第37話 暴力装置


 《なにか》が空を舞い、壁の代わりに積み上げられた廃車にぶつかり、大きな音を立てて転がり落ち、なにやら人のうめき声のようなものをあげたのを聴いた時、私たちはようやくそれが人間だと気がついた。


 私と蘇我さん、そして敵である《シナモン》と呼ばれた女は三人揃って目を見合わせ困惑する。

 バリアの内側から動けない私たちと違いバリアの外で自由に動けるシナモンが『飛ばされてきた人影』に近寄り、「カルダァァ!!」と絶叫した。


 泡を吹いて痙攣しているのがカルダだと私たちはすぐに気がつけなかった。

 身体中の骨が折れたのか、関節がありえない方向に曲がっているし、顔は原型を忘れてしまうほど変形している。


 その外見はまるで《悪魔》のような……。


「酷い……」

「敵に同情……か。まるで素人だな」

「……分かってますよ。――あれ?……あれ?」

 さっきまで食い入る様にコチラを見ていた《怪物》と化した久留間さんの姿が見えない。

「……っ、分離した……のか?水上さん、キミはアレをどう見る?」

 蘇我さんが指を刺した方に目をやると、そこには力なく倒れた久留間さんと見たことのない《呪縛体》の姿があった。

「……ハッキリと見えてるので《呪縛体》ですね。恐らくですけど……アレの能力が『人間に寄生する』とかだったのかなって思います。そして、あの《呪縛体》と紐ついていた《カルダ》と呼ばれる男が――」

「――気を失った、もしくは死んだことで『能力』が解除されたと?……うむ。納得はできる」


 勝手な想像なので正解ではないかもしれないが、最も『それらしい回答』が出た気がした――。

  

 

「カルダ!おい!どうした?!なにがあった?!」


 シナモンは仲間のところへと駆けつける、が当然のように返事などない。「ゴポッボブッ」と泡を吹く音が聞こえただけだ。

 ……まだ息はあるみたいだ。


「おー!おー!おーっ!お前がさっき俺の電話に出た女か?!ソイツはどーみても男だし、あからさまに弱いから電話のヤツじゃねぇって推理したんだけど――どうやらあたってたみたいだな。安心しろー!俺は男女平等だ!男女平等にブン殴るぞぉ!」



 私たちの背後からそんな声が聞こえて振り返る。

 さっき先輩のスマホから聞こえてきたガラガラ声。

 天城先輩よりもさらに大きい、二メートルはありそうな身長に……ゴリラを彷彿とさせる四肢。

 ライオンを擬人化したような風貌の男性が腕をぶらぶら振りながらコチラへと歩いてきていた。


 ――笑顔が怖い。

 楽しいとか嬉しいとかじゃなくて《愉悦》とでも言えばいいのか、とにかく独特な笑顔が私にはとても怖かった。

 

「きたか」と蘇我さんが小さくこぼした。


「テメーか!カルダをこんな目に合わせたのは?!誰に何してくれてんだ、コノ田舎もんがぁ!!」

 

 天城先輩以上に致命傷といった感じでぐったりしたまま動かないでいるカルダを抱きながらシナモンは郡里先輩に向けて叫んだ。


「カルダって誰だよ?……カルダって誰だよ!!」

 

 郡里先輩は笑顔から一転、憤怒の表情を浮かべ大きく一歩前足を出し、前傾姿勢になった。


 その、あまりの声量に私と蘇我さんは耳を塞ぐ。

 なんでこの人いきなりキレたんだろう?

 郡里先輩とシナモンの間に挟まれる形になってしまった……。嫌だな。


「んで!?オメーラはどこの誰だこら!」

 矛先が急にコチラへきた。

「えっと、私は桜間東高校の一年で……」

 いきなりの展開に口が回らず自己紹介もうまくいかない。

「……桜間……東?……ウチの高校じゃねぇか。見たことねぇぞ?テメー俺に嘘ついてんじゃねぇか?!」

「あっ……その、私、一年で……今年入ったばかりなので……」

 なんなのこの状況?!

 なんで私が今こんなに詰められてるの?!


 助けを求めて蘇我さんに視線を送るが、蘇我さんはまるで汚物でも見るような卑下する目つきで郡里先輩を見ているし、敵であるシナモンはなにやら気絶しているカルダのズボンを弄っている。


「ああ?!一年?いっち年生?ってことは俺の二個下か?」

「……学年で言うと一個下で年齢で言うと三個下です。郡里先輩はその……二留年していると天城先輩から聞いていますので……」

「……?何言ってるかよくわかんねぇけど、分かった。んで?そっちのメガネオジサンは?」

「……私はまだ三十代だ」

「「え?!」」


 郡里先輩と被ってしまう。

「……水上さん、キミもかね」

 冷ややかな目が私を貫く。

「……ご、ごめんなさい!」

 思わず謝る私。

「で?オッサンはなんだよ。ってなんじゃこりゃあ!!パントマイムか?!!」


 蘇我さんに手を伸ばした郡里先輩は私の張ったバリアに触れて驚き大きな声をあげた。

「……いや、そのリアクションはおかしいだろ。パントマイムはキミの行動なだけで……まぁいい。私は蘇我、キミの大好きな警察官ってヤツだよ」


 蘇我さんはバリアによる《見えない壁》をペタペタと触りながら『パントマイムかぁ?』と一人楽しそうにしている郡里先輩へ警察手帳を見せる。


「お、お、お、オマワリだああ!?!」

 郡里先輩は後退りしながら叫び声をあげるので、私はまた耳を塞いだ。この人叫ばないと死んじゃうんだろうか。


「ちゃうんすよ!ちゃうんすよ!アイツは俺がやったわけじゃないんすよ!俺じゃないんすよ!……えっと都成……そうだ!都成のせいにしよう!そう!都成がやったんすよ!!」

