第30話 メメメメメメメ
「ここまで分かりやすいのも珍しいな」
「……見たいとか知りたいとかそういう事ですかね?」
明日川さんの家の前に停めたクルマから降りたあと、空中に浮かんだ大量の《目》を見上げならが叔父とミナカミは冷静に推測をしている。
「二人ともスゲーな。俺はゾクゾクして無理だわ。気持ち悪い……」
『目』を観察している二人と少し離れたところで俺は情けなく呟いた。
病院で正確に診断を受けたわけじゃないので合ってるかわからないが……たぶん俺は集合体恐怖症かも知れない。アレらを見てから、むちゃくちゃに鳥肌が立って気分が悪くなる。
「『衆目』って感じなのかな。好奇の目とか奇異の目とかもあるけど……。守秘義務があるから聖奈ちゃんに詳しくは言えないんだけど、明日川さんはとある事件の被害者でね」
「……近隣の人たちがその話を聞きたがってる、または気になってる。とかですかね」
「うん。僕はそう思うよ。……って高虎、大丈夫か?どうしたんだ?体調悪いなら車で休んでて構わないぞ」
道路に座り込んでしまった俺に気づいた叔父が気を遣ってくれた。
「……大丈夫、直視しなきゃいける気がする」
「直視……?まぁ、たぶん高虎の出番は来ないから無理しなくてイイよ。とりあえず明日川さんに連絡だけしてくれ。あとは俺らでなんとかするから」
俺は叔父の言葉に力なく頷きスマホを取り出し、明日川さんの家に背を向けた状態で連絡をいれると直ぐに扉の開く音が聞こえた。
「こんばんはー。はじめまして《天城相談所》の天城です。すみませんこんな時間に」
「はじめまして、明日川先輩と同じ桜間東高校に通ってる一年の水上聖奈と言います。天城さんの弟子で色々とお世話になっていて、勉強のためについてきました。よろしくお願いします」
叔父とミナカミの挨拶が聞こえたので俺は振り返り下を向いたまま頭を下げる。
「いえいえ、こちらこそこんな時間に呼び出してしまって本当に申し訳ないです」
聞こえてきたのは男性の声?
父親が出てきたのか?いや、声の感じは少し若い。……明日川さんに兄弟っていたか?
「えぇと、お嬢さんは?」と叔父が訊ねる。
「娘は今ちょっと休んでて……アレが怖いってことで少し疲れちゃってるんですよ」
娘……父親か。ずいぶん声の感じは若いな。
こないだ牛倉が事件を起こした時、遠巻きに見えた印象と声がだいぶ違うな。
「あぁ……確かに怖いですよね。明日川先輩は《見える人》なんですね」とミナカミ。
「はい。私らの家系はみんな――」
ずっと感じていた違和感の正体にバカな俺は今更になって気がついた。
「――なんで俺は
俺はそう言って顔を上げると、その言葉に叔父とミナカミは振り返りハッとした顔を浮かべる。
明日川さんの家から出てきた男は分かっていないのか「……どういうことですか?」なんてとぼけた事を抜かしてる。
「すみません、甥は体調が悪くて……あぁえっと、集合体恐怖症って言うんですか?あれなんですよ。聖奈ちゃん、悪いんだけど高虎を車に――」
「あぁ……それは大変だ。確かにタダでさえ気色の悪いものが……たくさん……あんなもの見たらさぞかし気持ち悪いでしょう」
「……えっと、……はい。先輩、肩貸しましょうか?って身長差ありすぎて意味ないですかね」
叔父に言われたミナカミが俺の元へ寄ってきた。
ミナカミはどこか、不安そうな表情にみえる。
しかし、体調が悪いのは今に始まった事じゃないのに……なぜ今?……叔父は俺を今、この場から退かしたいのか?なんの意図があって?
『とりあえず害意は感じないので焦らず、……そうですねお宅の周りを少し見させてもらっても?』
『構いませんよ。暗いので案内しますね』
叔父の声が聞こえてきた。
……時間稼ぎか?
なぜ?なんのために?
