第28話 師匠って呼ばせるのはちょっと違くない?
「なんで……」
なんで乗っかってくるんだ。
僕はそう言いかけて言葉を止めた。
サンタクロースを信じている子どもに『君の親がそうだ』と無慈悲に現実を突きつけて笑うような下卑た人間性を僕は持ち合わせていないから。
……まぁサンタクロースと違って本当に《いる》ってのが今、問題なわけなんだけど。
「なにか失礼なこと考えてませんか?」
ジト目、というのが一昔前に流行ったが、まさか自分が現実でされる日が来るとは。
「とりあえず、ここは専門家の僕に任せてくれないか?君に何か起きたら僕は責任取れないからね」
「子ども扱いしないでください。私だって闘えるんですよ!魔法小――」
「――魔法……?」
魔法――のあとがゴニョゴニョと言い淀んでいたせいで聞き取れなかったが、この子は今、魔法って言ったか?
おいおい、おいおいおいおいおい。
なんてこった、重度の厨二病確定じゃないか。
どうしてこうなるまで放っておいたんだ!と思わず叫びたい気持ちを自制する。
《見えない存在》を相手にする生業に生きる僕が言えたもんじゃないかも知れないが……魔法だって?
そんなもの今まで見た事ないぞ。
魔法か、たしかにそんなものがあれば良いな。本当にあるのなら僕の仕事も捗ること間違いなしだ。
「……信じてませんね。もういいですよ。というか、アナタ本当に見えてるんですか?……怪しいです」
「君こそ……って言い合ってもしょうがない。……そうだな、せーので《アレ》の居場所を指差して『どんな見た目』か言い合わないか?そしたらわかるだろ?本当に《見える》のか否か」
自分が嫌な笑顔を浮かべているのがわかる。子ども相手に
でも仕方ないんだ。こうしてる間にも甥の取り調べが終わって警察署から呼び出される可能性が僕にはあり、そうなったらすぐにでもここを離れなきゃならない。
そしたらきっとこの少女は喜んで先へと進むだろう。
……僕の見立てた所によると《アレ》に害意は無さそうだけど、問題はそこじゃない。こんな深夜に一人、出歩いてる少女をこんな場所に置いて離れるなんて選択、大人として選べない。
「わかりました。確かに、それならどちらが本物か、分かりますね」
少女は合意した。
……勝算があるのか?
「「せーのっ」」
初対面とは思えないほど息の合った掛け声の後、僕と少女は全く同じところを指差した。
「女性、お腹が大きいし、妊婦さんかな。が、浮いてる。敵意はない……と思う」
「人型っぽい《悪魔》がこっちを見下ろしながら……え?妊婦?」
僕らはお互いに目を見合わせる。
少女はきっと『本当に視えてるんだ』とでも思っているのだろう。
僕の場合はそれと別に《視えてはいるが
「……意外と思うかも知れないけど。僕にはアレが
「……めいりょ?」
中一に使う言葉じゃなかったか?
それとも単純にこの子が……。
「……あの……。オジサンは、魔法使えるんですか?」
どうしたらそんな純粋無垢な表情をして疑問を投げかけられるのだろう。それじゃまるで《魔法》が本当にあるみたいだ。魔法を知らない僕がおかしいみたいじゃないか。
「申し訳ないけど、僕は魔法なんて見たことも聞いたこともないよ。物語の中だけさ」
「あ……やっぱり。オジサンは《魔法少女》になれないですもんね。……ならどうしてオジサンは悪魔が見えるのですか?」
また《悪魔》って言ったし《魔法少女》とも。
きっと彼女の中で設定が固まっているのだろう。
……あの姿がキチンと見えていれば《悪魔》だなんて呼ぼうとは思わないだろうが見えていないものは仕方ない。
「……物心ついた頃からずっと視えてるよ。それこそ幼稚園とかそのくらいの頃からなんだけど、君は違うみたいだね?《見える人》の知り合いは何人かいる。けど、誰一人として《魔法》だなんてものを口していた記憶がない。みんなただ見えて……視えてる
少女の顔が曇っていく。
それはまるで味方だと思った人に裏切られたかのような……。いやこの少女からしたらまさにその通りなのだろう。
「……もしかして《見える人》と会うのは初めて?」
「……」少女は小さく頭を動かした。
力のない肯定を引き出したことを僕は後悔した。
この子は昔の僕と同じだ。
自分が見えてるものを信じてもらえない、あの虚しさを、寂しさを、悲しさを僕はいつから忘れてしまっていたのだろうか。
そう思うと激しい自己嫌悪に陥りそうになる。
「……ごめんなさい」
僕は年端もいかぬ少女に頭を下げて謝る。
「え?ちょっと……やめてください」
見知らぬオジサンに謝られた少女は困っている。
そりゃそうか。まず何について謝っているかも分かってないだろうし……。
「信じるべきだった。君が魔法を使えるということを……、なのに僕はいつの間か子どもの頃嫌だった大人になっていたらしい。……だから謝ります。ごめんなさい」
「よ、よく分かんないですけど、もう良いですよ。嬉しくないです。謝って欲しいとも思ってないですし。……ただ、オジサンも魔法が使えるなら『師匠』になってほしいなって思っただけなんです――」
……師匠。
師弟制度みたいな形式でやってる人たちに覚えがないわけではないが……。アレはかなり特殊な人たちだし紹介するのはやめておいた方が良さそうだな。
「師匠っていうのはちょっと嫌だけど……一応、僕の知ってる範囲で良ければ教えることはできるけど――」
「――ほんとですか?!」
凄い食いつきだ。
「で、でも、あれだよ。……あくまで全部推測の域を出ないよ?科学的に立証とかできないことだからね。あくまでも、『だと思う』とか『なんたらって言われてる』ってレベルの話で……」
「それでも構いません!」
……大丈夫か、この子。
さっき会ったばかりの大人を信用し過ぎてる気がする。変な大人に簡単に連れて行かれたり……この場合は僕がそれか……。
「……君がさっきから悪魔って呼んでる《アレ》の総称はとにかく色んな呼び方があって一枚岩じゃないんだ。『
ちなみコレは僕が《お客様》にそれっぽく見せる手段として使っている呼び方でもある。
「ソウル……?でも私は、ラクちゃんから《悪魔》って言われて――」
「――ラクちゃん?」
「はい。ラクちゃんは私を《魔法少女》にしてくれた使い魔で――」
「……つかい――」
ブブブブブッ!!