「なんでそうなるんスか?!当たり前に売らないで下さいよ!俺な訳ないでしょ!あとその急に取ってつけたエセ関西弁はなんなんスか!?てゆーか何?!どういう状況?!」


 廃車の陰から都成先輩が顔を出して矢継ぎ早にツッコミを入れた。学校で見かけた時はもっと余裕がある落ち着いた印象の人だったのに今は大違いだ。


「……なんでお前がここにいるんだ?」

 

「アンタが連れてきたからでしょーが!!駅前で遊んでた俺を捕まえて!スマホ奪って勝手に高虎へ電話した挙句、アシがねぇからってここまでバイクの運転させて!女の子しか乗せたくねぇって言ってんのに……」


 とぼけた郡里先輩の言葉に都成先輩が熱くなり、最後は呆れた様子で肩を落とした。同情するほど見事なまでに振り回されてる。

 ……でも、都成先輩には悪いけど私たちはその郡里先輩のワガママな行動のおかげで光明が見えたかもしれない。


「くだらねぇ話で盛り上がってんじゃねぇよ!クソガキ共!お前らは終わりだ!終わりだよ!」

 カルダを抱えていたシナモンは立ち上がり、郡里先輩や私たちに向けて手に持ったスマホを見せつけた。


「テメーらがつまらねぇ漫才してる間に連絡いれたからな、ウチの本隊が動くぜ!お前らみたいなガキがどうにか出来るレベルの――」


 シナモンがコチラに絶望感を与えるであろう言葉を、意気揚々と高らかに言いかけた。いや、言い終わりかけた瞬間、郡里先輩が駆け出し、……シナモンの顔面をその拳で振り抜いた。


「なんだあの美――?!ってうおい?!アンタ何やってんだ?!」


 大きな打撃音、飛ばされ廃車に打ち付けられた衝撃音、遅れて都成先輩の絶叫。

「……彼は人間なのか?」

 蘇我さんが心底、不思議そうに訊ねてきたが、私はなにも返せなかった。

 

「女の人の顔面ぶち抜くってどんだけイカれてんだよアンタっ!?」

「コイツはあの天城を倒した女だぞ?これくらい無傷でもおかしくねぇわ。」

「はぁ?!んなわ……け――うお?!高虎?!マジかよ!おい!生きてんのか?!」

 都成先輩が倒れたままの天城先輩をようやく見つけて駆け寄った。


「……終わった……んですかね?」

「あの女、殴られる直前に、本隊を呼んだとか言っていたな。そう言う意味では終わってないかもしれんが……。ひとまず、ひと段落ついたと考えても問題ないかもしれん」


 私はずっと張りっぱなしだったバリア魔法を解除し、地面に座り込む。

「大丈夫か?」

「はぁはぁ……疲れてるだけです。……休めば治ります」スマホでどこかに連絡を取りながら心配そうに声をかけてきた蘇我さんに私は少し強がって答えた。


「本隊……本体?コイツらは結局なんだったんだ?ニセモノだったのか?……あの女、起きてこないし。本当に天城を倒したのか?」

「――郡里くん、そんなどうでもいいことより、こっちに久留間さん倒れてるっス!救急車呼ばなきゃなんねぇけど、呼んだらやべーっスよ!ポリも来るし……つーか蘇我?!ポリがいるじゃん?!」

 

「なに?!久留間さんが?!ヤバイな……俺今度捕まると退学になっちまうかもしれんのだが!?……くっ、でもあの女が言ってた《本体》とやらが気になってしょうがない……。……待とう……」

 

「待つわけねぇでしょ?!アンタ二人も、……生きてる……よな?もし死んでたら退学がどうとかじゃ済まないっすよ!マジで!!逃げましょ?!逃げるしか選択肢ねーっスよ!」


 天城先輩の息を確認した都成先輩は今にも逃げ出しそうだが、郡里先輩が渋っている。



「……あああぁぁ!!」


 天城先輩の声がいきなり聞こえて、その場にいて、意識のある全員がそちらを見た。


「アハっアハっ!アハっアハっアハっ!」

 不気味な、奇妙な、不可思議な、意味不明な……乾いた笑い声が辺りを支配した。


 声の主は……、天城先輩は誰の目に見ても《天城高虎》という人間のそれとは異なる異様な面持ちで立ち尽くしていた。

 

 

 

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