第25話 それぞれの在り方
『――県内における犯罪増加の影には暴力団とは違う存在がウワサされており――』
ラジオから流れるローカルニュースによると近年この辺りの治安が悪化しているらしい。
「……」
トントントン。
ハンドルを握る叔父の指が一定のテンポでリズムを刻んでいる。
変わらない信号への苛立ちからか、ミナカミを心配しているからか、はたまたニュースの内容についてなのか俺には分からない。
「ミナカミの家、よく知らないんだけど近いの?」
何度か電車で見かけたからウチから学校へと向かう間のどこか、だとは知っているが俺は未だに詳しい場所は知らない。
叔父は帰りが夜遅くなると車で家まで送っていたから知っているが。
「……もう着いたよ」
車で二十分かそこらで着いたが余り馴染みのない地域だ。
「あのアパートの二階。階段登ってすぐの部屋が
「うい。俺が行けばいいのね」
「よろしく。車止める場所ないからそこら辺周ってるね」
車から降りると少し寒く、冬が近い。つーか秋が短い。
叔父の指差したアパートの階段に足をかけると大きな音が聞こえてきた。
『誰のおかげで――』
怒鳴り声は壁に阻まれて正確に聞き取れない。
……仮に聞き取れたとしても決して気持ちのいい話ではないだろう。
俺は足取り重く階段を登る。
怒鳴り声と何かを投げるような物音が登りきった階段のすぐ横の部屋から聴こえてきた。
……はぁ。
『――ふざけんな!!』
絶賛喧嘩中……いや、さっきから叫び散らしている声は一人分しか聴こえない、電話口でブチ切れてるって可能性も……あるか?
呼び鈴を押してみると静かになった。
が、出る気配がないので再度、呼び鈴を鳴らすと足音が近づいてきて、扉が少し開く。
「はいはい!!静かにすればいいんでしょ!?何度も鳴らさなくても分かってるわよ!」
「あ?」
バタンっ!
と露骨に嫌味っぽく扉が閉じられた。
ミナカミとは似ても似つかない声。
おおかたミナカミの母親だろう。
話には多少聞いていたがマジでロクでも無さそうな雰囲気だな。
呼び鈴を鳴らす。コレで三度目だ。
「ウルセェな!!分かったって言ってんだろ?!偉そうにするなよクソが!」
「聖奈さんは居ます?自分、聖奈さんと同じ桜間東高校の――」
「――あ?聖奈?今ぁ忙しいんだよ!遊びに誘ってんなら別の日にしな!」
また扉を強く閉めようとしているのが分かったのでドアノブを強く握り、引く。
「ちょっと!何してんだテメー……ってデカっ!」
この初対面の人にいちいちデカいって言われるのホントめんどくせぇ。こちとら産まれてからずっと言われてすぎてリアクション取る気も起きねぇわ。
「デカいからって調子乗んなよ!クソガキ!」
デカい=調子乗ってる。って言う人マジで多いけど意味わからん。つーかどっちかと言うと世の中、背低いやつの方が……。やめとこう。
「桜間東高校の天城って言います。聖奈さんと約束があるんスけどいます?」
「……天城?……天城って
《天城
俺の母の名だ。
……どうやら知り合いらしいな。
いやこの人が勝手に知ってるだけか?
詳しく聞いたわけじゃないけど叔父の話を聞く分には『高虎と姉さんは似てるよ。二人ともいわゆる地元の有名人だし……』とかなんとか言ってたし。
「うぉい。いつまでやってんだ?いい加減、辛抱たまらんぞぉ!?」
の太い、オッサンの声が部屋の奥から聞こえた。
「……もういいだろ?客が来てんだ。ドアから手を離せ!」
「すぅ……。ミナカミぃぃ!!いるかぁああ??」
二十時過ぎの住宅街に響き渡るような大声で俺は声をかけた。
「うるっさ!うるさいんだよ!」
ミナカミ母(仮)はわざとらしく耳を塞ぎつつ悪態をつく。
「天城先輩?!」
奥からミナカミの声が聴こえた気がする。
「近所迷惑考えんかい!!」
部屋の中の扉が開き、大きなスキンヘッドのオッサンが上半身裸のまま出てきた。
分かりやすくカタギではない刺青だらけの男は俺を一目見て敵と断定したのか間髪入れずに近寄ってきて胸ぐらを掴んでくる。
「どこのガキじゃお前!?デカいからってイキがってんじゃねぇぞ?コラァ!」
と、胸ぐらを引かれて眼前で凄まれた恐怖から俺は反射的に手を出してしまった。
「あがっ……っ……?」
フラフラッと足元が崩れ壁にカラダをぶつけて倒れるスキンヘッド。
……恐怖からというのは実は嘘で。
中学時代、何度も同じような経験をしたことから半自動的に『胸ぐらを掴まれたら即右フックを打つ』というプログラムが身体に染み込まれているのだ。
どうせ胸ぐらを掴むほど激昂してる相手とは殴り合いになるのが確定してるわけだし……先手必勝。
「な、なにしてくれてんだ……テメぇえ!!」
ミナカミ母(仮)はなんかキーキー!騒ぎ立てている。
それを無視してスキンヘッドが出てきた部屋に入っていく……するとそこには無数のスマホがスタンドに固定されて置いてあった。
「先輩……」
蚊の鳴くような声で今にも泣き出しそうなミナカミ。刺青だらけの半裸のおっさん。カメラ代わりのスマホ。
「……そういうことか」
一瞬でイヤな想像が浮かんだ。
「もしもし!水上です!……」
ミナカミ母(仮)はどこかに電話してるらしいがどうやら警察ではなさそうだ。
まぁ俺の想像が正しければ警察呼ばれて困るのは向こうのほうだからな。
「……コレって……。」
