第34話 一撃必殺
俺は銃ってやつを今までの人生で見た経験が無かったし、ましてや撃っているところを見るのは完全に初めてだ。
だからそれが久留間のオッサンに当然、命中したのだと思い耳を押さえながらも久留間のオッサンのことを……多少、心配した。
「……化け物が」
蘇我の口から出た言葉は憎しみをありったけ込められた様子で……俺の視線の先には久留間のオッサン
蘇我によって放たれた銃弾は当たっていない様子、というかヤツら避けた様子も怯えた感じもみられない?当たらない自信があったのか……?
「ジャジャーーン!!人と呪縛体を混ぜ合わせてみました!!いかがでしょう?!素晴らしいですよね?!ワンダホー!」
くねくねと軟体生物かの如く身体を揺らす頭の軽そうな男は宝物を自慢する園児のようなハツラツとした笑顔で高らかにそう言った。天真爛漫、無邪気、場合が違えばヤツをそんな言葉で評する人もいるかもしれない。
だが俺はそんな馬鹿みたいに動いて騒いでる男よりも、《元久留間のオッサン》の姿から目を離せなくなってしまっていた。
《化け物》と化した久留間のオッサンは先程までの老獪そうな、内に秘めた優しさが程よく漏れ出たような雰囲気がまるでなく、そもそもの見た目が人間の頃と大きく違い、筋骨隆々な肢体、爬虫類を思わせる目、両サイドの二人と比べて明らかにアタマ二つは抜けてるであろう体格そのもののサイズ感。
コチラを獲物と認識しているのか、自然と前傾姿勢になってる《化け物》からは敵意や害意しか感じられない。
かつての恩人を《化け物》などと呼びたくはないが、俺は今からあの《化け物》と闘わなくてはならないだろうと確信をしていた。……勝てるのか?俺が、アレに?
「久留間さん……」
ミナカミの今にも泣き出しそうな震えた声が聴こえて俺は我に帰る。完全に雰囲気に呑まれて弱気になっていた。
ぶぶぶ、とポケットの中でスマホが鳴ったが、それどころではないので無視して俺は目の前の三人……いや、二人に質問をする。
「なぁ、ウチの叔父と明日川さんは無事なんだろうな?!」
頭の軽そうな男は奇怪な踊りをやめ、ライダースの女の方へ頭を傾ける。女は男を無視して「答えると思うか?」と小馬鹿にするように言った。
「話をする気はないみたいだな」
蘇我はそう言いながら再度銃を構え、ミナカミが怯えたように耳を塞ぐ。
「無駄だ」
バンバンバンっ。
音だけは激しく響くが、放たれた弾丸はヤツらの前で何かに阻まれるように空中で止まり、地に落ちた。
「……なにが起きてる?!物理法則的にありえないだろ!」蘇我が少しアカデミックな雰囲気の怒り方をしているのが癪に障るが……。
「……見えない壁?」
俺はそう呟いてミナカミの《バリア魔法》を思い出した。肝心のミナカミは未だに耳を塞ぎ目も閉じていた。
「なんだお前ら?まさか、揃いも揃って豆の鳩でっぽーかよ!??あっーーー!?笑えるぜぇええ!!」
クネクネクネクネと全身を動かして露骨に煽る頭の軽い男。
「鳩が豆鉄砲を――だよな?……オッサン、あんたなんでこんなゴミみてぇなガキどもを警戒してたんだ?……ってそうか、もう話せねぇのか。ならもういいや――」
ライダースを着た女は久留間のオッサンだった《化け物》に話しかけ、
「やってこい」
と、指示を出した。
女の声と同時に《化け物》はコチラへ向かって文字通り、跳んできた。
「ヤバ――」
い、と言い終わる前にその、人間の頭ほどある拳が俺の眼前に現れ、
「バリ――」
ミナカミの魔法は当然間に合わない。
ボゴンッ!
