第18話 お犬様


 そろそろ日を跨いだ頃だってのに騒がしいお犬様のおかげで付近の住宅がいくつか明かりを付けてしまった。

 もう後、何分もしないウチに『うるせぇぞ何時だと思ってんだ』とブチ切れた住民が飛び出て来てもおかしくない。

 

 叔父曰く『警察内でも一部にしか怪異事件については知られていない』ということだ。

 一介のお巡りがその一部ってヤツに含まれているとは思えない。

 俺が注意されたり補導される分には構わないが様子を見に来た一般人や通報に応じた警察官に怪我人が出るとヤバい。

 どう考えても加害者は俺だ。

 過去、何度も警察のお世話になってはいるが、それはどれも『不良少年同士のイザコザ』として大事にはなってない。

 クズとクズが潰しあう分には誰にも迷惑がかからないからだろう。


 だから俺はこの『可愛い服を着せられたムキムキマッチョで二足歩行な犬の悪魔』をさっさと近くの公園に誘導しなきゃらないってわけだ。


「いい子だから大人しく着いてきてくれよ?」

 いつ飛びかかられても対応出来るよう利き手である右手側を一歩引いて半身のまま悪魔に声をかけてみる。

『ひ、ひと、人の目が気になる、人の目が気になるねぇ』


「犬が喋んなよマジで」

 不気味すぎる。

 アイツはきっと何か理由があって同じ言葉を連呼してるだけなのに今の自分の状況と無駄にマッチしていて若干イラッとくる。


 あとよく見ると……目が沢山あるのも不気味さを際立たせてる。

 片側に四つ、それが左右で八つ。

 …………。

 

 《八つ目犬》と呼ぼう。


 名前をつけることに意味があるかは知らんけど『悪魔』とか『化け物』って呼ぶより弱そうで良い。

 さぁどうやってミナカミの待つ公園まで誘導しようか。

 さっきから隙を見て一気に走り出そうと試みてはいるんだが……どうにも乗ってこない。

 犬は走ると着いてくるもんだと思っていたんだが、どうやら俺の思い違いだったらしい。

 犬飼ったことないから解像度が低いや。


「はい。なんか若い子と……はい犬っぽい声が……」


 マズイっ!

 通報されてる。


『グルゥゥゥ』


 八つ目犬は俺より先に声の主の居場所を特定したのか飛びかかるために四足歩行に移行した。

 俺は今から近寄っても間に合わない距離にいた事もあり何もできない。


 通報者はベランダからコチラを見ている、あの人影ひとかげだ。

 部屋の電気が逆行で見えないが、コチラも仮面のおかげで特定されてはいないはず。

 ……くそっ!この期に及んで自分の事を考えちまった。


「ガルッッ!!」

「クソがっ!!」


 俺は咄嗟に着けていた仮面を外し、八つ目犬に向かって投げた。

 が、それは大きく外れ向こうへと飛んでいく。


「……はい、なんか仮面?してて顔はちょっと……」


 通報者はまだ襲われていない?

 ……まさか、フリスビーかなんかと間違えて追いかけて行ったのか?

「あ……」


 腕で顔を隠しながら声のする家のベランダを見ると目が合った。自分が通報していることを知られたくないのか通報者はそそくさと部屋に戻って行った。


「はい……虐待してるかも……」

 と、去り際に聴こえてきたが、逆だよ。

 俺はそう言いたい気持ちを飲み込む。

 好き勝手言いやがってと思わなくもないが《見えない人》からしたら仕方ない事だというのもわかるので我慢する。


「……それよりも八つ目犬だ」

 気持ちを切り替えて仮面を投げた方へと俺は走り出す。

 仮面を着けないと俺もさっきの人と同じ《見えない人》だからだ。


「がっ?!」


 走っていると急に足がもつれてアスファルト目掛けて思い切り転んでしまった。

「いってぇ……」

 受け身を取るためにアスファルトに着いた手のひらが擦り切れる。

 この酷い痛みの出どころは決して手のひらではない。……座り込んだ俺は膝を抱えるような姿勢で両脚を確認するとズボンの一部分と脹脛ふくらはぎの表層が食いちぎられたかのように欠けていた。


「クソ犬がぁッ」


 唸り、睨むが仮面のない俺にはその姿が見えない。

 ……脹脛を喰われたとは言え、あくまでも表層。

 まだ動ける。

 傷を回復するための眠気もまだ大丈夫だ。


 眠気でダメージ量がわかるってなんか便利なような、そうでもないような……。


「ガッ?!!!!」


 立ちあがろうとしていた所を狙われて攻撃された俺は体勢を崩してしまう。

 今度は左肩をさっきよりも深く噛まれた……いや、喰われた。


 流石にヤバい。

 急に眠気が襲ってくる。

 ジワジワと這うように進んではいるが仮面はまだ微妙に遠い。


「……寝るな寝るな……街の不良少年バカたちと違ってコイツは……確実に殺しにくるぞ……」

 小さく呟き、自分に言い聞かせる。


「……ちくしょう、ちくしょう……」

 痛みでまぶたが重くなる。

 ……動けよ、俺の脚。


 這いずる俺の背後に嫌な気配が近寄る。

 勝ちを確信したのか、すぐに追撃はこない。


 街灯の明かりに照らされていない暗闇に手を伸ばし掴んだのは……。


 枯れ葉と小さな何の変哲もない石だった。


「ついてねぇな……」

 ここでなんか武器になるようなもん拾えてりゃ良かったんだけど……。

 はぁ……こうなったら……噛まれた瞬間狙ってカウンター入れるっきゃねぇな。


 絶対(自分に)大ダメージ必至だから本当はやりたくないんだけど……こんな雑魚っぽいの相手に負けるなんてバカらしくて許せねぇから仕方ない。


「来いよクソ犬」

 俺は喰われたせいでまともに動かなくなった左腕を前に差し出し挑発する。

 

 自分の腕を餌に釣る。


 イカれてる?

 俺もそう思う――。


「――イッっってぇぞコラぁ!!」


 前に出した左腕に激痛。

 何度も小さく動かして深く深くキバを突き刺すような痛み。

 ワニのデスロールよろしく、回転さえ加えようとしてる感覚に合わせて俺はカウンターとなる右拳を振り抜いた。


 当たった。

 右手に残る感触からして完璧、綺麗に入った。

 そして案の定、左腕の感覚は完全に肩から全部なくなった。


 ……暗がりで周りがあまり見えないのが良かった……。もし今が明るくて自分の左腕の状態を直視したら、その凄惨さに体調を崩していたかも……。


「ダメだ、眠すぎる……腕も顎がねぇし……足も……くそ……ここじゃダメだ……こんな場所じゃ…………」


 俺は少しでも目立たないよう道の隅にフラフラとしながら向かう。


「ここも……ダメだ……目立ちすぎる……」

 八つ目犬は、どうなっただろうか。

 叔父曰く《チカラ》のない俺は傷つけたり、弱らせることが出来ても消滅させることは出来ないらしい。


《魔法使い》や《陰陽師》だとか呼ばれる才能ある人間にのみソレは可能らしい。

 ミナカミは果たしてその人らと同等の存在なのか?というのは未だ分かっていない。


「……こんな事になるなら最初から公園に向かうべきだったな……」

 俺は街灯の切れ目に当たる暗く目立たない場所で一人自虐するように笑う。


「キミ、こんな時間にこんな……って大丈夫か?!」

 いきなり向けられた懐中電灯の灯りで目が焼かれた。


「…………」

 何か言ってるのが聞こえる。


 確信はないがどこかで最近聞いた声だ。


 俺はその声を子守唄がわりに眠りについた。

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