第33話 ラストスパート


 蘇我によって運ばれた俺たちが訪れた《廃車置き場》は、ついこの前俺が拉致されて来た時とは様子が違っていた。明かりのない雨上がりの深夜なのに煌々とした光が見える。

 

 廃車の山で迷路のような作りで生まれた道はいくつかのバルーンライトで照らされている……まるで殺人事件でも起きたかのように、至る所が黄色いテープで区切られていた。


《廃車置き場》の入り口に蘇我は車を停める。

 ミナカミは車のエンジンが止まる前に車外へと飛び出たので俺もすぐに後を追う。


「すぅ……」

 とミナカミが大きく息を吸い込んだのを確認した俺はミナカミの口を手で塞いだ。

「モゴっもご」

「……静かにしろ。わざわざ相手に俺たちが来たって伝える必要ねぇだろ」

 ミナカミの口を抑えていない方の手で『静かに』とジェスチャーを交えて伝えると彼女は首を高速で縦に振った。理解してもらえたらしい。


「……無駄だと思うがね」

 と後から降りて来た蘇我がフェンスの上部を指差した。そこに目をやると監視カメラ。

「あーもう、バレてるってワケか」

 

「残念ながら」

 蘇我はそう言って胸ポケットから銃を取り出した。今度はサイレンサーを着けないらしく、そのままの姿で弾数を確認して歩き始めた。


「あれって……」

「たぶんマジモンだよ。エアガンじゃない」

「合法なんですか……?」

「なワケねぇだろ……。行くぞ」


 ミナカミはまた俺の陰に隠れるよう裾を掴む。俺はそれを無視して蘇我についていく。


「……なぁココでなんかあったのか?」

 バルーンの明かりを街灯がわりに歩いていると至る所にある黄色いテープで囲われた内側が、先ほどまで降っていた雨のせいか赤く滲んだように見えてしまう。

 まるで大量の血が溶け出したかのように。


「キミが拉致された時、誰も証言はしなかったが、金田がいただろう?ヤツの大事なお仲間たちと一緒に」

「……」

 俺はその問に答えない。

「……安心したまえ。ヤツらがあの時ここにいた事はタイヤ痕でもう分かってる事だ」

「じゃあ聞く必要ねぇだろ。アンタら警察はいつまであの人に好き勝手やらせんだ。俺は直接の被害被ってないけどロクな人間じゃねぇだろあの人」

 

「ヤツらは死んだよ。一人残らず、ね」

 

「死、え……?」


 俺と蘇我の会話を黙って聞いていたミナカミが俺の背後で小さく溢した。

「あ?つまり、このテープと赤みのある水たまりは――」

「――そういう事だ」

 蘇我は振り返らない。



「それはおかしいだろ、じゃあなんでオマワリが一人もいねえんだ?警備はどうした?血が溶け出すなんてまだ大して時間が経っていないはずなのに――」

 季節はもう時期、冬に差し掛かる。辺りは十分すぎるほどに乾燥しているのだから血が溶けるなんておかしい。凝固していそうなものなのに。


「ヤクザ者の大量死、当然県警が出てくるさ、一課だけじゃない四課も組織犯罪対策部も総出で動き始めていた、誰かが言い出すまでは――」


「――なんて言ったんだ?」

 俺は勿体ぶった言い様の蘇我にその先を促す。


 

「『コレは人の仕業じゃない』」


 蘇我はようやくコチラに顔を向けて立ち止まった。

 その表情は逆光であまり良く見えないが、悲しくも苦しくもあるような言い様から想像はできた。


「はぁ……なるほどな。《知らないヤツら》を一言で弾き出し、《知ってるヤツら》にお鉢が回るって状況になっちまったのか。狙ってやったのか偶然なのかは知らねぇが、上手い手だな」 

「え?じゃあ、その県警の偉い人とかも《呪縛師》と繋がってるってことですか?」

 素朴な疑問、と言った調子でミナカミが蘇我へ訊ねる。

 

