第17話 深夜、住宅街、男女二人、犬


 水上聖奈みなかみせいなが叔父の事務所に来て俺の抱いていた様々な疑問に答えてくれたのが先週の土曜日。

 今日は金曜日で後、数分もしたら土曜日がやってくる。

 

 今週は大袈裟でなく何度も死の淵を彷徨った先週からは考えられないほど穏やかな一週間だった。


 俺はミナカミと手を組み、母の命を奪った《悪魔》を探し深夜の街を練り歩いては空振りを繰り返す毎日を過ごし、手がかりの一つでも、と思ったが残念ながら今のところ何一つそのようなものを見つけれていない。

 そもそも先週は二度も遭ったのに今週は音沙汰がないというのもおかしな話だ。


 あぁそういえば、案の定ではあるが……俺のバイト先は無くなった。

 多少、語弊があるか……。


 オーナーの身になってみれば当然の話で、女子高生(明日川さん)へのストーカー行為をもみ消すほど溺愛して息子が警察に捕まった挙句、心筋梗塞で亡くなったのだ。残された一家総出で、この街から出ていくのも理解できる。

 誰に何言われるか分かったもんじゃないからな。


 ちなみに心筋梗塞というのは本当の死因を言うわけにいかない警察による必至の隠蔽であり、『真実なんて一部の人間だけが知ってれば良いんだよ』と叔父は言っていたが……どうなんだろう。

 

 オーナーもその息子も嫌いだったが……流石に同情するし、家族の本当の死因や、それに携わった存在がいるのなら……俺は、俺なら知りたいと思う。


 実際に俺が今こうしてミナカミと行動を共にしているのも、そういう目的なわけだし。


「っくしゅん!」

 先週まで秋口とか言ってたのに急に冬のような寒さになった気がする。深夜というのもあるが上着なしとか考えらんねぇ。

 つーか秋とか春とか年々なくなってる気がするんだが。

 

「はぁ……ほら、着ろ」

 俺は着ていたアウターを脱いで渡す。

 

「え?わ、悪いですよ……」

「アホか。悪いと思う脳みそあんなら、もう少し厚着して来い」

「……ウザっ!」


 今日も今日とて深夜の街をこうしてミナカミと二人見回っているが何も起きない。

「……ありがとうございます」

「おう。最初っからそう言え。……つーかやっぱなんも起きねぇなぁ」


『息子を亡くしたオーナーの負の感情が悪魔を産む可能性があるから先輩の元バイト先を中心に見回りましょう』とミナカミが自信ありげに言ってたが……結果はこれだ。


「すみません……」

「謝んなよ。別に責めてるわけじゃねぇんだ。なぁ、最初に俺がアンタを見たあの公園あるだろ」

「はい。覚えてます。すぐそっちの道を行ったところですよね」

「あぁ、あん時さ。いや、学校ん時もだけど。俺とアンタ以外誰もいなかったのって何だったんだ?」


「あぁアレは《人払いの魔法》ですね。《見えない人》が中に入れないようにしてるんですよ。被害を広げたり見られたりしないように」

「はぁー、なるほどな……。あとさぁ、ずっと気になってたんだけど良い機会だから聞いて良いか?」


「……なんですか?変な質問なら応えませんよ」

 訝しげな目でコチラをみるな。

 一応、俺は先輩だぞ。


「ミナカミさんって弱いのになんで被害とかが拡大してないの?逃げられたりしてるんじゃねーの?」

 

「なっ?!」

 

 わざとらしく大きなリアクションをするミナカミに「深夜の住宅街なんだから静かしにろよ」と普通の注意をする。

 

「うっ……、でも酷い言い様です……」

「それに関しては謝るけど、どう言い換えてもそういう意味になっちまうからな」

「はぁ……もう良いです。えっと、自分で言うのもなんですけど私、そこまで弱いわけではないんですよ」


 …………知ってる。

 校庭で《馬の悪魔》と闘ったあの日、仮面を借りて見た時、あのサイズ相手に一人で闘うことから逃げなかったミナカミを弱いと言うことに俺は納得してるわけではなかった。

 ただ、どう聞いてもどうせ角が立つだろうから『弱い』という表現をしてしまった。

 

「知ってるよ。敵が強いって話なんだよな」

「え?はい。その通りなんですけど……わかってたんですね」

「まぁな。どれくらいの頻度で現れるかは知らんけど、毎度あんなん現れてたらもっと話題になるはずなのに実際、ウワサすら出回ってない。って考えると『偶然、強いのが続き、俺がそこに居合わせた』ってのが納得いく筋かなと」


「相変わらずの洞察力ですね」

「つまり合ってるわけだ……悪いな『弱い』だなんて表現して」

「……私は先輩みたいに強いわけじゃないので間違ってるとまで言い切れないんでいいですよ。」

 俺が強い?

