第29話 目は口ほどに物を言う


「どうだった?」

 叔父はなんだか微妙に湿っぽい雰囲気で訪ねてくる。この暗さだ、ミナカミの涙で腫れた目元に車内の叔父が気付いたとは思えない。


「……」

 ミナカミは当然、何も言わない。推して知るべしだろう。

 代わりに俺が説明するのも何か違う気がするし、少なくとも当事者であり被害者であるミナカミの前でそれを語れるほど俺の肝は据わっていない。


 叔父も返ってこない返事になにか察した様子で車内には静寂がうるさい程満ちていた。


『先程……が確認……組の……』


 ラジオと先程から降り始めた雨が騒がしい。


「……母が――」


 静寂を嫌ったのか覚悟が決まったのか分からないが、ミナカミが険しく結んでいた口を開いた瞬間だった。


 ブブッブブッブブッブブッ――。


 ズボンのポケットに入れてたスマホが空気を読まずに震える。

 ――こんな時間に電話?


「……気にしないで、どうぞ出てください」

 ミナカミに気を使わせてしまった。

「悪いな」

 俺はそう言ってスマホの画面に視線を落とす。


 《明日川さん》


 はぁ?なんで明日川さんがこんな時間に電話かけてくるんだ?まだ日は跨いでいないが……そうか、受験生だから遅くまで勉強でもしてんのか。

 

「……お疲れっス」

『アマちゃん、起きてた?寝てたらゴメンね』


 電話の相手は明日川さんで間違いなさそうだが、なにやらいつもよりテンションが低い。

 

「いや全然大丈夫っス。どうしたんスか?珍しいっスね電話なんて」

 明日川さんから電話なんてバイトしてた時ですら数えるくらいしかなかったはずだ。


『うん。……ごめん……。やっぱなんでもない』

「えぇ?なんスかそれ。俺そういうのむっちゃ気になるタイプだからやめて欲しいんスけど」


 何を今更、言い淀むことがあるというのか。



『……アマちゃんの叔父さんってさ、《霊媒師》なんだよね?』

「え?」


 ……予想外の話題に一瞬、頭が追いつかない。まぁ確かにそんな話をした記憶はあるが、なぜ今になってそんなことを?そもそも俺がその話をした時、《インチキ霊能者》とか《インチキ占い師》みたいな説明の仕方をしたはずだ。


 今は《インチキ》とは付けないが、当時の……何も知らなかった俺は……。


『…………やっぱり忘れていいよ。こんな時間にゴメンね』

「もし本当に叔父の力が……オカルト的なことで悩んでんなら言ってください。恥ずかしい事じゃないっすよ。俺は少なくとも明日川さんを信じます」


『ふ……ふふっ、……なんかアマちゃんっぽくないね。……なんて言ったら失礼かな』

「かもしれないスね。俺は気にしないけど」


 というか、らしくない。という評価は正解だろう。

 ついこの間までの俺ならこんな風に聞き出すようなことはせず『まぁ後日あれだったら事務所きてみてくださいよ』とか言って終わらせてたと思う。


 でも、今は違う。


「……教えてもらえますか?」

『アマちゃんが……そこまで言うなら……』


「あっ、実は今俺、叔父の車に乗ってて叔父が隣で運転してんスよ。スピーカーにしてもいいっスか?そっちの方が話早そうなんで」

『え?!あぁそうなの?うん。じゃあお願いしようかな』


 俺は耳からスマホを離し、スピーカーボタンを押す、一方通行とはいえ俺の会話を聞いていた叔父は無言で頷いて車を道路の端に寄せて停めた。


「こんばんは、高虎の叔父です。えっと明日川さんは高虎のバイト先の先輩、なんだよね?」

『あっはい。はじめまして、私は高虎くんとバイト仲間で同じ中高に通ってた明日川です』


「同じ高校って事は私の先輩でもあるんですね」

「あぁ見たことあるかもな」

  

 ミナカミと明日川さんはキャラが違いすぎるから接点はなさそうだが。


『え?女の子の声?』

「あー、言い忘れてたっス。すんません、ちょっと後輩も同席してて」

『後輩?アマちゃんって後輩の女の子に手出すタイプだったっけ?私が受験で忙しくしてる間にずいぶんキャラ変わったねぇ……』

 なんだか含みのある言い方だな。


「手ぇ出すとかそんなんじゃねぇーっスよ。叔父の知り合いっつーか、……って何、言い訳してんだ俺。もういいっスわ、本筋に戻してください」


 困って叔父の方を見ると何やら叔父はニヤニヤしてコチラを見ている。ムカついたので睨みつけると「はいはい」とでも言い出しそうなそぶりでスマホを持ち上げた。


「こんな時間に電話するって事は今まさに、困ってるってことなんだよね?僕とこの子、水上さんって言うんだけど、僕らはその道に一家言あるから『今困ってる事』について教えてもらえる?」


『あっはい。すみません、脱線しちゃって』

「いいよ。気にしてないから」

 

