第31話 顔の見えない被害者


「蘇我、なんでここに……」

「蘇我『さん』と呼びたまえ、学ばないヤツだなキミはく」


 黒いコートに黒いスーツ、黒い靴に黒い手袋……黒い車に銀縁のメガネ。

 テカテカした髪に街灯の光が反射して気持ちが悪い。オシャレのつもりか誰の真似か知らんがこんな田舎じゃダサいだけだ。TPOという言葉を知らんのかね。


「……先輩」

 知らぬ間に俺の背後に隠れたミナカミが俺の上着の裾を掴みながら小動物のように震えていた。


「……アイツはあんなナリでも一応警察だ」

 と、思う。一応だけど。

 

「警察?あんな目つきのお巡りさん見たことないですよ」

「私はお巡りさんじゃないからね。水上さん」

「っ?!なんで私の名前を?」


 どこでどう調べたらミナカミに辿り着くんだ?

 組対そたい(組織犯罪対策部)ならミナカミ母から繋がる可能性もあるのか?

 ……今はそんな事考えてる場合じゃない。


「くだらない漫才をする気はない。ここに来た理由を教えろ!こっちは一刻を争う状況なんだ」

 と言ってもなんの手がかりもなく、にっちもさっちも行かない手詰まりなわけだが。

 

 俺の言葉に蘇我はバカにするように冷笑した。


「言ったところで私に得がない――。……凄いな……。これが……」


 今になって気づいたのか蘇我は上空を見上げて空に浮かぶ《目》を見て驚きの表情を浮かべる。


「……これが、悪魔……」


「……先輩、この人――」

「――あぁ知ってるらしいな」

 叔父から聞いた話だと蘇我は『危険人物扱いで知らされてない』はずなんだが、悪魔という呼び方を知っていたと言うことは久留間さんから信用を得たのか、それとも勝手に動いて調べ出したのか。


「つまり……アンタに《得》があればここに来た理由を説明してもらえんのか?」

 

「ほう、キミ程度の人間が私に何をもたらす事ができるというのかね」

「――叔父が攫われた。犯人は恐らく《呪縛師》だ」


「は?」

 と一言、驚きと呆れと疑問のこもった言葉を吐いた後、蘇我は黙ってしまった。


「動かないし、喋らなくなりましたね」

「……なにか読み込んでるんだろ。少し待とう。待ってダメそうならさっさと……」

 どこに向かうと言うのだ。

 蘇我が現れたというだけで叔父の行方に関しての情報は何も更新されていないのに。


「……《呪縛師》という単語は生まれて初めて聞いた、がキミからその単語が今、出てきたという事は私にとって益をもたらす単語なのだろう……。……わかった」


 長らくの沈黙の末、蘇我は苦虫を噛んだ様なイヤな顔をして話を始めた。


「……わかったとは?」

 俺は続きを促す。


「取引しよう。私の持つ情報とキミ、……キミたちの持つ情報の取引だ」

「アンタが何について探ってて、どんな情報を求めてるか知らないが……ウチの情報はそれなりに高いぜ」

 

 乗ってきたな。とニヤケそうになるのを堪えて冷静に話を進める。


「じゃあ話してもらおうか《呪縛師》とやらについて――」

「――待て、そっちが話すのが先だ」

 

「無理だな。そちらの情報が私の欲しいモノとは限らない――」

「――とは思ってないから取引に乗ったんだろ?こっちは身内が攫われてんだ。警察ならわかるだろ?一秒だって惜しいんだ」


 正対したままお互い一歩も引かず……詰めず、睨み合いを続ける。


「……キミの靴にGPS発信機を付けてる。それで位置情報を追っていた」


 死ねよコイツ。

 越権行為とかのレベルじゃねぇだろ。

 いつからだ……?

 ………………可能性として高いのはミナカミを初めて見た、あの公園で銃を突きつけられた時か?


「……え?先輩、なにしたんですか?」

 ミナカミが俺の裾から手を離し一歩下がった。


「黙って聞いとけ。悪いな話止めて、続けてくれ」

 俺はミナカミの方に顔を向けず蘇我に続きを促した。


「……意外だな。もう少しこう、感情的に怒り散らして殴りかかってくると予想していのだが?」

「お望みなら、ご随意にやってやろうか?」

「ふっ、やめておくよ。流石の私でも骨が折れそうだ」

 あぁ、そうだろうよ、文字通りにな。


「私はとある事件を個人的に追っている。その事件について君たちに語るつもりは無いし、訊かれたくないから黙っててくれよ」


『なんの事件ですか』と聞きかけて自制したミナカミの『なんっ』という言葉が背後から聞こえた。

「……なんか、いちいち嫌味な人ですね」

「黙って聞いとけって」


「……とある事件以後、私は《見えない何か》がこの世界に実は存在していることに気がついた。君たちが《悪魔》と呼んでいるモノだ」


 ……ミナカミの情報は叔父の関係からたどり着いたのか。


「そしてそれらによる被害が、ここ桜間市を中心に近年増加していることに気がついた私は昇進の話を蹴ってまで無理矢理ここ桜間市にやってきた。その甲斐あって都内にいた時とは雲泥の差と呼べるほどの生きた情報が手に入った」


