第27話 魔法少女との邂逅


「ちょっと!天城さん!」

「黙って聞いてたらアンタねぇ……」

「保護者としてそれはどうなのかと思いますよ?」

 

 高虎を抑えつけている警察官たちは僕が高虎へ『やり返すな』と大人らしい見解を述べなかった事にお怒りのご様子。 

 

「……いえ、コレはその別に闇討ちしろとかそう言う話じゃなくてですね…………」

 三十超えて警察から怒られる日が来るなんて思ってもみなかったので思わずしどろもどろになってしまう。


「『やり返し方』ねぇ……」

 

 警察官たちから注意、説教を受けている僕を無視して高虎はなにやら思案に耽って邪悪さすら感じさせる笑顔を浮かべている。

 

 マズイな。もっと具体的に言うべきだったか。

 

 高虎は姉の《暴力》と僕の《陰湿さ》そして……以降、手に入れた謎の超能力超回復がある。

 本気で高虎がそれらを行使して悪事を働いたらどうなるのか想像もしたくない。


「天城さん、ちょっといいですか」


 知らぬ間にホストクラブから出てきた久留間さんが僕の元へと寄ってきていて肩を叩かれた。


「向こうで話せますか?」

「……ちょっと失礼しますよ」

 警察官たちはまだ説教し足りなそうだが中座し、久留間さんの元へと向かう。


「これは内密にしておいて欲しいんですがね。この件、どうやら甥御さんについては大ごとにならなそうです」

 

「え?!!」

 僕は思わず驚きの声をあげてしまう。

「ちょっ!静かにっ!」

「あっ、すみません。……それは何故ですか?」


 なんて訊いたが、実のところ理由なんてあまり気にしてない。

 流石にコレだけの騒ぎになると《鑑別》か《年少》は確定で下手したら……。と考えていたから今はただ、高校を卒業出来なかった姉が言っていた『高虎には高校を卒業してほしい』と言う《願い》を叶えられそうで自然と笑顔になってしまう。


「実はね……。ここのホストクラブ、違法ドラッグと未成年者の雇用、そして児童売春の可能性がかなり高くてですね……」

 おぉ……。

 おおぉ……。

 相変わらず、この街は治安が悪いな。


「つまり高虎のおかげでそれらが摘発できた、と?」

「……そこまでは言いませんし、言いたくないですけど……結果だけ見れば、そう言っても過言ではないでしょう。これらを手土産として上に掛け合ってみますよ」


 久留間さんがヤケに頼もしい背中を見せて高虎に乗っている警察官たちの元へと向かった。


「……ふぅ…………」

 なんだか力が抜けてアスファルトの上に座り込んでしまう。


 向こうを見ていると制服の警察官たちが渋々、降りて何処かへと向かったのが見えた。

 ようやく警察官が退いたあと、高虎は起き上がると大きな欠伸をして興味なさそうな顔を隠さず久留間さんとなにやら話している。


 僕も立ち上がって高虎のところへと向かう――。


 ――その時。

 視線を感じた。


 人から見られていたとて感じることはない、刺すような視線。

《人ならざるナニカ》がコチラを覗いている、あの感覚。


「今じゃなくても良いだろうが……」

 

 僕の中の計画じゃあ、これから高虎を連れて遅めのメシでも食いに外食して、そこで親交を深めて『今まで迷惑かけてゴメン。俺これから心入れ替えてちゃんとするよ!』とかなるはずだったのに……。


 視線の方へ向くと『遠くて細かい部分まで見えないはずなのにハッキリクッキリと見える』ナニカがいた。

 メガネを外してもボヤけて見えなかったら怪異。なんて某匿名掲示板に投稿されていたが、まさにそれと同じ。


 何かするでもなくジッとコチラを見ている。

 コチラが視えているのも分かっているのだろう。


「んで、はどうすんの?俺はとりあえず取り調べ受けなきゃなんねぇから署まで行かなきゃならないんだけど……何見てんの?」

 久留間さんとの会話を終えた高虎が寄ってきていたことに話しかけられるまで気づけずに明後日の方向を見ていた事で変な目で見られた。


 僕と違い高虎は『視えない』のだから仕方ないが、僕の扱いがぞんざいなのは彼からすると僕は『インチキ霊媒師』とか『詐欺まがいの占い師』だとおもわれているからだろう。


「ん?あ、あぁ、うん。じゃあ取り調べ終わるまでテキトーに時間潰してるわ」

「……悪いね」


「あれ?そう言えば叔父さんって……」

 呼んだよな?と言い終わる前に高虎はパトカーへと乗せられていった。


 甥が警察に連行されていくのが都合がいいというのもおかしな話ではあるが、怪異が現れた今、情けなくもそうなってしまったのである。



 人が人を呼ぶせいで当事者たちは既にこの場にいないにも関わらず野次馬は未だ解散せずにいる。

 その人混みを逆行するように進むと《ナニカ》は等距離で離れていった。

 試しに後ろに戻るとまた近寄ってきて……付かず離れず同じ距離を保とうとしている。


 誘っているのか?

 どこに?なぜ?


 ……行ってみないことには分からないか。


 僕は一歩一歩、進む方向が正しいのか《怪異》に確認するようゆっくりと脚を動かす。

 

 怪異が離れると正解。 

 近寄ってくると逆。

 動かないと左右が違う。


 そんな風に意志を読みながら歩を進めていくと、案の定、嫌な雰囲気しかしない廃ビルへと誘われた。


「入りたくないな」

 想いが強過ぎて口から勝手に出てしまう。


 誰が好き好んでこんなイカニモな打ち捨てられた廃ビルに入るのだろう。


 パキッ!