俺はミナカミの後をついて車へと戻り二人して後部座席へと乗り込んだ。
フロントガラス越しに叔父と明日川さんの父親(?)が見える。先程の会話通り二人は家の周りを見て回ってるらしい。
「今から私が説明する話は師匠からの受け売りでしかないことは先に言っておきますね」
……なるほど、ミナカミに説明させ、俺に状況を理解させるための時間か。
知っておかなきゃならないことがある、と。
「あぁ構わない。なにも知らないままで居られるほど賢くないんでな」
それって賢いんですかね。なんて冷笑したあとミナカミの説明が始まった。
「結論から言うと、アレは《悪魔》ではありません。」
「……だろうな」
だから俺にも……《見えない側》の俺や明日川さんにも見えている、と。
「アレは恐らく《
「じゅばくたい?……初めて聞く名前だし、ソレのなりかけってどういうことだ?」
「……《悪魔》は生きてる人間の負の感情が顕在化したものという認識は――」
「共有できてるし、それが正しいかは分からないのも当然理解してる」
あくまでも叔父や会ったことがないので実在するか分からん仲間の人たちと推測したことでしかない。
たとえ、それが真実でなくても、今のところそれでやれてる。問題が起きてないんだ、恐らく合ってる部分があるか、ほぼ間違っていないのだろう。
「《呪縛体》は死んだ人間の負の感情や執着を
「……その
他にも聞きたいことはあるがとにかく今は『そういうモノだ』として話を進める。
「えっと……人が亡くなったときに強い想いや執着があるとその感情や恨み、執念が『呪いとして現世に縛られる』状況を《呪縛》。その後、それらが果たされた
「……呪い……。つまり今の状況で言うと、明日川さんが呪われてるってことになるのか?」
誰に?なんてアホらしい事は言わない。
明日川さんに執着するとしたらアイツ……、クソ大学生こと牛倉だろうな。
「はい、恐らく。そして明日川先輩を……殺す事で《呪縛体》として完成
「あ?なんだって?その言い方じゃまるで誰かがわざと……明日川さんを狙わせてるような言い回しじゃねぇか」
誰がそんな……。
「《
……なんだその物語に出てくるような分かりやすい『悪役かくあるべき』みたいな奴らは。
「……つまり、今の状況は……《呪縛師》とやらが《呪縛体》を作るために明日川さんを《呪縛》に狙わせてるっつーことか?」
「はい。簡単に言うとそうなんだと思います。師匠や私は……と言っても私は師匠ほどハッキリとは見えないんですけど、《悪魔》の姿が見えます。見えない先輩にアレが見えたのなら、まず間違いなく《呪縛》もしくは《呪縛体》だと思います」
……そもそもなんで《呪縛体》とやらが必要なのかも、《呪縛体》があれば何ができるのかもわからない。
けど、今ソレを聞くのが先決とは思えない。
「私がもっと早く気づくべきでした。すみません」
ミナカミは凹んでる。
……あんなことがあった後だってのにこうやって反省できるなんて気丈すぎるやつだ。
「悪いのはお前じゃねぇだろ」
俺は意図せず、柄にもなく自然にミナカミの頭に手を当てて慰めるようなこと言ってしまった。
「慰めてくれるんですか?珍しいっスね」
俺が年上と話す時の口癖をイジるように真似してミナカミは笑った。
「イジんなよ。……とにかく、《呪縛師》とかいうヤツが敵なんだな。俺の仕事はそいつを見つけて殴り殺すことだってわけだ」
それが叔父から俺に託されたであろうタスクなんだろう。
「いや……殺すのはヤバいですよ」
「じゃあ殺さないように百回ブン殴る」
「いや、先輩がそんなに殴って死なない相手いないですよ」
「……じゃあ十回」
「………………回数なんですか?」
ミナカミの本気で呆れた口調に我に帰る。
「とにかく……誰を敵に回して、誰の先輩に手出そうとしてんのか思い知らせてやんねぇと気がすまねぇ!」
「たぶん、近くにいるはずですけど分からないことが多いので気をつけてくださいよ!」
最近、悪魔だのなんだのってバケモンばっかと闘ってたから人とやるのは久しぶりだな。……郡里くんとやり合った……けどあの人もバケモンだからノーカンだな。
「怪しいヤツいたらとにかくブン殴る」
「……間違えたら普通に逮捕されそう」
「……じゃあどうやって見分けんだよ」
「素直に師匠に聞きにいきましょう?」
……たしかに。
ミナカミと二人、同時に車を出て叔父を探す。
明日川さんの家の速報も裏も……どこにもいない。
深夜の住宅街、大声で呼びかけるのも憚れる。
「……電話してみましょうか?」
俺は嫌な予感がしたので叔父への電話はミナカミに任せて俺は明日川さんのほうへとかけた。
「…………繋がらない」
「こっちもです」
俺たち以外の人の気配もない。
遠くで車の音がして、それは近寄ってくるようだった。
「くそっ……!考えろ、考えろ」
口に出して自分を追い詰める。
可能性として一番高いのはあの『明日川さんの父親』が偽物で、ヤツが叔父を攫った。
その前に明日川さんも攫ってた。
「……どこにっ?!」
なんの手がかりも思いつかない。
「……先輩」
ミナカミの絞り出したような声に俺は返す言葉を持たない。
「先輩!」
「お前なぁもう遅いんだから……」
「《桜間の猛獣》だなんて大仰な二つ名を冠する割には存外、常識的な振る舞いをするのだな」
ミナカミに再度呼ばれて振り向いた先には黒い左ハンドルの車から降りてきた蘇我の姿があった。
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