第32話 車内にて


 自分は車に詳しく無いので車種は分からないが、蘇我の運転する車は叔父のボルボとは違い、静かで柔らかい不思議な乗り心地だった。俺はあの無骨さと硬い雰囲気に乗り慣れているのでなんだか居心地が悪く感じていた。


 どうして蘇我の車に乗っているかと言うと、ミナカミが明日川さんの家の前で声を出して泣き始めた時、蘇我は『通報されると厄介なことになる』と車に乗るよう言ってきたので今、俺たちは蘇我の車の後部座席に二人して乗っているというわけだ。

 

 ……蘇我は車の印象とは真逆の人間だな、と俺は思った。


 もしかしたら蘇我は本来、優しい人間だったのかもしれない。雨に濡れた髪を蘇我に借りたタオルで軽く拭きながらそんなことを考えていると。

「この車はどこへ向かうんですか」

 泣き止んだミナカミが少し鼻声のまま蘇我に訪ねた。

 

「……君たちの叔父さんが連れて行かれたであろう場所だよ」


 蘇我の返答は予期せぬものだった。

 

「おまっ、……アンタなんでどこに連れて行かれたか知ってるんだ!」

 運転席の蘇我に掴み掛かろう腰を浮かした後、俺はなんとか自制した。


「運転中のドライバーに飛びつくことの危険性を理解しているなんて、《猛獣》だなんて呼ばれている割には冷静だな」

 相変わらず嫌味ったらしい言い回しの蘇我。


「……俺とアンタの二人だけならノータイムで首にチョークかけて落としてた」

 強がりじゃ無い。

 本気でそれくらいの気持ちだった。

「……持ち前の《超回復》とやらに頼った自爆特攻か。褒められたものでは無いが、有効だろう。以後、話す順番には気をつけるよ」


 嘘だな。

 息をするように他人を揶揄うのはコイツの性分だろう。俺と蘇我の付き合いなんて無いに等しいがそれくらいは分かる。


「では、正しい順番……いえ、私たちにも理解しやすい順番で教えてもらえますか?」

「ふむ。…………端的にいうと天城くん、キミがついこの間拉致され連れて行かれたか《廃車置き場》。あそこが奴らの拠点であり、この車の向かう先だ」


「《廃車置き場》?拉致?」

 ミナカミはピンときていない様子で頭を傾げた。

「それについてはそのうち話す」とミナカミに伝え、蘇我に訊ねる。


って誰のことだ?」

 


「久留間晋三」


「な、な、な、なにを言ってるんですか!」

「冗談……じゃあないんだな?」


 蘇我の口から出た名前に動揺を隠せない俺とミナカミは車のシートを無意識のうちに強く握りしめていた。


「冗談というものは、面白い、つまらない以上に時間、場所、状況に応じているかが大事なのだよ。今このタイミングで我が社の恥部を晒すのは適切な冗談とは言えないだろ?」

 我が社……警察関係者は時折りそういう表現を使うな。

 

「……え?」

「つまり本当ってことだろ」

 無駄に分かりにくい言い回しをするなクソが。


「じゃあなんですか?本当に久留間刑事が《呪縛師》と繋がってて、師匠を攫ったって言うんですか?!」

「ミナカミっ!」

 

 ミナカミが運転中の蘇我に掴み掛かったので思わず敬称を省略して呼び捨ててしまう。

 ここまで激昂するということは俺が知らないだけでミナカミも久留間のオッサンとなんらかの繋がり、接点があったらしい。この街で問題を抱えた少年少女たちは皆、多かれ少なかれ、あの人の世話になっている、ミナカミもまたそうだったのだろう。