 俺は気にするけどな。


『今、もなんですけど……ここ数日ずっと誰かに気がしてならないんです。普段なら気にしないんですけど……最近、その……色々ありまして……』


 明日川さんの言う色々とは牛倉うしくらの事で間違いないだろう。

「明日川さん、叔父は警察の一部と協力関係にあって《牛倉の不審死》について知ってます」


 俺は共有情報を更新するべく叔父の持ちあげたスマホに向かって話しかけた。


『え?あっ、そうなんだ。凄い……』

「つまりあの事件のせいで不安になっているから気のせいかも知れない。ってワケですね?」

 叔父は俺とミナカミの方へ目配せした。

 

『はい。今も……今も誰かが視てる気がして……』


 俺とミナカミが無言で頷くと叔父は車のエンジンを点けた。

「今、僕らは外に出てるのですぐに向かえます。行っても平気ですか?」

『え?本当ですか?!……あっ、でももう時間も遅いし気のせいかも知れないのに……』


 弱気、らしくない。

 いつもの明日川さんと違い自信がなさそうで弱々しいのは本当に疲弊しているか怖がっているからか。


「……もう向かってます。着き次第連絡しますんで、いったん切りますね」

 叔父から返されたスマホのスピーカーモードをOFFにして俺は一方的にそう告げた。

 事実、叔父は『平気ですか』と聞きながら既に返事を待たずUターンを始めていたのだ。


『ありがとう――』

 通話の終わり間際にそう聞こえた気がした。


「場所はわかる?」と叔父に訊いたところ「久留間さんから《不審死事件》の相談受けた時に地図で見たから多分わかる」とのことだった。


「それにしても……どう見る?」

 叔父がどちらにでもなく訪ねた。

 どうみる?とは『どんな悪魔でどんな能力を持っているか』と言ったところか。


 視線を感じる。というのならやはり人型?なのか。

 

「そもそもなんですけど、明日川さんって人は《見える人》なんですか?」

 ミナカミが後部座席から軽く身を出して俺に話しかけてくる。


「たぶん見えないと思う。そういう感じの話題は今まで話した事なかったしわからないけど」

「高虎が俺を《インチキ》扱いしてるのを聞いて怖くなって話題を避けてたとかじゃなくて?」

「……しゃあないだろ。実際、俺は二人と違って見えないんだから」

 

「先輩の、見えないのに触れるって不思議な話ですよね」


 確かに……。

 霊的なあれってどっちかと言うと《見えるけど触れない》が基本なはずなのに。


「ウチって実は割と《見える家系》なんだよね。姉も多少見えてたっぽいし。だから高虎は……その力が触れる方に全振りしちゃってる感じかのかなって」

 

「え?そうなんですか?!」

 なんで俺よりミナカミが大きなリアクションで驚くのだ。


「知らなかったな。母さんがそうだったなんて」

 

 ……そうか見えていたから、俺を庇って、覆い被さるように……。

 いつだったか医者が言っていたのが聞こえてきた事があったが『お母さんのおかげで即死を免れた』って話は意図的なものだったのか。


 母は強しだっけ?……すげぇな。

 俺は遅ばせながら亡き母に想いを馳せる。

 色々と誤魔化して生きてきて、あんまり母のことと面と向かって向き合って来なかったな。


 落ち着いたら墓参りでもするか。

 

「僕に色々と教えてくれたのは僕の祖父なんだよ。高虎にとってはひい爺ちゃんにあたる人だね」


「……マジか」初耳だ。

「ひいお爺さん……そんな昔から……」


 俺より良いリアクションしてるミナカミが気になったが、もしかしてコイツ無理にテンション上げてるのか……?

 あんなことがあった後だ。そりゃそうか。

 落ち込まないよう気遣ってくれてんだな。


「あのさ、話変わって悪いけど……。二人ともごめん、早く帰りてぇだろうに付き合わせて」

 俺は窓の外を降る雨を眺めながら謝った。

 素直に二人に身体を向けて謝れるほど大人じゃない自分が少しだけ歯がゆい。


「俺は気にしてないよ。仕事だからね。……聖奈ちゃんはゴメンネ?付き合わせて」

「いえ、これは私の使命だと思っていますから!全然気にしていないですよ」


「ありがとう」


 自然と口にした言葉を最後に何故か車内は静寂に包まれた。

「……なんか言えよ恥ずかしい」

 俺は横を向くのをやめて二人の方へ身体を向ける。


「「…………」」

 二人は何も言わず、驚いたような嫌がるような……汚物でも見るような目で正面を見ていた。


「……なにがあんだよ――」


 俺は正面を向いた……ことを後悔した。


 


 目、目、目、眼、眼、眼。

 目、目、目、眼、眼、眼。

 目、目、目、眼、眼、眼。

 目、目、目、眼、眼、眼。

  

 

 人の眼球が山のように空中を埋め尽くし、いつの間にか着いていた明日川さんの家を囲い、穴が開くほどそれを見つめていた。


「……気持ち悪っ!」


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