と言いかけたがミナカミ本人に対して言葉にするのは違うか。
「……大丈夫……なわけねぇか。……間に合ったか?」
言葉を選ぶのが苦手な俺の頑張りを褒めてほしい。
直接的な表現を避けるとたぶんコレが精一杯。
「うう……」
ミナカミはついに泣き出してしまった。
……こんな時どうするのが正解か人付き合いから避けてきた俺には分からない。
つーか正解なんてないだろうな。
「はい!…………はい。……そうです。天城って名乗って……え?!なんでですか?!」
ウルセェな、あのババア。
「なぁミナカミさん。アレってアンタの母親だったりするのか?違うならウルセェから黙らせたいんだけど……?」
床に敷かれた布団の上で泣いてるミナカミを覗き込むように腰を落として訊ねる。
「……見ないでください」
今更気がついたがミナカミの服装は……少し乱れていた。
「……悪い」
何か羽織るものを……、と部屋の中を見渡す俺にミナカミは小さく、「あの人は私の母です」と答えた。
「チッ!マジかよ……。しょうもねぇな」
「クソックソッ!!なんなんだよ!」
スマホを投げるミナカミ母。
電話はどうやら終わったらしい。
「娘の体売るってテメー昭和脳が過ぎんだろ。平成すら終わってんのに頭イカれてんのか?」
いろんなクズ人間見てきたけど、なかなかに強烈な部類だぜ、コイツは。
「うっせぇ!うっせぇ!うっせぇ!!私が何しようと私の勝手だろうが!偉そうに指図すんなクソガキが!」
「ガキ巻き込んで言うセリフじゃねぇだろクソババア。どんだけ人として終わってんだお前」
……嗚呼、虚しい。
この手の人間はどれだけ言ってもどうせ聞いていないし効かない。理解しないし理解する気もないのだからコノ会話は完全に無駄だと分かっていると……虚しいだけだな。
「――――――――――」
ミナカミ母は身勝手な言い訳を必死に並べるが頭が理解を拒む。動物の鳴き声みたいなもんだ。
「警察呼ぶか?」
ミナカミに訊ねる。
「……」
ミナカミは何も言わず首を横に振る。
「だよなぁ……。唯一の家族だもんな」
ミナカミだって理屈じゃわかってんだろうな。
警察に連絡するべきって事くらい。
でも出来ねぇんだよな。
馬原兄弟の父が(自分の保身も兼ねているが)何度も子供たちの犯罪行為を揉み消したように、俺のバイトしてたコンビニの店長がバカ息子のストーカー行為を容認していたように……。
ミナカミも家族の犯罪行為に甘くなっちゃったんだろう。
「……賛成はできねぇけど理解はできる気がするよ」
この場合の被害者はミナカミであって他の誰でもないってのが前述の二人とは違うんだけどな……。
「何勝手に逃げようとしてんだ!どう落とし前つけんだよ!!この男は本物の!本職なんだぞ?!!」
ミナカミが「着替える」と言うので部屋の外で待とうと思い出ていく俺の肩を掴んだミナカミ母がそう言った。
俺はその肩を払い、気絶したままのスキンヘッドの身体に馬乗りになり、頬を数回叩く。
「う……うぅ……」
目を覚ました。
「おい、オッサン。いつまで寝てんだ。起きろコラ」
「イテェ……な。クソガキが……」
「クソガキじゃねぇよ。俺は天城高虎だ。知ってんだろ?知らねぇなら誰かに聞いてこい。ミナカミ家から手ぇ引け。じゃねぇと一生テメーは俺の敵だ。わかるか?」
目を覚ましたばかりのスキンヘッドは目を丸くしている。
「……天城……って《桜間の》――」
「――その変なあだ名で呼ぶな。嫌いなんだよソレ」
「……ちっ!……わかった……。手ぇ引く。……いい加減降りろ」
俺は言われた通り素直に馬乗りをやめて立ち上がりスキンヘッドに手を差し出し起き上がるのを手伝った。
「……クソガキが……。次俺の商売の邪魔したら殺すからな」
「はいはい」
ワンパンでのされても恫喝してくるとか流石に本職はネジが飛んでるわ恐ろしい。
「すみません……待たせちゃって。ひっ!」
ミナカミが着替えて出てきた。が、目の前に立つスキンヘッドの男を見て声を上げて後退りした。
「悪いなお嬢ちゃん。もうこねぇから安心してくれ。って俺が言うのも変か……。まぁいい。邪魔したな」
少し足元がおぼつかない様子のままスキンヘッドの男は上着を担いで出て行った。
その背中に俺は「一応言っとくと『次俺の身内に手で出したら殺すからな』」と声をかけた。
「……だろうな」
とだけ言い残し、振り返らずスキンヘッドの男は夜の住宅街に紛れて見えなくなった。
「……」
目の前で起きてることを無言で見ていたミナカミ母はまだ何も言わない。
「もう、帰らないです。勝手な幸せになってください」
ミナカミは自分の母親に向かって、そう言うと頭を下げた。
「……なにそれ、意味わかんない」
言い慣れてるな。
いるよな。何でもかんでも『意味わかんない』って言うやつ。
アホくさいな。
「先輩。行きましょう」
そう言って俺の腕をギュッと掴んだミナカミは震えていた。
それが寒さからじゃないことは分かっていても、どう返せばいいのか悩んで、なにも思いつかないまま叔父の待つ車が見えてきた。
『ギリギリセーフでしたよ』
「え?なんて?」
「何でもないです」
ちょっとだけミナカミは笑っていた気がする。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます