちへの質問だったのか……。なにも心当たりがない私は首を横に振って『知らない』と意思表示した。


 蘇我さんは微動だにせず、何か……思案するように手を口に当てて黙り込んでいる。


『天城高虎はどーした?!!なんで俺からの電話に出ねぇんだゴラァぁぁああ!何回かけたと思ってんだぁ!』

 電話口からはあり得ない声量が漏れ出ている。少し離れた私の位置まで丸聞こえだ。スマホってノイズキャンセリング機能ないのかな?


「っ?!どんだけデケぇ声してんだコイツ……。……《都成》って書いてあるな。……カルダ、お前この名前に見覚えあるか?」

 スマホの画面をみて電話相手を特定したシナモン。

「あー?……いや?俺が覚えてるわけないじゃんね!」

 身体を不必要にクネクネさせるカルダ。


『都成』……確か、先輩が小学校の時に仲良かったっていう人だ。高校でもクラスメイトだとか、…………いや都成先輩は何度かクラスの女の子たちと話してるのを見たことあるけど、こんな大声で叫ぶようなキャラクターじゃないはず。もっと軽いノリで……軟派なイメージだ。


「……そうか、わかったぞ」

 蘇我さんは小さく、私にギリギリ聴こえるかどうかってくらいの声で一人言をつぶやいた。

「……なにがわかったんですか?」

 私は蘇我さんに訊ねる。

「あの電話の相手は――」


「テメーのお友達は無様に私の足元で寝てるよ!バーカ!つーか声デケぇんだよカス!死ね!」

 

 蘇我さんの言葉を遮るように、シナモンは笑いながら電話口にそう怒鳴りつけると満足したような顔で私たちに笑いかけてくる。


「カハッカハハッ!寝てるどころか死んでるかもな!カハハハ!!」

『……おうコラ!天城はよぉ!唯一俺が全力でも心が壊れねぇ、サイコーのトモダチなんだよ?それをテメー、足元で寝てるって?…………どういう意味だ……?お前なんだ?天城の彼女かなんかか?』


 ……。

 電話の相手は状況が理解できてないようだ。

 

「……はぁ?!テメー、どんだけ頭悪いんだよ!カハハハ、笑えるぜ!私らがテメーの『オトモダチ』をブチのめして!気絶させて!頭をこう!!踏みつけてるって話だろうがヨォ!!!」

 

 ムカつくとか怖いとか以上に、どうやったらこんな人間になるんだろうと私は不思議に思った。倒れてる先輩の頭に足を乗せ……満足そうにしている彼女はわかりやすく《悪》の顔をしている。

 ……でも、今はそんなことを考えてる余裕はない。電話の相手が誰かわからないけど、とにかくこの状況を変える必要がある。

「蘇我さん……電話の相手よりも――」

 現状を打破する作戦を考えないと、と私が言い終わる直前に蘇我さんは私の張ったバリアの内側に手を当て、「《廃車置き場》だ!!」と突如、今までの彼からは一度も聞いたことのない大声で叫んだ。


「あぁん?!なに言ってんだコイツ!?どっからどう見ても廃車置き場だろうが?寝ぼけてんのか?」

 カルダが蘇我さんを睨みつけながら叫び返す。


「はっ、警察が街の不良に助けを求めようってか?情けないにも程があるぜ!カハハッ!」

 シナモンはお腹を抱えて笑っている。


 


『どこの誰だかしらねェが褒めてやるよ』



 シナモンが手に持ったスマホから聴こえた、その声はさっきまでの感情的な怒鳴り声とは違い、冷静で冷酷で冷淡で……とにかく、冷たい声色だった。


『廃車置き場だな。逃げるなよ?』


「あ?!逃げるだぁ?!なんで私らがテメーみたいなバカな一般人相手に逃げなきゃなんねぇん――って切れてやがる!ふざけんな!!」

 先輩のスマホを地面に叩きつけるシナモン。

 どうやら通話は一方的に切られた様子だ。


「ど、どうする?逃げるか?」とカルダが不安そうに訊ねると呆れたように頭を掻いたシナモンが「逃げるわけないだろ!ボケ!」と怒鳴った。


 二人が言い争いを始めたので蘇我さんにさっきの話の続きを聞くことにした。

「……アレは多分。いや、間違いなく《桜間東高校の郡里》だろう」


 私は蘇我さんのその言葉で全てを理解した。


 《桜間東高校の郡里こおり》。


 曰く、《怪獣》

 曰く、《アンタッチャブル》

 曰く、《最強》

 曰く、《桜間東史上最も最悪な生徒》


 をあだ名する名称は枚挙がない。人それぞれ『どういう状況で見たか』によってイメージが変わるらしい。

 

 私が今年の春、桜間東高校に入学してすぐのホームルームの時間に担任の先生が『何があっても《郡里》とだけは関わるな、近寄るな。ヤツは悪ではないが暴力の化身だ。マトモじゃないが、近寄らなければ無害。目も合わせるな。目があったら、声をかけられたら『すみません』とだけ言えばいい。』と言っていたのを今でも覚えている。


