第21話 駅の向こうの大病院にて


 目を開けると最初に目に入ってきたのは病院の天井だった。……それも何度か世話になった、県警御用達の大病院の天井だ。

 

 大きくはないが個室。

 俺みたいなガキに個室か……なんとも作為的なものを感じるな。


「……ふぁああ」

 大きく欠伸をして身体を伸ばすとパキパキという音が関節の至る所から鳴った。

 何時間寝たかわからないが身体は全快。

 

 動かなかった左腕も元通りだし脚も問題ない。

 記憶も……問題ない。

 

 最後の記憶は――明日川さんの家に来ていた、あの若い『青春』がどうとか言ってたお巡りによって発見された――というものだ。

 その後の記憶は定かではないが、あの若いお巡りによって救急車が呼ばれて、今に至るといったところだろう。

 事件性を加味して……ここの病院が選ばれた……と。

 

 コンコン。

 ノックの音と共に横開きの扉が動いた。

 返事を待たねぇならノックいらねぇだろ。


「やあやあ、相変わらずの異常値だねぇ、君の回復力は」

 俺の目が覚めた瞬間入ってきたって事は偶然……いや、監視カメラでも仕掛けられてるな……。

 

 普通ならそんな事ありえないけど……コイツならあり得る。


「お久しぶりです。……後藤さん」

「久しぶりだね天城くん。息子と同じクラスなんだって?どうだい?仲良くやってるかい?」


 ……後藤……某。

 

 下の名前は忘れた。が、この痩身でヨレた白衣を着たメガネのオッサンはクラスメイトの後藤くんの父親であり、この大病院を代表する医者の一人である。

 

「後藤くんは俺らなんかと違って真面目に学生やってますから、注意される事はあっても仲良くお喋りなんて……キャラが違いすぎますよ」


 どうせ子供のことなど興味がないくせに何故そんな話を?と思ったが一応返す。


 俺はこの医者が大の苦手だ。

 

 何故なら、この男が『隙あらば俺の身体を切り刻んで実験したい』などと企んでいるイカれ野郎だからだ。

 

 現代社会におけるコンプライアンスだナンだから逸脱し切ってる怪物の息子として生きる後藤くんには多分の同情をせざるを得ない。


「ふーん。まぁアレの事はどうでもいいや」


 息子をアレ呼ばわりか。

 受験に失敗した次男など、この男にとって歯牙にもかける価値がないのだろう。


 「それよりキミさぁ欠損したはずの左肩と右の脹脛、回復してるのおかしいよね?普通あり得ないよね?キングスモールの時ほどじゃないけど、場合によっては失血死やショック死してもおかしくなかった。キミさえ良ければ人類の進歩のための――」


「失礼」

「先輩!」

「よう。高虎、生きてるな」

 今度はノックもなしに扉が開き、本庁から出向して来ている蘇我、……赤いメガネの女の子、叔父の順番で病室へと入ってきた。


「……あれ?ん、あぁミナカミさんか。メガネ姿だとわかんねぇな」


 普段はコンタクトだったのか?

 それとも伊達メガネ?……わざわざオシャレして病院に来るのも意味わかんねぇし、それはないか。

「……変、ですか?」

 ミナカミは両手でメガネの位置を整える。

「ん?いや、見慣れねぇなって思っただけだよ」

 

 以上も以下もねぇだろ。


「それだけですか……」


 あ?なにボソボソ言ってんだコイツ。

 聞こえるように腹から声出せ。


「後藤先生、彼はもう安定してるんですよね?取り調べをしてもよろしいですか?」

 蘇我がコチラに聴こえるよう、わざとらしく声を張って後藤医師に声をかける。

『取り調べ』のところをより強調していた風に感じた。


「いやぁどうだろうねぇ。アレだけの大怪我だ。もっと色々検査してみない事には……」

 コチラをチラチラと見ながら薄ら笑いを浮かべる後藤医師。

 その不気味さから背中に鳥肌がたった。


「いやー、自分もうマジで完全になんも問題ないんで、退院させてもらってイイっすか?イイっすよね?」


 手荷物は……特になんもない。

 服さえ着替えればすぐに帰れる。

 一刻も早くココから……このイカれ野郎ドクターから逃げないとっ!


「全治……するとすら思えないほどの大怪我。そこのお嬢ちゃん曰く『犬に襲われた』んだろ?……警察にも提供したレントゲンを見たらわかるけど。骨は粉々、肉は一部食われてて完全に欠損。なのに……ほとんど何も起きてなかった姿に戻ってるなんてあり得ないよね。まったく、相変わらず研究しがいがある……」


「はぁ?三日?」

 聞き捨てならない悪寒の走る言葉が最後に聞こえたけど、あえて無視する。

 ……せめて原因を追求する必要があるとか体面整えた発言してくれ。テメーは医者だろ。


 枕元のキャビネットに載せられた私物置きにあったスマホを見ると確かに日付は火曜日になっている。

 三日……金曜日の夜に出て通報、搬送されたのが土曜日……。うわっマジで三日も寝てたのか。

 マジで重傷じゃねぇか。

 

「ずっと、目を覚ましてくれないから……むちゃくちゃに心配したんですよ!」

 ミナカミが……少し涙目っぽくなった瞳でコチラを睨むように訴えてくる。

「まぁまぁ聖奈ちゃん。高虎も意図的にやった事じゃないんだからあんまり責めないでやってよ……」

 叔父がミナカミを宥めた。

 

 珍しく?感情的になっていたミナカミは再度、メガネの位置を整える。サイズ合ってないんか?


「蘇我さん。申し訳ないんですけど今は血縁……身内だけの時間を貰えませんかね?別に高虎が何かの容疑にかけられてるとかじゃないんですし……」

「……そうですね。では一旦、私はお暇します。が、なにか分かった事があれば是非に教えて頂けますよね。天城さん?」


 蘇我が叔父に圧をかけている。

 ……果たして、蘇我は知っているんだ?

 《悪魔》の存在を知っているのか?

 ミナカミや叔父が……《本物》ということも分かっているのか?


「はぁ……とにかく警察がここに居ても出来ることなんか無いんだからさっさと出て行って貰ってだな――」


「「「――アンタもだよ」」」

 俺と叔父と蘇我の言葉が完全に被った。

 蘇我らしく無い荒々しい口調を引き出すほど後藤医師は蘇我に嫌われているらしい。

「あまり病院で大きな声を出さないで貰いたいんだがねぇ……」


 蘇我と後藤が出て行った。

 ……いや蘇我は間違いなく扉の向こうでコチラの様子を伺っているだろうし、後藤に関して言えば盗撮、盗聴の可能性すら見えてる。


 蘇我が何に執着して俺を気にしているのか早々に突き止めておきたいが……ヤツは警察だ。

 それも本社出向。

 どう探るればいいか検討持つかねぇ。


「ふぅ、ようやく静かになりましたね」

「後藤先生がいなきゃ、こうはならないんだけどね」


 叔父とミナカミの二人は普通の雑談に興じてる。


「叔父さん、蘇我が来た理由って?」

「蘇我さんな。……通報内容が『犬をイジメてる大男がいる』とかなんとかで、行ったら人間が血だらけ、大怪我で寝ているわ、犬なんかいないわで……。何があったかわからないけど調査しないわけにはいかないってことなんじゃないかな?」


 ……言葉にするとヤバいな。

 確かに警察としては調べなきゃならない事案っぽい。


「……けどわざわざ刑事が出るほどのことか?俺が重傷だったり、それこそ死んでたらわかるけど」

「重傷でしたよ!私、後から現場に戻ったんですけどウソみたいな血の量だし、野次馬に出てた人は皆『アレは助からない』って言ってましたもん!」


 ミナカミは大声とまではいかない様に調節しつつ騒がしくないギリギリの声量で……怒りを露わにした。


「……すまん」

 俺が勝手に傷ついただけなのに何をそんな怒るのか……。わからないがとりあえず雰囲気に押されて誤ってしまった。

  

「私が離れなければ、ってどれだけ後悔したと思ってるんですか?!師匠も師匠で私が泣きそうなくらいパニックになってるのに『アイツは大丈夫だろ』って呑気なこと言ってるし……」

「えぇ?ボクに飛び火するの?……ごめんなさい」

 

 叔父も頭を下げて謝ってる。


「別に……謝って欲しいわけじゃないんですよ。ただ先輩には、もっと自分を大事にするっていうか……。そして師匠はいくら先輩に《超――」

「――待て!」


 俺は《超能力》という単語を口にしようとしたであろうミナカミに黙る様、手で制する。


 二人は何が起きたか分かっていない様子で目を丸くしている。

 当たり前か。

 普通、主治医が患者の病室に盗聴機だの盗撮だの仕掛けるだなんて想像しないもんな。

 俺自身なんの確信もないのだが、個室であることや、後藤医師の入室のタイミング、ヤツの性格などから考えると……慎重すぎて困ることはないだろう。


 俺たちには『聞かれたくない話』が多すぎるのだから。

 


 

 

 

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