という打撃音が頭蓋骨の中でうるさいほどに反響して俺の身体は数メートル単位で宙を舞って、壁のように重ねられた廃車にぶつかり地面へ落ち、全身に痛みが走った。
「ぐえっ!!」
鼻がひん曲がった。
視界も安定しない。
脳みそが揺らされた。
……眠くなる。
「……嘘だろ。あいつなんで生きてんだ!?即死パンチじゃねぇのかよ!くそぅ!!改良じゃ改良じゃ!!さっさと帰って改良じゃい!オッサン!!戻ってこーい!」
《化け物》はその言葉で素直に元の位置に戻っていく。戻り際、蘇我の近くを通り、蘇我はまた手に持った銃を向けるが、撃たない。
効かないと分かってしまったからだろう。
「パエ!お前いい加減うるさ過ぎ!あのお子様はどうでも良いけど、あっちの拳銃持ったメガネは警察関係なんだからキチンと処理しないと帰らないってわかってんだろ?!」
『パエ』とはあの頭の軽い男の名前だろうか。上手くいけばミナカミだけでも逃がせるのだろうか。蘇我にはまだ手があるのだろうか。
ろくに清掃されておらず砂利の中に大きな石がいくつも混じった地べたに突っ伏しながらそんなことを考えていると、ミナカミが近づいてきて何か言った。
「……おい、待ってくれ、聞き取れなかったぞ……」
俺の言葉に振り返ったミナカミは小さく口角を上げて微笑むだけで何も言わず、首から下げていた仮面をつけて歩き始めた。
「なぁソンダー、あっちの女の子ってなんなんだっけ?なんかお面かぶってるけど?」
「あー、なんだったっけな……確か、《魔法少女》とかそんなんじゃなかったか?仮面の魔法少女……チューニ病ってやつだろ」
「《オプティックキャノン》」
あぁそうか。
そうだったのか。
ミナカミの言葉を俺が聞き取れなかったのは、俺がさっき食らったダメージのせいで、耳がおかしくなっていたからかと思ってた。けど、それは違ったんだ。ただ単にミナカミは
「はぁ?!」
「……え?……ちょ……」
ミナカミの手元から現れた眩しすぎる光線によって《化け物》は全身のおよそ半分近くを失い、崩れ落ちた。
「……な、な、んだ……?」
蘇我は頭が追いつかないのか、メガネを暗闇で探す人みたいに両手をゾンビっぽく上げてワタワタしながらコチラへと向かってきた。
そもそも高校生がぶっ飛ばされて大怪我してんだからさっさと心配しにこいよって思ったけど……黙っておこう。
「……なんなのだアレは……?」蘇我は俺の心配などしておらず、ただ今目の前で起きたことの説明を求めて俺の元に来たのだった。
「アレはミナカミの魔法ですよ。オプなんとかは初めて見ますけどね」
「魔法?!あれが?!」
蘇我の大きなリアクションのせいで『パエ』と呼ばれた男や『ソンダー』とかいう女にも聴こえてしまった。
「《魔法》?!魔法って魔法?あるの?!ほんとに?!嘘だろ?!」
「……クソガキが、なんてもん隠してやがった!ありえねぇだろ!」
「どうする?ソンダー!逃げる?ヤバイよね?」
「……戦略的撤退しかねぇだろ!」
「……素直に逃すわけないだろ!動くな!!」
蘇我が銃を向けると男女は素直に両手を挙げた。
「素直だな?……そうか、お前らの壁になってくれていたヤツが今のミナカミの一撃でオシャカになったか?」
俺は廃車を掴み必死に立ち上がりながら勝手な推測をする。『姿を隠す』という能力をもった《呪縛体》をヤツらが使っていた可能性を考えて言ったことだが、ヤツらの表情を見るにわりと正解っぽいな。
「……ふう。たぶん、もういないですよね?」
ミナカミは膝に手を当てて項垂れている。
「頭の後ろに両手を当てて膝をつけ!!」と海外ドラマみたいな事を言ってる蘇我を目の側に添えつつ俺はミナカミの元へ向かった。
「一撃必殺って感じだったな」
「はい。文字通りですね。もう今日は魔法使えないかもです……」
満身創痍とはまさにこの事と言わんばかりに疲弊したミナカミは今にも座り込みそうだ。
「助かったよ」
「先輩が時間稼いでくれたおかげです」
……そんなつもりは毛頭ない。
ただ吹っ飛ばされただけだし。
「なぁ!アタシらを何罪で捕えるつもりなんだ?ええ?」
「……そうだ!そうだよ!?俺らが何したっていうんだ!なんの証拠があるってんだ!」
ソンダーとパエは思いついたように喚き始める。
「あ?!何今更抜かしてんだ――」
ってそうか。
そもそも《悪魔》も《呪縛体》も法的にどうこうできる存在じゃねぇ。
久留間のオッサンだった《化け物》……消えてる?
「……」ミナカミも《化け物》が跡形もなく消失したことに気づき、表情が暗くなった。
「……拉致監禁、不法侵入、いくらでも思いつくだろうが……。とにかく――」
「――拉致ってなんだよ!しらねぇよ!やってねぇ罪でっちあげんなよ!!警察呼ぶぞ!!」
「パエ!うるさい!お前は黙ってろ!!」
「……叔父と明日川さんどこにやった。返答次第じゃ刑務所なんか行かせねぇ。ここで終わらせるぞ、テメーらの人生」
俺は痛めた全身に鞭を打ちジリジリと脚を引き摺りながらヤツらの元へと近づき、脅すように語りかけた。
「生きてたら警察に任せる。怪我してたら同じ箇所、俺が傷つけてやる。もし死んでたら……」
「――だから!俺たちは拉致なんてしてねぇ!って言ってんだろ!!」
今更聞くに耐えない命乞いのような言い訳を繰り返す二人に俺は内心呆れていた。
ぶぶぶ、ぶぶぶ。
ポケットの中でスマホが鳴る。
「あん、誰ださっきから、こんな時間に……」
……。
「……あー。
「……え?先輩、今『叔父さん』って言いました?そらって師匠のコト――」
「ほら!!だから言ったじゃん!!俺たちは無罪だって!今すぐ解放しろ!」
パエが騒いでいるせいで叔父の声が聞き取りにくいので俺は少し距離を取る。
「確かに不法侵入かもしんねぇけど!それでこの扱いはありえねぇだろ!」
「……そうだ!パエの言うとおり!しかもメガネ!お前発砲してたよな!?しかもそれ警察から支給されてる――」
バンバンバン。
何度目かわからない銃声が鳴り響いた。
もうただの破裂音と銃声の聞き分けが出来そうなくらいこの短期間で聞いてしまった。……そんかくだらない事を考えないと目の前の壮絶な光景が衝撃的すぎて頭がくらくらしてしまいそうだった。
蘇我が構えた銃の先で倒れるソンダー。
「ソンダァァーー!!そんなーーー!!」
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