第35話 眠れる獅子は起こすべからず


「先輩っ!!」

 《怪物》と化してしまった久留間さんが文字通り、目にも留まらぬ速さで視界から消えたと思ったら大きな音が二度、鳴り響いた。

 

 最初の音は天城先輩が殴られた音。二つ目はその衝撃で弾き飛ばされ廃車の山に先輩が叩きつけられた音だったことに私が気づいた時、すでに『怪物』は元の位置、謎の男女二人の立つ間へと戻っていた。


 すぐに攻撃してくるような素振りに見えなかったので私は先輩の元へと駆け寄る。……行ったところで何が出来るでもないのに。

「あ……あぁあ……」

 

 先輩は普段のクールぶったキャラから想像がつかないくらい弱々しい姿で廃車の山の中から這い出てきた。なんとかオブザ・デッドに出てくるゾンビみたいに血だらけで、関節はあさっての方に向き、……生きてるのが不思議な有様で……。


「……はぁ?!!なんで生きてんだよ!ぜってぇ即死だと思ったのに!!」

 謎の……少し若そうな男は子供みたいに地団駄を踏んでそう叫んだ。

「落ちつけ、どうせ気絶しかけてうわ言抜かしてるだけだ。あんだけ吹っ飛ばされて無傷なわけねぇだろ」


 ……『カルダ』と聴こえた。

  

「『カルダ』それがあの男の名前か、聞き覚えがないな。君はあるか?」

 蘇我さんがコチラへと近寄ってきて、そう訊ねてきたが私も知らない名前だ。首を横に振る。


「まぁ本名ではないだろう。……それより、まさか本当に無事なのか……?」

 蘇我さんは心配そうに先輩の姿を確認する。

 

 この人は警察だし、敵じゃないのは十分に分かったけど、銃を持っているし、撃つのに躊躇いがないので少し苦手だ。……というか好きになれそうにない。いちいち嫌味っぽいのも苦手だ。


『おい……まってく……』

「ん?……寝言?」


 蘇我さんは先輩の顔の前で指パッチンを何度かすると「気絶……いや、こいつの体質から考えると寝ているのかもな。大怪我を負っても寝れば治るのだろう?前に深夜の公園で地べたに寝ているのを見たよ」


 先輩は白目をむいて気絶したまま立ち尽くしているにも関わらず何か言った。

 

『アレは……ミナカ……で』

 

 ……私の名前を呼んだかもしれない。こんな状況でいったいどんな夢も見ているんだろう。


 壊れた人形みたいにボロボロの先輩は気絶しながらも闘っているのか、拳を強く握っているのに私は今更気がついた。


 ……思えば、ここ数日何度助けられただろうか。

 私は先輩に何かしてあげられたのだろうか。


 私は――必要なのだろうか。


「おい!シナモン!見えたか?アイツ今、口が動いたぞ?!気絶なんてしてねぇじゃねぇか!?」

「うるせぇ!遠巻きに見てもわかんねぇんだ!仕方ねぇだろ!」

 カルダと呼ばれた男が女の方を『シナモン』と呼んだのが聴こえた。スパイス?で名前を統一しているのかな?

 

「もういい!さっさとケリつけろ!のが遅れるとまためんどくせぇコトになるぞ」

「……だなっ?!そうだよな!よし!いっけぇ!!ボクの《呪縛体》たちいぃぃ!!」


「門を……開く?いったいなんの話だ?」

「っ!蘇我さん!それより今は――」

 確かに私もその言葉の意味が気になる。

 けどその前にカルダの掛け声が、《呪縛体》への号令が問題だ。


 私は急いで蘇我さんと触れ合いそうになるほど密着し、手を上に挙げて叫んだ。


「バリアーー!!!」

「君は何を言って――」

 ドゴンッッ!


 蘇我さんがバカにしたような声色で何か言いかけた最中、《怪物》と化した久留間さんが、私の張ったバリア魔法に衝撃が走った。


「うわぁっ?!なんだ?何が起きてる?!」

「わかりません。でも、バリアは間に合いました」

「バリアー??なんだそれは?魔法……魔法か?!まさか本当に君は魔法少女だったと言うのか?!」


 蘇我さんは心底驚いたように目を丸くして私を見ている。心外だな、つまり今の今まで信じてくるていなかったのか……。……当然だよね、うん。


「なんだ?!なんで攻撃が弾かれた?!まさかウチらと同じででも防御用に置いてるのか?!」

「……魔法……だと?そんな馬鹿げたもんが本当に存在すると言うのか?ふざけるな!」


 向こうの二人も蘇我さんと同じだったらしい。

「うわっ?!うわっ?!」

 《怪物》からの攻撃はバリアのおかげで空中で弾かれるが蘇我さんはいちいち驚いてみせる。


「……大丈夫ですよ。私、攻撃魔法はあんまりですけどバリア魔法は自信あるんで――って、なにしてるんですか?!危ないんでやめてください!!」


 私は目の前で拳銃?を取り出した蘇我さんに向かって大声を出して制止する。「……な?なにか?」何も分かっていないのか呆然とした姿を見せる蘇我さん。


「バリアの中で銃なんて撃ったら大変なことになりますよ!!やめて下さい!」

「……?……あっあぁそうか、跳弾か」

「跳弾?って言うのは知らないですけど中で跳ね返るだけでアレには効かないし、私たちの身が危険になるだけです!」


 一人、勝手に納得した様子をみて少し腹が立ってしまった。


「おい!卑怯だぞ!その壁、今すぐやめろぉ!!ズルいぞ!!」

 カルダはそう言って再度わかりやすく地団駄を踏んで講義の声を上げる。


「なぁ、お前。ホントに魔法だなんて馬鹿げたもん使えるんだな。冗談か、ふざけたネタかと思ってたよ」

 シナモンと呼ばれた女がコチラにゆっくり近寄ってくる。名前からくる『ゆるふわ』な印象と見た目の怖さがアンバランスすぎて逆に恐怖感を煽られる。


「魔法、魔法ねぇ。いつから使えるんだ?私たちみたいに生まれた時から適正があったのか?ん?……答えないつもりか?」


 シナモンはコチラの弱点に気づいたらしく、真正面から何も警戒せずに歩いてくる。


「……なぁ、そのバリア魔法とやらの内側からお前らは私たちにどう攻撃するつもりなんだ?」


「……っ!」

 バレてた……。

「詰んでるよな?実際」


 シナモンは満面の笑みを浮かべながら私のバリアに手をついて語りかけてきた。


「なにか、手は?」

「…………なにも……」

「……そうか……」

 蘇我さんの声は諦めるような、悲しむような、そんな声だった。


「だよなぁ?」

 シナモンは笑っている。


「つまりどういうことだってばよ!?」

 カルダはコチラへと寄ってくるが、まだ状況を理解してない様子。


「バカだなぁ、カルダ。つまり!こうやってもなーんにも怖くないってことだよ!!」


 シナモンはバリアから手を離し、……気絶したままの先輩のところへと向かい、その長くしなやかな脚で先輩のことを蹴り飛ばした。



「うおおおおーい!!バカ!バカシナモン!!なぁーにやってんだ!お前!そいつは《猛獣》なんて呼ばれてる喧嘩自慢のど田舎ヤンキーだぞ!?」

 カルダが吠えた。

「寝てるだろ?」

 シナモンは蹴るのをやめない。

 

「起きたらどうすんだ!!おバカ!シナモンのおバカ!そいつは生身で《悪魔》にも挑むイカれヤローなんだぞ!寝てんならほっとけよ!それよりこのポリスメンと魔法使いをどうにかしねぇと!」

「一人なんだからマンだろ。まぁいいや……でもコイツらは手出しできねぇんだぞ」

「??そりゃそうだ!バリアがあるからコッチの《呪縛体》の攻撃はどうにも届かねぇ!だから攻略法考えねぇと!」


「お前マジのバカか?向こうもコッチに『なんにもできねぇ』って話をしてんだよ」

 ……シナモンは先輩への不必要な暴力をようやく止めて、カルダの肩を抱いた。


 蹴られたり殴られたりしていた先輩は何も言わずに地面に突っ伏している。……多分、まだ起きていない。


「大丈夫なのかアレは……?まさか、……すでに死んでいたり……」

「変なこと言わないでください!」

 蘇我さんのせいで嫌な想像をしてしまった。


「安心しろよ?まだ息はあるぜ?……ほら証拠に脚の付け根ら辺みろよ?……痙攣してるだろ?」

「……シナモン、あれ違くね?ケータイが鳴ってるような、振動に見えんだけど……?」

 そう言ってカルダは倒れた先輩の元へ向かいポケットを弄り始めた。


「……ほら!やっぱりケータイが鳴ってただけでコイツ完全に動いてないよ!……死んでるかもね!」

 キャハハっ!と私たちに向けて笑うカルダ。


「……クソが!」

「蘇我さん……らしくないですね」

「……目の前で人が殺されてるかもしれないのに何も出来ないなんて、こんな悔しいことがあるか!……こんなにも自分の無力さに嫌気がさすのは初めてだ!」


『私は二回目です』と思った。


 でも、それを口に出したらきっと私は耐えられない。


 この辛すぎる世界を


 生きていく気力なんて、とうに尽きかけている。


「はいはいもしもーし!何時だと思ってんだバーカ!深夜だぞ!非常識にも程が――――」




『誰だテメー!!喧嘩ならいつでも買うぞ馬鹿野郎!!!!!!!!』



 先輩に掛かってきた電話を勝手に出たカルダは電話口から聞こえてきた、こちらまで届くほどの大声に驚いてスマホを落とした。


「な、なんだコイツぅーー!!!」


 カルダの情けない絶叫が響き渡った。

 


 


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