第23話 怪異病棟二十四時


 病室で布団を頭まで被り寝たふりをし、その時を待つ……。

 

「三、二、一……。」

 時計が十二時を指した。


 布団から抜け出し病院着から私服へと着替え財布とスマホ、鍵と……仮面を持って病室の扉に耳を当ててそとの気配に集中する。


 誰もいない……か。


 三十分前に確認した時は蘇我の命令で俺を監視していたであろう《青春警官》が扉の横にまだいる気配がしたが……。

 理由はどうあれ彼は現在、離席しているらしい。

 抜け出すなら今が好機。


 警官は居なくとも看護師にバレると厄介なので静かにゆっくりと扉を開いて頭だけを廊下に出し、左右を確認する。

 消灯時間の過ぎた病院の廊下は薄暗く遠くまでは見えないが、やはり《青春警官》は離席している。


 《――如何なる理由があろうと深夜零時から二時の間は病室から出ないでください。もしも出る場合は決して走らず、すぐに用を済ませて自室へと戻ってください。何を見ても騒がず、ゆっくりとお願いします。――》


 はぁ??……なんだコレ?

 

 前に来た時はこんな無駄に不安を煽る様な意味不明で不気味な貼り紙は無かった……はずだが?

 いつの間にこんなモノ貼られたんだ?


 最近……なんとも信じ難い話ではあるが、俺は《悪魔》だの《魔法》だのと直接、対面し一部とは拳を交わした。

 バカな田舎の不良やらバチバチに本職のヤクザやらと面識もあり過去に何度も本当に死にかけたし殺されかけた経験もある。

 イカれた刑事に拳銃?頭に突きつけられたりもしたな……。

 

 歳の割に修羅場は超えてきた自信がある。


 ……ってのに……なんで今更、こんな貼り紙や深夜の病院如きにビビらなきゃなんねぇんだ?


「クソっ……」

 思わず口をついた悪態が弱々しく響いて情けなくて……ちょっと笑えた。 


 病室の扉のすぐ横にパイプ椅子が置いてあるのが目に入った。

 さっきまでここに《青春警官》が座っていたはずだ。

 が、椅子に触れると冷え切っていた。

 いつから離れてる?

 ヤツは蘇我からの指示で俺を見張っていたんじゃなかったのか? 

 もし俺の予想通り『蘇我の指示』なら夜通し監視させられていてもおかしくない……もし違うなら、何故椅子が片されていない?

 実際、他の病室の前にはパイプ椅子なんて置いてない。


 …………というか異常なほど人の気配がない。

 異常で異様で廊下ココにいる俺の方が異質なのかもしれない。


「ちっ!とにかく出るか……」

 こんな不気味なところ、さっさと離れるに限る。

 廊下の壁にはには至る所にさっきの貼り紙が貼られている。

 

 ヒタヒタヒタ。

 床が柔らかいのか気持ち悪い足音が反響する。


 スタッフステーションの前で立ち止まり耳を澄ませるが……誰の気配もない。 


 いくら消灯時間を過ぎた入院病棟とは言え、ここは大病院。

 スタッフステーションには誰か居るはずだろ?

 

 ……いっそ、知らん人の病室でも覗いてみるか?


 ……いや、中に人が居たらめんどくさい事になる。

 却下だ。


 階段の前に立ち、俺は無意識のうちにズボンの後ろポケットに入れた下半分が欠けた仮面に手を伸ばしていたことに気がつく……。

「まさか……ビビってんのか?……俺が?……夕方の学校で一人になった時と同じだよ……。そうか、ミナカミが『人払いの魔法』とかいうの使って俺がこの病院から脱走しやすい様にサポートしてくれてるんだな?そうなんだろ?」


 俺は無意識ながら、この不気味な静寂を拒否する様に早口で一人言を並べていた。……背後から


 ヒタヒタヒタ。

 嫌味ったらしく響く足音が耳に入ってきた。

 ………………。

 ……おかしいな。

 俺は今、動いていないのに。

 誰の足音だろうなぁ……。

 変だなぁ変だなぁ……。

 

 

 


 ヒタヒタヒタ……ヒタヒタヒタっ!