ポケットに入れてるスマホが鳴った。
《桜間署》
画面に映った文字を見てすぐに応答する。
「……はい天城です。……はい。はい。わかりました。……ええ、すぐ向かいます」
端的にいうと取り調べが一旦済んだから甥を迎えに来いという内容だった。
電話している間、律儀に待っていてくれた少女に僕は訊くべきことがあったことに今更気がついた。
「……えっと、なんて呼べば良いのかな?」
「はい。私は水上聖奈です!中一です!師匠!」
は?
「……えっと、僕は別に君の師匠になったつもりは……」
「え?違うんですか……?」
「……ごめん。ほんとごめん。とにかく今は行かなきゃならない場所があるから後日、連絡するよ。これ僕の連絡先!」
僕はポケットから財布を出しその中に入れていた名刺を少女に手渡した。
「《天城相談所》……天城師匠!あの……妊婦?の悪魔はどうすれば?」
「彼女はまず間違いなく無害!!こうしてずっと二人で目の前にいても何もしてこなかったろう?だから絶対平気!放っておいて!明日にでも僕がなんとかするから!」
「……わ、わかりました!あの!師匠!!これからよろしくお願いします!!」
「うん、よろしく!君も今すぐに帰るんだよ!絶対だよ?!」
廃ビルを出て急いでパーキングに向かう僕に少女は頭を下げていたのが振り返らなくても分かった。
甥だけでも面倒見切れていないのに不意にできた《自称魔法少女》の弟子……。
僕に何ができるんだ?
とにかく、彼らに見せる背中は大人のそれでなくてはならないだろう。
……
いや、そういう事じゃないな。
うん。でもやっぱり変えよう。
僕は警察署へと向かう車内で必死に一人称の変更を練習することにした。
もしかしたら意味なんてないかも知れないけど、人の親でない僕の思いつくことなんてこんなもんだって許して欲しい。
天国……にいるはずの姉に申し訳なく思う――。
――――現在――――
――その後、聖奈ちゃんから連絡が来て会った所、彼女がマジのガチで魔法を使える《魔法少女》であると知り、そしてあの《キングスモール》事件の日に選ばれたことを知った。
そして、彼女と高虎を出来るだけ合わせないように調整し、二人の心に負った傷の回復を時間に任せて見て見ぬフリをしたんだ。
勝手に二人を子ども扱いして、甘く見ていた
子どもの成長が怖いんじゃない。
同じ時間を過ごしているはずなのに何も変わらない自分が怖いんだ。
「俺が、二人に何をしてあげれるのだろうか」
そんな事を考えていると高虎から迎えにくるよう連絡があった。
「つまり、聖奈ちゃんは無事……だったのか」
高虎は短文しか寄越さないので詳細がわからない。
通りから住宅街へ入る道で急に人が車道へ飛び出てきてぶつかりそうになる。
「あぶねぇだろ!!どこ見てんだゴラあ!!」
上半身裸の……刺青をしたスキンヘッドの男は車のボンネットを殴りつけながら恨み言を発して走り去っていった。
「なんだってんだ……。そもそも飛び出てきたそっちが悪いし、俺はブレーキ間に合ったのに……」
男の姿が完全に見えなくなってから俺は小さく悪態をついた。
しかしほんとになんだったんだ、異様に背後を警戒していたけど……背後なんてただの住宅街……。
……聖奈ちゃんの家がある住宅街。
カタギに見えない半裸の男がそっちから逃げるように出てきた。思い返してみると男は怪我をしている風にも見えた。
「……思い違いだといいんだけど」
俺は嫌な想像を頭に浮かべつつも二人の無事を願い、ハンドルを握り直した。
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