第22話 至って一般的な病室


「先輩――」

「高虎――」

「――しっ!」


 ミナカミの言葉を遮ってから何も言わない俺に業を煮やした二人が同時に俺の名前を呼んだ。

 

 叔父とミナカミに静かにするよう再度ジェスチャーを送る。手元にあったスマホの画面に『盗聴されてる可能性がある。あと盗撮もあり得る』と書いて二人に見せた。


「……え?……は?誰がなんのためにそんなことするんですか?」などと呑気にのたまうミナカミと違い叔父はすぐに察した様子ですぐに窓際に向かい自分のスマホをポケットから出した。


叔父『抜け出すか?』

自分『いや……多分、蘇我かその部下が張ってると思うから今、抜けるのは無理だろうな』

叔父『じゃあ、とりあえず払うもん払っておくから……夜かな?』

自分『うん。お願い&申し訳ない』

 

ミナカミ(魔法少女)『お互い目の前にいるのにメッセージで会話するのってなんか可笑しいですね笑』


「ふふっ」

 俺は布団に隠して、叔父は離れて別件の為にスマホいじってるフリしているのにミナカミは露骨にベッドの横で俺たち二人の顔を交互に見ながら笑った。


自分『お前露骨すぎな……』


「え?何がですか?」

 声に出すなよ……。

 

「はぁ……もういいや。本題は終わったし」

「聖奈ちゃん。今のはほら……ね?」


叔父『盗聴の可能性があるから作戦を聴かれないようにしてるんだから露骨にスマホで話し合いしてるのもバレないようにしないと!』


「……?な、なるほど……。すみません」


『魔法少女』とやらである事を除けば至って普通の女子高生なミナカミには荷が重いか。

「まぁ隠したい部分は隠せたから問題ないだろ。どうせ殆どバレてると思うし」

「うん。そうだろうね。……少なくとも後藤先生は高虎のこといい加減、素直に帰らせるとは思えないし」

 

 過去に何度かお世話になったが、その時もずっと人のこと切り刻ませてくれと懇願する変態ドクターだった後藤。

 中学生相手に人体実験させてくれなんて目輝かして言える大人がこの世界にどれだけいるだろう。

 

 ブレないから狂人なのか狂人だからブレないのか。


「蘇我……さんはどこまで?」

「うん。なにも知らないと思う。……久留間さんの話だと『危険分子』って扱いらしいからね」

 

『危険分子』……一応まだ未成年の俺にいきなり私物の銃突きつけてくる蘇我にはピッタリの表現かもな。

 この平和を自称する非銃社会で私物の銃なんて持ってる事がそもそも危険だし、あの行動に警察としての正義があるとも思えなかった。


 ……そもそもヤツはなにを求めてあんな事したんだ?

 ただの『イカれ』と判断するのは早計だったか。


「…………。あっそう言えば、あの犬は?」

「問題ないですよ」


 再三メガネの位置を直すミナカミが少しクールな感じで答えた。

「先輩が全然、公園に来てくれないので様子を見に行ったらヨレヨレのあく……ワンちゃんが居たので、私がしっかりとまほ……頑張って相手しました」

 悪魔とか魔法とか言っても後藤医師は信じなそうだけど……隠して損はないか。


「……なるほど。助かったよ」

「いえいえ、逆ですよ。私こそ助けられてしまいました。先輩はまだ素人なのに……」

「煽ってんのか?」

 無自覚っぽいけどソレは煽りだろ。

 ……ミナカミの白々しい表情をみるに意図的に煽ったなコイツ。


「まぁまぁ。二人ともがお互いのために頑張って成果が出たってワケだし。ね?」

「……まぁそう言うと上手くまとまった感が出るな」

 

「……『強いけど倒しきれない先輩』と『決定打に欠けるけど倒せる私』……いいコンビっぽいですね!コンビ名とか付けちゃいましょうか?!」


 なんでコイツ、テンション上がってんだ?

 魔法少女とか包帯がどうとか抜きにちょっと『厨二病』とかいう素質あるんじゃねぇのか。

 ……いや、違うか。


『魔法少女』として闘わなきゃならない立場になっちまったせいで他人と距離を置いてたとか言ってたな……。

 だから同世代とこうやって一緒になんかするの……久しぶりなのか。


「ん?どうした高虎、なんかしんみりしてないか?」

「もしかして……具合悪いんですか?お医者さん呼びますか?」


 コンコンッ!


 コチラの返事を待たず扉が開く。

「体調はどうだい?」

 白衣のオッさんが笑顔で入ってきた。


 

「テメー!マジで盗聴してんじゃねぇか、クソ医者コラ!」

「高虎!」

 叔父が保護者モードに入った。

 確かに俺の方が悪いのは認めるが今はそれどころじゃねぇだろ。

 

「盗聴だなんて人聞きの悪い……」

「盗聴……ですか?!」

 若い警官……。

 明日川さんの家の前で見た、あの『青春お巡り』が扉から顔だけ出してきた。


 蘇我に言われて待機していたのだろう。


 つまり……蘇我の手札は『弱い』。

 本庁から出向にきたのがいつ頃かは知らないが、蘇我は未だ満足いく交友関係を築けていないのだろう。

 アイツのあのキモ真面目な性格からすれば想像に容易い。


 もし蘇我が多少でもマトモだったら『もっとマシな警官』をここに配置したはずだ。それこそ気のおける腹心のような。


 でも実際ここに居るのは、こないだ警察学校を出たばかりの青くささの残る新人警官。

 蘇我は孤軍奮闘か?