 ……崩れたりしないよな。

 ただ歩いてるだけで何か踏んだ音が反響する。


 ……階段。

 登ってこいってことか……。


「……あのっ!」


「うわっ?!」

 背後から声をかけられて思わず飛び上がる。だって言うとこんな場所に《人間》がいるだなんて普通、思わないじゃないか。


「……す、すみません……。あの、ここは危険なので出て行ってもらえると嬉しいです」


 小柄な、外見だけで言えば小学校三年生か四年生くらいの女の子がビルの入り口側に立っていた。


 僕は両手を合わせて申し訳ないんだけど、と告げてから彼女に声をかけた。


「今の君のセリフは僕が言うものだし、言われるのは君だよ。小学生がこんな時間にこんな危険な場所に来るべきじゃない。」

 

 少女はムッとした表情を浮かべる。

「私は小学生じゃありません!中学生です!確かに背は低いけど、もう半年もせずに二年生になるんです!失礼ですよ!!」


 中一…………?

 つまり、高虎と一つしか変わらないというのか?

 それは流石に無理があるだろ。


 高虎はすでに大人と比べても大きい方。

 それに比べて、この子は……。

 

 なんと言えば良いものか。

 幼い……が、それ以上に何処となく《厨二》っぽさが見え隠れしている。

 ツインテール?に眼帯、腕にはちゃんとした場所で手当てされたとは思えない不恰好に巻いただけの包帯。


 イマドキはこういうのが流行っているのか?


「……なんなんですか?」

 無駄な考え事で頭がいっぱいになり何も言わずにいた僕を怪しんだ少女は睨むような視線を送ってきた。


「いやなんでもない、……中学生か、それは失礼した。申し訳ない」

「……申し訳……?まぁわかってもらえれば良いんですよ」


 ――何かが詰まるような違和感があった。

 けどそれが何かわからず飲み込む――。


「でも!中学生だからって、こんな場所に来るべきじゃないよ!しかもこんな時間!親御さん心配してるでしょ?」


 自分の口からこんな保護者っぽい、大人っぽい説教が出てくるとは。

 僕も知らぬ間に大人になってしまったという事なのか。


「心配……するわけないですよ。あの人が」


 ……少女は地面を見つめながら少し寂しそうにそう呟いた。

 あぁ……そうか。

 この子は背が低いんじゃない。

 身体が小さいんだ。


 寒くなり始めて、道ゆく人はコートを羽織っていると言うのに……この子の腕は包帯が見えてる。


 靴もよく見ると何年も履き替えていないのかボロボロになってる。

 暗くてよく見えないがきっと髪も……。


 《育児放棄ネグレクト

 そんな言葉が不意に頭をよぎる。


 勝手に少女の生い立ちを想像して、勝手に同情してしまう。

 そんな僕の失礼さに気がついたのか、少女は僕の横を無視するように通り過ぎていく。


「ダメだって!ほんとに危険なんだ!」

「……うるさいですよ。知ってますからほっといて下さい!」


 そもそもの話、こんな時間、こんな場所にこんな少女が何をしにきたんだ?

 ……風俗通りもある少し賑わった繁華街からさほど離れていない廃ビル。

 若い不良少年たちなら……酒、タバコ、ドラッグ、いくらでも思いつく。

 大人なら……後ろ暗い取引や性的なものなどもあるか……。


 でも、この少女はそれらとは繋がるとは思えない。


「なんだって君はここに入りたいんだ!?危険だって言ってるだろう!」

「それはコッチのセリフですよ!オジサンこそ何の用があるですか?!」


 くっ……。そうなるか。

 どうする?本当のことを説明するか?

 ……この少女は厨二っぽいから本当のことを話したら逆に食いついちゃうか?乗ってくるか?

 それは困るぞ……。

  


 ……いや、まてよ。

 普通に考えるなら、逆に本当のことを言っても信じてもらえない可能性の方が高くないか?

 現に、この少女と一つしか歳のかわらない甥の高虎は僕のことを《インチキ》と認識してる。


 きっとこの少女もそう思うはずだ。

 厨二とはいえ本気で信じてる人は流石に少ないはずだし、もしかしたら彼女は厨二ではなく……仕方なくこういう見た目をしてるだけかもしれない。

 

 かわいそうに……。

 俺がこの少女の親ならちゃんと毎日毎食健康的な食べ物を用意して、綺麗な服、サイズのあった靴も買ってあげるのに……。

 

 まあ、そうやったところで僕の元で育つと《猛獣》と呼ばれる不良少年が爆誕するんだけど……。

 

 と、に、か、く、僕のことを《頭のおかしなやつ》だと思わせて、ここは引かせよう。

 それが正解な気がする!つーか、それしか思いつかない!


「――僕は《天城相談所》っていうオカルト系専門の相談所を経営してる、天城だ。信じられないかも知れないけど……ここには一般の人には《見えないナニカ》がいて危険なんだ。だから出て行ってもらえると助かる」


 少女は僕の言葉を聞いてポカンとした表情を浮かべている。


 

 改めて自分の仕事が『こういう扱い』なんだな……と少し寂しくなっちゃった。でも……仕方ないよね。


「――まさか、アナタも《見える人》なんですか?」


 …………くそっ!

 乗ってきたかぁ。 

 

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