 蘇我は話つつ、上着から例の重苦しい銃を取り出して何かを取り付けると空中へと向け、トリガーを引いた。

「……え?あの人なにをしてるんですか?」


 パスパスッ。


「やはりこれじゃ効果はないのか。また勉強になったな」


 さっき着けたのはサイレンサーとかいう音を抑えるパーツだった様だ。

「え?え?」

「ミナカミさん、あんまり気にするな。アイツは頭おかしいから考えすぎると感染るぞ」


「……聴こえてるよ。まったく失礼なお子様だよ、キミは」

 サイレンサーを外してまた上着の内側にそれらをしまう蘇我。


「今の所『アンタがこの街に来た理由』しか伝わってないんだが?俺が聞きたいのは」

に来た理由だろ?わかってるさ。……いくつもの事件を追っていくと一つの仮定にたどり着いた……」


 蘇我はすぐに口を開かない。

 まるで溜める様に時間をかける。

 相槌が欲しいのか?


「……『誰かが意図的にこの街に《悪魔》が現れる様にしている』という悪意に満ちた仮定だ」


 心底嫌そうにそう言った蘇我の表情はとても印象的だった。俺の中で肥大化した蘇我イメージは性悪説のペシミストだったが、今のその様はまるで変わり者みたいな姿だからだ。


「……私と師匠もその可能性を追ってました」


 ミナカミが俺の背後に隠れるのをやめて蘇我の元へとゆっくりと近寄っていく。


「過去の事例、師匠の残している報告書やメモ書きから見ても《キングスモール》以降、実際にこの街はおかしくなっています」


 ……またその名前が出てくるのか。


 俺にとってもミナカミにとってもトラウマに近い、深い後悔と悔恨の事件。


「……《悪魔》絡みの事件が山のように起きている。ということだな?」

「はい」


 俺もミナカミに倣い、蘇我の元へと向かう。


「……名前が出たから言うが……。……私の妹が《キングスモール事件》の被害者の中にいる」


「……は?」

「……え……」


 俺はさっき言いたくなさそうにしていたハズなのに何故、急な話す気になったのだと考えたが、それよりも気になったのはミナカミの方だ。


「ミナカミ!」

 俺はどうやったら『彼女の精神状況を健全に保てるか』という難題の答えが出ないまま、ただその名前を呼ぶと言う後にして思えば愚行と断ずるであろう手を選んでしまった。


 ミナカミからして見れば、『俺を救えなかった、俺の母を救えなかった』という問題と『誰か知らない多数の被害者』という顔の見えない問題、この二つでも多大なるストレス、精神的苦痛になっていたはずなのに、ここに来て『知り合った人の妹』という新しい……顔の見える被害者が……見えてきて。


「……」

 ミナカミは何も言わずに膝から崩れる。


 事を俺は一度も責めた事はない。

 でも、ミナカミがそんな自分自身を常に責めていることは知っていた。俺自身も母を救えなかった事を後悔しているから。


「……どういうことだ?」


 状況を理解していない蘇我はミナカミの姿を見て困惑したあと、鬼のような形相へと変貌した。


「……まさかキサマが?!」

「違う。……違うんだ!」

 俺はミナカミと蘇我の間に立つ。

「わた……わたしは……」


 ミナカミの言葉は続かない。

 実の母親に売られかけてから僅か数時間も経たないうちにこんな話聞かされたんだ。

 マトモな精神状態でいられるほど図太い人間なんてそうはいないだろう。


「……俺が代わりに話すけどいいか?」

 可能な限りの全力で優しい声色を演じてミナカミに訊ねると小さく頷いた。


「ミナカミが《魔法少女》だってことは知ってるのか?」

「……ふざけるなよ、クソガキが」


 蘇我は完全にブチ切れてる。

 ここまで怒り狂うということは恐らく、ミナカミが《キングスモール事件を起こした張本人》と誤解しているのだろう。


「知らないって事でいいのか?」

「そんな馬鹿げた存在――」

「――じゃあ悪魔はなんなんだよ」


 俺の質問に蘇我は答えない。

 いや応えることよりも思案する事を優先した。


「…………」

「考えながら聞いてくれよ。『ミナカミは魔法少女』これは確定事項で基本情報。そしてミナカミが魔法少女になったのは《キングスモール事件》の起きた、あの日。……ミナカミが今、精神的に疲弊してテンパってるのは――」


 ミナカミに聞こえる距離でを言うのか俺は……。と逡巡していると、背後でミナカミが立ち上がるような気配を感じた。


「……私が救わなきゃ、ならない人たちの中に、蘇我さんの妹さんが居ました……。なのに、私は……弱くて……救えませんでした…………」

 涙と鼻水で途切れ途切れになりつつも必死に言葉を繋げていくミナカミの痛々しい姿に俺は勝手に心苦しくなる。


「……当時……、キミはまだ……」

 冷静さを取り戻した蘇我はミナカミに訊ねるがミナカミは再度、膝をたたんでアスファルトの上に座り込んでしまった。

 

「小五だよ。俺が小六だったからな」

 俺がミナカミに代わり答える。


「……そうか」

 そう言ったきり蘇我は何も言わなくなった。

 

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