 何の為に闘っているのかは知らんが。


「盗聴なんてするワケないじゃないですか。私はこう見えて、この病院で一、二を争う腕のある医者ですよ?」

「いえでも、さっき明らかにそう聞こえたので……」


 盗聴機を探して後藤医師をここで警官に突き出しても良いが……実際この人は優秀なのだろう。

 俺に……いや、俺の超能力に対する執着が異常なだけで……。

 

「とりあえず疲れてて眠いんで全員帰って貰って良いっスか?寝てぇっスわ」

 俺は『最低限の礼儀』だとか『言葉遣い』がどうとか説教をくれている叔父にアイコンタクトする。


 叔父はすぐに理解して保護者から元の顔に戻った。


「すみません、今は休ませてやりたいんで。ね?一旦全員出ましょう?」

「……仕方ない。一応、患者第一だからな」

 一応って付けるなよ。

「もし本当に盗聴されているなら被害届は出した方がいいですよ!」

 叔父に背を押される様に後藤医師と若い警官は病室から出て行った。


「それじゃあ私たちもコレで……」

「あぁ、ミナカミさん……ありがとな。あと叔父さん、心配かけたことと、ここの金……ごめん」

「ん?気にするな。俺は心配してなかったし、ここの金は高虎の『報酬』から引いとくから」


「…………報酬??」

 なんの?どういう?


「金曜日さ、お前が着替えに一度帰った時、相談者の人が来てたの覚えてるか?ちょっと地味目な女性と――」

「――ホスト崩れの男ね」

 覚えてる。……誰かは覚えてないけど、そんなのがいたという事は覚えてる。


「あの人たちが《犬の悪魔》について相談に来ていたらしいですよ。詳しくは聞いてないんですけど、あの人が《悪魔》発生に関わってた?らしくて」


 悪魔って普通に言ったな。盗聴されてるかもしれんのに……。

 まぁ………………多分、平気か?


「……その報酬が俺とミナカミに入ったと?」

「そういう事。ボクはなんもしてないからね。二人で折半してって感じ」

「なんと!二人で五十万!一人当たり二十五万ですよ!凄くないですか?!」

 

 ……いやいや、割とガッツリ命懸けでやって五十万は死ぬほど安いだろ。

 あのホスト崩れですら余裕で稼げる程度の……。

「って、よくそんな払ったね。あの手の男は金にガメついのに」

「お前の治る前の腕の写真見せたからな。こういう被害が出るレベルの怪異でしたって。そしたら素直に払ってくれたよ」


 …………おぉ……もう…………。


「そのおかげでようやくメガネ買えました!これでバッチリ見えますよー!それこそ先輩の顔も!」

 見えてなかったのか。

「……意外とさっぱりした顔だったんですね。もっとゴツいのかと思ってました」

「うるせぇ……帰れ」

「ひどいっ!」


「まぁまぁ……じゃあもう本当に帰るよ。面会時間過ぎちゃうし」

「うぃ。ありがと」

「……コレ」

 そう言ってミナカミは俺の《狐面》をベッドに置いた。


 顔の前面を全て隠す様な形をしていたはずだが、置かれたソレは下半分が欠けていた。


「破片探してくっ付けようと思ったんですけど……」

「見つからなかったと……。まぁ問題ないだろ。俺の場合は『顔を隠す為』ってより『アレらを見る為』に必要なワケだし。目元さえあれば」


「ボクもそう思うよ。一応、折を見て新しいの買いにおこうとは思うけどね」

「……助かる」


 そして叔父とミナカミは帰って行った。

 

「治ったんだからさっさと返しちゃえばいいのにね」

 体格のいい女性看護師が、来客が帰り静かになった俺の病室でそう呟いた。

「俺もそう思うっス」

「大袈裟なのよね。外に警官まで配置しちゃって……邪魔ったらないわよ」

 やっぱり、まだ居るのか。

 律儀にずっと警備してくれているんだろうな。

 いざという時、彼には何もできないということも知らずに。

 

「迷惑かけて、すみませんね」

 バイタル?とかの機械を弄る看護師に頭を下げる。

「あらあら、大人になってぇ」

 田舎から出た大学生が帰省した時に偶然、道端で会った近所のおばちゃんか。

 

 「アナタは覚えてないかも知れないけど何回かここでアナタのこと見たことあるのよぉ。あの時はもっと尖ってたのにちょっと見ないうちに大人になっちゃってぇ」

 看護師はそう言って笑った。


「勘弁してください……。俺ももう大人しくっつーか、多少なりの成長はしたんスよ」

「みたいねぇ。……今度は脱走なんてしないでよね?アナタが思ってる以上に迷惑被る人が居るんだからね?」


 急に真顔でそう言われた。

 ……確かに、脱走なんてしたら色んな人に迷惑かけるんだよな。

 その中にこの人もいるだろう。


「……はい。もうし――」


 ゴトッ!

 

「あらっ?」

 何か重いモノが落ちる音がした。

 俺はベッドから身を出して覗くと看護師が床に落ちたを慌てて拾っていた。

 なんだその謎の電子機器は?まるでそれは――。


「アンタ、それって盗聴――」

「あら嫌だわ、私やらなきゃいけない事たくさんあるのに!」


 ウソくさい演技をし、そそくさと出ていく看護師。

 後藤に握らされて(金をもらって)盗聴機の回収に来ていたのか?

 

 

 

 ……もういい。迷惑とかしらねぇ。こんなイカれた病院、もういられるか!絶対に今夜逃げ出してやる。


 俺だけじゃあない。

 誰だってそうするだろ?


 例え……廊下に出た途端、不気味でオカルティックな雰囲気に包まれて引き返さないとヤバいことに巻き込まれると分かっていたとしてもだ。

 

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