 天城先輩の話だと『ギリギリ人間の言葉を駆使してるだけのゴリラ』らしいけど……。


「……つまり、蘇我さんは郡里先輩にココの場所を教えて、……あの人たちにぶつけようって魂胆なのですね?」

「一般人の、高校生を利用する私を軽蔑するかね?……まぁ彼は確か二浪してるからほぼ成人なんだが……」


 苦肉の策、としか言えない。

 けど……。


「最善ではないかもしれないけど、……私には何も案が浮かばないので批判はできません」

「そう言ってもらえると助かるよ」



「だーかーらー!!こんな深夜に怒鳴りながら電話してくるバカがマトモ、なわけねーんだから逃げた方が良いだろうが!」

「バカが一匹増えようが私らの優位性は変わんねーだろうが!それよりも『魔法使い』だろ?!《ペッパー》に連絡してみろ?絶対喜ぶぞ?!」


 二人はまだ言い争いを続けている。

 どうやら『逃げる』か、『残る』かで揉めてるらしい。


「我々としてはどちらでも構わんという状況になったな。郡里くんに感謝しよう」


 ……それは、本当に?


 あくまでも郡里先輩の強さは『対人間』でしかないはずだ。……先輩の場合は元々、師匠と同じ血縁ということもあり、適性があったという話もしたことがある。


「……郡里先輩になんて説明するんですか?」

 私は《怪物》と化した久留間さんにバリア越しで悲しい目を向ける蘇我さんに訊ねた。


「……。全部説明すべきだろう。……が、彼はあまり細かい話が好きなタイプとも思えんし、言わずとも良さそうだが、……君は一応同じ高校に通っているんだろ?郡里くんについて――」

「――なにも」と首を振って否定する。

「関わるなと先生たちから強く言われているので……」


「……どんな学校だ」

 蘇我さんの言うとおりだと思う。




「……わかった。じゃあ俺が《ペッパー》に電話する。シナモンはコイツら見張っててくれ!」

 ……《ペッパー》も誰かの偽名コードネームなのだろうか。


「あぁ、わかったよ。ちゃんと説明しろよ?できるか?お前に?変なこと言うなよ?」

「うるさい!!わかってるって!《魔法使い》と《警察》と《バリアー》のこと伝えれば良いんだろ?!」


 初めて子供にお使いを頼むような態度のシナモンにカルダはイライラした素振りを見せつつ、ポケットからスマホを取り出し電話をかけ始めた。


「もしもし。うん、俺カルダ。うん……邪魔が入って《ギャル》は失敗しかけたけど拉致ったよ。うん」


 《ギャル》とは恐らく明日川先輩のことだろう。

 つまり、電話の相手ペッパーは《呪縛師》。


「なに聞き耳立ててんだバカ!お前ら、どうせ死ぬんだから何知っても意味ねぇよカス!」

 バリアに思いっきり手を当ててコチラを煽るシナモン。本当に名前とキャラが一致していないのやめて欲しいな。


「シナモン!うるさい!……すみません。うん、場所変えるね!」

「《魔法使い》のこと言うの忘れるなよ!」

 

 電話のために、この場を去るカルダにシナモンはそう言って声をかけた。


「君たちはずいぶんと仲が良いみたいだけど家族か何かなのか?」

「あぁ?!なに調子乗って質問とかしてくれてんだ、クソポリ公がコラ!?女子高生に護ってもらってる分際で偉そうに職務質問かボケ!」


 蘇我さんの質問にシナモンは烈火の如く怒り散らす。

「警察がずいぶんと嫌いなんだな。過去に何かあったのかい?」

「んだそれ!勝手に想像してんじゃねぇぞキモいんだよ!ボケ!カス!」


 ……小学生みたいな罵倒が続く。


「……君は彼女をどう見る?」

 急に話題を振られた。

「……え?なんですか急に、どう見るって言われても」

 見た目から想像する年齢や、雰囲気に対して異様なほど幼い言葉が多いなってくらいしか分からない。


「私はね、生まれてこの方、ずっとエリートコースを歩いてきたんだ。有名な大学の経営する幼稚園、小学校、中学、高校といわゆるエスカレーター式でね」


「テメー無視こいてんじゃねぇぞ!タコ!」

 蘇我さんはシナモンの罵詈雑言をないものとして話を続けている。


「綺麗な水で過ごしてきた私はこういった人種と関わる機会に恵まれなかったので、よく分からないんだよ。その点、君は違うだろ?ずっと公立で生きてきた君ならこの手の人間は見慣れているだろう?」


 鳴りを潜めていたはずの《蘇我節》が蘇っている。

「……棘がすごいですね」


「で?どうなんだい?プロファイリングというやつだ。ドラマやなんかでよく扱われてる、メンタリズムとか好きそうな君ら世代ならなんとなく出来るだろ?」


 どこまでも嫌味な言い様だ。

 

 私は『蘇我さん、急に元気になりましたね。』なんてちょっと小馬鹿にしたように言い返したい気持ちをグッと抑える。言い返しても何も変わらないのが分かっているから。


「……クールで大人っぽい雰囲気に対して、とても中身が幼く感じました」

 私は素直に思ったことを口に出した。


「なんだテメー!チビが調子乗んな!私の何がわかんだよ、お前に!私らがどれだけ……」



 ドンッ!!!


 と大きな音がして、ゴンッゴンッゴンッ!と続く。音と共に何かが廃車の山から転がり落ちてきた。


 ――その何か、が人だなんて思いもしなかった私たちは状況をすぐに理解できなかった。


 

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