「いや、そこまでの証拠は掴めていない。が、私個人としてはあり得ない話ではないと思う。しかし私は《呪縛師》とやらについての見解が浅い。何ができて何がメリットになるのか分からない現状、『警察上部が呪縛師と手を組む理由』が存在するのかも分かっていない。故にキミらと手を組むというワケだ」


「《呪縛師》にできること……」

 そう言われると、俺もそこの部分を疎かにしていたなと自戒する。それが『何か』という表面的な部分にだけ執着して『どう使うか』『どうするのか』の部分へ目をやれてなかった。

 たしかに今は一刻を争う状況ではあるが、知っておくべき事かもしれないと思い、ミナカミに目配せした。

 

「今、そんな話をする余裕があるとも思えないので聞かないが……」と蘇我は言った。

 意外にも攫われたであろう叔父や明日川さんのことを気にかけてくれているらしい。


「あの、一応、簡単にですけど説明しておいたほうが良さそうなので」

 半身振り向いた俺の目配せから察したミナカミは俺の背後へ隠れるのをやめて一歩前へ出た。蘇我はそれを見て銃を持った手を後ろ手に回し、隠した。

 ついこの前、疑っていたとはいえ俺の頭に突きつけた銃を今はミナカミから隠してる。コイツもしかして亡くなった妹の影をミナカミに見てるのか?

 


 「《呪縛師》は《呪縛体》を作り、操る人です。……『呪縛体』は質量を持った《悪魔》だと思ってもらって構いません……。《特殊な能力を持った悪魔》の上位種とかそんな感じで考えると分かりやすいかも」


「「特殊な能力?」」


 俺と蘇我は初めて二人被って同じ言葉を吐いた。

 

 それくらい驚きの単語がミナカミの口から飛び出たのであったが、よくよく考えてみると今まで俺の見て来た数体の《悪魔》は基本、ただ気持ちが悪く、見えないだけのモノだった。

 なにか、特徴があるかと考えても思いつかないような、ある意味では、いるだけのモノ。

 特徴な能力なんてその存在以外になかったと思う。

 

「ど、どんなものが、例えばあるのだね?」

 蘇我が、らしくない狼狽を見せる。

 言葉の順番も滑舌もおかしなことになってて、焦りが見て取れた。


「……私が《呪縛体》を見たのは《キングスモール》の時の一度だけなので特殊能力についての例は一つしか知りません。……すみません。その唯一見た《呪縛体》は瞬間移動をしていました。そして師匠は、天城先輩の叔父さんはそれを特殊能力と……」


「瞬間移動……」

「特殊能力ってそういうマジのヤツかよ!」

 思ってた何倍もやばいヤツじゃねぇか。

 俺が冗談で言ってたしょうもない超能力なんかとは似ても似つかない本物の……。


 


「お勉強の時間を邪魔して悪いんだけど、君たちが先にコッチの邪魔したわけだから許してくれるよね?」



 蘇我の声でも、ミナカミの声でもない誰かの声が少し離れたところから聴こえた。

 俺たちは構えるように声のした方へと向くとそこには久留間のオッサンと見たことのない男女が立っていた。


「…………」

 久留間のオッサンは何も言わない。

「誰だテメー?!って食ってかかってくると思ったけど意外と冷静だねぇ?」

 頭の軽そうな、姿勢からして捻じ曲がってるテンション高めの二十歳前後に見える男。

「オッサンが言ってたろ?猛獣だーなんて言われてるけど割と頭は回る方だって」

 短く切り揃えた髪にライダースのジャケットが映える歳のわからない女。

 

 さっきと同じ声、あの男が声の主だったのか。

 姿を見せたのは余裕からか?

 俺は一応、仮面を取り出す。


 バンッ!と一度鳴った後、バンバンバンと数回同じような音が繰り返された。


 聞き慣れない炸裂音が辺りを囲うよう置かれた廃車の山の中で反響して騒がしく鳴り響いた。

 突然の爆音。

 近くにいた俺とミナカミは耳を押さえつける。


 その音がいつの間にか射撃姿勢のお手本のような体勢の蘇我の手元から鳴った銃声、ということを直ぐに理解できるほど俺はまだ世界を知らなかった。


 銃口の向く先には久留間のオッサンがいた。


 


 

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