 止まらないっ?!

 ……どころかコッチに向かって加速してる?


 急いでポケットから仮面を出して装着。

 音のする方へと振り返えると……。

「うおおおっ?!!」


 足音は止まった。


 ここが深夜の病院である事など忘れてアホみたいな声をあげてしまった自分の声だけがこだまする。


 腕はある。脚もある。頭もついてる……けど顔がない。

 

 空洞。


 薄暗くてよく見えないが……向こう側が微かに見える気がした。

 人型ひとがたはヤメてくれ!心臓に悪すぎる。


「……《悪魔》なんだよな!?」

 腰を引いていつでも階下に飛べる準備をする。


 ソレは俺の問いかけに応じず、ただゆっくりと近寄ってくる。

 つーか、口があるべき場所に穴が空いてんだから返事がないのは当たり前か。

 

 その歩き方に敵意とかは感じないが『害はない』という平和ボケした思考は棄てるべきだろう。

 《先手必勝》頭には浮かんでるし理解してるのに身体が動きたがらない。つーか近寄りたくねぇ。

 

《二つ頭の馬》も《八つ目犬》も不気味でキモかったが、ここまでじゃなかったぞ。

 マジで人型はヤメてくれ。悍ましすぎる。


《顔穴》はコッチが及び腰なのに気が付いたのかダッと駆け出して来た。

 ……が、その駆ける姿があまりにも人のソレと違い過ぎて……。


「キモすぎんだろ?!」


 と、子どものようなリアクションをしてしまう。


 ボゴッ!!


 ほんの一瞬だけ何が起きたか理解が遅れる。


 ガッ!ゴロッ!ゴロッ!ドスンッ!


 殴られた。

 全力で走ったであろう勢いを持って突っ込んできた《顔穴》の全力パンチを頬に喰らい、俺は階段に投げ出されたのだ。


 階段が何段あるかなんか知らないが、上から踊り場まで落とされ、背中、首、腰、脚、腕、肩に打撲のような痛みを感じた。


 が、頬には何の痛みも……違和感もなかった。


「んだよテメー!見た目だけで弱いのかよ!」


 またも夜の病院であることを忘れたバカな俺は少し大きな声を出してしまう、が《顔穴》は意に返さない。


 人に似た姿形ではあるが関節が弱いのかゆらゆらと揺れながらコチラを見下ろすだけだ。

 とはいえ、階段を降りたら着いてくる可能性も、また落とされる可能性も大いにある。


「かかって来んのか?来ないのか?こないならどっか行けよ!」

 ミナカミのいない今、俺にはコイツを弱らせる事はできても消し去る事はできない。

 

 まぁでも殴られた感じ、弱いし……。階段降りてこないならコッチから登ってボコってさっさと帰って叔父さん達に伝えるのが正解か?


 ……などと考えていると階上の《顔穴》が何か、人の声とは違う《音》を発し始めた。


『……おオオぉぉォオ……』


 不気味だし、気色が悪い。

 顔面に穴が空いてるのに……どうやって喋ってんのか、それが声なのかも分からない……。


 のに、なぜかソレが泣き声に聴こえた。


 鳴き声じゃなくて……泣き声。

 悲痛な叫び声。


『がえじでよぉォォおお』

 ヤメてくれ。


『なんでよォォおぉオオ』

 それはヤメてくれ。


『どうじで《私の》《俺の》《僕の》』

 言わないでくれ。


『大切な《家族》《大切な人》《恋人》《仲間》が死ななきゃならないんだよぉ!!!』


 どうやって発声しているのか分からないが《顔穴》は一度に複数の言葉を重ねていた。

 違和感しかないはずなのに……何故か、その不思議なこえを俺は普通に理解できる。


「もういい、ヤメてくれ……。それは、その言葉は俺に効くんだ。」

 

 わかる。

 

 ……俺も家族を失ったから。

「そうか、お前は近しい誰かを喪った……。の悲しみが顕在化した《悪魔》なんだな?」


 病院という場所はおそらくだが、現代社会において多くの人が亡くなる場所だろう。

 そのなくなった数より多くの悲しみが集まる場合もあるだろう。

 そういうモノが積み重なってコイツに成ったのかもしれないな。

 叔父やミナカミにも聞いてみないと分からないけど。


 俺は返事が返ってこない事を確信し階段を登る。

 《顔穴》は同じ言葉を順繰りに繰り返すだけでコチラに気を払っていない。


 階段を登り切り、その横に立つ。


 パチンッ!