「理由は知らんが今はやめろ!運転中だぞ!俺は平気でもお前は最悪死ぬだろ!多少は考えろ!」

「ぐぅ!私には魔法があるんで平気です!」

 ミナカミの身体を抱き抱えて後部座席に引き戻す。掴んだその肢体が異様なほど軽く、今にも折れてしまいそうなほどだったことに俺は内心、困惑する。


 小さいし、痩せているとは思っていたが、ここまでとは思わなかった、おそらく幼少期からロクな栄養を摂れていないからなんだろうけど、勝手に想像し、哀しくなる。


「はぁ……蘇我!アンタもう少し話す順番に気をつけろって話だったろうが!!こっちのメンタルに気を使えボケ!!」

「蘇我『さん』だ。何度言っても理解できないのだな。まったく、『注意書きを書いたところでバカはそもそも読まない』とはよく言ったものだ」


 ……めんどくせぇ。

 今すぐにミナカミを放って事故らせてやろうか。


「が、……まぁ言い分はわかった。ここは大人の私が折れてやろうキチンと順を追って話そう」

 と、蘇我は呆れたような物言いで語り始める。

 最初からそうしろアンポンタン。


「ことの発端は天城くん、キミもよく知るあの兄弟の長兄から始まったと言える」

「……あ?兄弟?……ちっ、馬原兄弟か」


「そう。あの馬原兄弟の弟とキミは同い年。そして馬原兄はキミらよりも年上。その馬原兄の代に久留間警部の息子さんがいた」


 馬原兄は二つ上、中学に入学後、馬原弟と揉めた時、当時同じ中学の三年連中を引き連れて俺をシメにきたからよく覚えている。……今、思い返してもはらわたが煮えくり返る。

 多勢に無勢、負けたらもっと仲間を呼ぶ、勝ちを譲ったら勝者と信じ込んでイジメのような事をし始める。アイツらはまごう事なき真性のクズだ。


「馬原兄弟のクズさは私が語る必要もないくらい知っているだろう?」蘇我は前を向いたまま、そう言ったがそれは俺に向けられたものと理解し、頷いた。


「久留間警部の息子さんはね、馬原兄とそののせいで命を絶ったんだよ。イジメだった。……まだ年端もいかぬ我が子を失った久留間警部のそこからの荒れ様は遠く本社にいた私には分からないが……想像はつくだろう?」


「……そんなことが……でもその犯人は――」

「――いつも通り《お偉いパパ》がもみ消して馬原兄は平然と陽の当たる道を歩き続けたってわけか」


 ……何度も見た。

 悪さをし、警察に捕まり、別段反省もせずにすぐ出てくる。そして繰り返す。記録には残らない。自らの欲求を満たす為に他者を虐げる人の成り損ない。それがこの街の馬原兄弟


「その通り、どうやってその……《呪縛師》とやらと久留間警部が知り合ったか、は今はまだ判明できていないが件の《キングスモール》の一件もほぼ間違いなくあの男が関わってると私は見ている」


「は?……どういうことだ?」

 ミナカミは静かになり、今度は俺が声をあげた。


「《キングスモール》で事件が起きたは久留間警部の息子さんの一周忌、そしてあの日、あの事件の被害者の中には久留間警部の息子さんを虐めていた子たちが複数人いた」


「状況証拠ってことか?それにしては薄いような、……いや、怪しむには十分か?」

「他にも、その……状況証拠っていうのがあるんですか?」とミナカミ。


「――ある。《キングスモール》は本来、ここ桜間市のランドマークとなるのを期待されていた大型ショッピングモールだった、その誘致に多く投資、尽力をしていたのが馬原議員。馬原兄弟の父親だ。そして馬原議員への大量の献金も確認されてる」


「我が子の仇を狙うにはちょうどいいってわけか」

 そして俺たち親子、蘇我の妹はその弔い合戦に巻き込まれたってか……ふざけんな。


「あくまでも状況証拠、事実を並べて、それらしくストーリー仕立てにしただけとも言える――」

「――けどアンタはそれに賭けて追っていた」

「……存外、察しがいい。そのとおり私はその細い線を追い続けた結果、久留間警部が陰で接触している謎の組織を突き止めた、そいつらが何者かも、何を狙っているかもわからなかった。今思うと当然だ……」

「――アンタは《見えない人》だから」

「……そう。《見えないナニカ》なんて頭の片隅にもなかった私はいくつもの手がかりを見逃して居たのだろう。情けないことにな。だからキミたちに接触する事を選んだ。最初は、ついこの前はキミ自身が久留間警部と繋がった《呪縛師》とやらかと……思っていたんだがな」


 聴こえるか、聴こえないか微妙な声量で『あの時はすまなかった』と蘇我は呟いた。身体が少し後方に動いて、俺は車が《廃車置き場》のある山道を登り始めたことに気がついた。


 目的地はすぐそこだ。

 

 

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