 頬を叩かれる。


 痛くも痒くもない。

 心構えは出来ていたので驚きもない。

 でも、俺はコイツにやり返す気にならない。


 パチンッ……パチンッ、ボコッ、ボコッ……。

 ……さすがに鬱陶しいな。

「ウザいって」

 俺のことを殴ろうとした腕を掴み正対すると目の前に顔が来た。


「……は?」

 《顔穴》の顔は穴じゃなかった。

 暗がりでよく見えずにいたが、ここまで近くなってようやく気が付いたが……それは鏡だった。


 《顔穴》の顔の部分にある鏡に俺が映る。

 いや……、そうかコイツは《顔鏡かおかがみ》か。


 掴んでない方の手で俺を殴ってくる《顔鏡》。

 呪文の様に繰り返される言葉。


 過去の自分を見る様な異様な雰囲気……。

 もういいや。帰ろう。


 何で登ったんだろ?

 親近感……?

『置いていかないで』


 ……くそッ!マジで胸糞悪い。

 コレが『こうやって人を騙して喰らう悪魔』とかなら幾らでもボッコボコにぶん殴れるのに……コイツは過去の……俺でもある。


 気の迷いからか、俺はあの時……叔父がしてくれた様に《顔鏡》を優しく抱きしめていた。

「チッ!セリフまでは覚えてねぇわ……。なんて言っ出たかな……」


 考えても出てこない。

 もしかしたら叔父も別に何も言ってなかったような気がする。

 ただ、まだ今よりずっとガキだった俺を黙って抱いてたような。


《顔鏡》からの攻撃は止んでいた。

 たぶん今なら逃げても追いかけてこないだろう。

 

「……はぁ……。なんかドッと疲れた。もう帰るわ」


 返事が来ないのを知っているのに、無意味だと分かっているのに、俺はソイツに別れを告げた。



 

 中学時代、初めてこの病院へ搬送され脱走を試みた時、表玄関から出ようとしたが鍵がなく警備員に捕まったという経験をした。

 だから今日はそのまま二階まで降りたあと、非常口から外階段に出て脱出した。


「願わくば二度と来たくねぇな」


 病院のほうへと振り返り一人呟いた。

《顔鏡》の件は叔父とミナカミの二人に丸投げしよう。


 そんなことを考えながら病院のある丘から駅へと向かう道を下っていると見慣れた車が停まっていた。


 霊柩車みたいな形の車。

 叔父のボルボだ。


 この辺でこんな車乗ってんのウチの叔父か葬儀屋くらいだからすぐ分かった。


 コンコンッ。

 運転席側の窓を軽く叩く。


「ごめん。待っててくれたんだ」

「んがっ?!……おぉ無事逃げれたか……」

 お互い窓越しであまり声が聞こえない。


 俺が助手席の方を指さすと叔父が鍵を開けてくれたので車の中へ入るがエンジンを切っていたのでアホみたいに寒い。


「さっむ。外より寒いじゃん」

「車って金属だからなー。暖房も寒いわコレ」


 暖気が済むのを少し待ってから叔父は車を進ませた。

「……叔父さんさ、あの病院のことでなんか依頼受けたことある?」

「あるよ。事務所戻れば調査書あるけどー、見ないと正直わからんなぁ」

「覚えてないって事は危険じゃなかったってこと?」

「……一理あるな。ヤバいやつなら対処してるはずだからな」


「そっか」

「なにかあったのか?」

「……いや、別に?それより、寒いのにあんがと」

「?おう」

 

 家に着いたら『調査書』とやらを探してみるか……。

 

 一応……な。 

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