 弱くはないが別に強くは……ってお互い謙遜しても時間の無駄だな。


 「悪魔って本来もっと小出しって言うか小さいうちに出るんですよ。発生原因とかその辺りはどうしても推測でしかないんですけど」


 そう。推測でしかない。

《悪魔》という呼称はラクちゃんとやらからミナカミが直接聴いたらしいが、それ以外のことは……。

 その殆どが叔父やミナカミの話し合いで推測されたモノでしかない。

 ミナカミが弱い……いや格上に勝てないというのも、結局の所『闘い方を理解してない』というのが大きいだろう。

 身体の使い方や魔法のタイミング、その他諸々が自己流なのだから仕方ないのだろうけど。


 ミナカミが俺を強いと思ってしまっているのも、そういうところから来るのだろう。

 とは言え彼女はかなり足が速いし、誰かに基本的な部分を学べば魔法もあるし、むちゃくちゃに強くなりそうだ。


 ……そしたら俺はお役御免か。

 俺にはミナカミと組むメリットがあるが、もしミナカミが強くなったら、彼女には俺と組むメリットがなくなってしまうからな。

 

「ラクちゃん?だっけ、そういう指南役とか説明できる存在がいてくれると楽だったのにな……って今の別にダジャレじゃねぇぞ?」

「……気にしすぎですよ。先輩って割とそういう所ありますよね。普通気にしないようなこと気にして――みたいな」


 確かに……考え過ぎ悩み過ぎない面があるのは否めない。洞察力がどうとかミナカミがさっき言っていたがアレだっけ結局、悩み過ぎな性格のせいで外れることも多いし……。


 気にしいな性格のやつは『気にするな』って言われたことが気になっちゃうんだよ。


『人の目が気になるね』


「いや別に、人の目がって、そういうワケじゃねぇ……つもりだけど……知らないうちに人の目を気にしてたのか」

「先輩……」

「気にするなって言うなよ。言われるともっと気になっちまうんだ。わかるだろ?俺と同じでミナカミさんも――」


「――違います!先輩が話しているのは


 は?


『人の目が気になるねぇ』


 声のする方向にミナカミはいない。


 声だけがする。


「仮面を!」

 ミナカミの言葉で俺は腰に携えた仮面を被る。


 この仮面は《八朝山はっちょうさん》とか言う山の近くに住む謎の老人が手作りしているモノを叔父が買ってきてくれたものだ。

 原理は謎だが《見えない人》でも見えるようになる優れた代物だ。


『普通に作ったモノは普通のお土産用の商品だが極稀ごくまれに《見える》逸品が産まれるらしい。それを俺たちみたいな生業の人間に高値で売りつけてるって話だ』と叔父が言っていた。


 実際に使うのは初めてだが……効果はあるみたいだな。


 狐の面を被った俺と狗の面を被ったミナカミ。

 そして、それに正対するよう、住宅街の細い道の向こうに立つ………………。


「いぬ?」


「はい。恐らく……《人間に無理矢理、服を着させられた犬》ストレスが集合した悪魔です!」

「マジかよ?!多分にお前の主観入ってねぇかソレ?」

 つーか、アレ本当に犬なのか?!


 可愛らしい服と対照的なムキムキの胴体に犬の首がついた二足歩行の化け物がコチラを向いて尻尾を振っている。


『人の目が気になるねぇぇ』


 犬が喋るな。


「俺はアレを犬とは認めねぇ!」

「認めるとか認めないとかないですよ。それより場所が悪いです。先週の、あの公園に誘導しないと」


 誘導……?

 あの筋肉満タンの化け物を?

「ここじゃダメなのかっ――」


 何も別に隙らしい隙を見せたってワケじゃないのに《犬?の悪魔》は不恰好な四足歩行で勢いよく飛びかかってきた。


『キャインっ!』


「くそっ!蹴っちまった。つーかなんで鳴き声は犬なんだよ!すげー悪いことした気分だ!」

 動物には優しい天城くんでやってきたのに何だってんだクソ。

 

「すみません!助かりました」

 ミナカミにはバリアの魔法がある。……が、話によると発動までのタイムラグがあるらしく素早い攻撃に間に合わないことがあるらしい。

『あと、すごい強い攻撃だとバリアごと吹き飛ばされたりします』とも言ってた。

 なんか微妙だな。と思ったけど『打撃系には弱いけど斬撃系には強いんですよ』とミナカミは自慢げに語っていたのを思い出す。


 ……斬撃系ってなんだよ。

 ふざけんな。

 そんなの食らったら死んじゃうだろ。

 その話を聞いた時、俺はそう思った。


『人の目が気になるねぇぇ』


 すぐに体勢を立て直した悪魔はコチラを警戒したのか、さっきみたいな飛び込みはしてこない。

 つーか鳴き声は犬なのに同じセリフを連呼してるのは何なんだ気色悪い。


 俺はミナカミを狙う悪魔に横槍を入れるよう蹴りを入れたが……あまりダメージはなさそうだ。

「結構クリーンヒットだと思ったのに……自信無くしちゃうぜ」

「私、先に公園に行って準備してきます。の誘導、お願いして良いですか?」

 

「……いいよ。行け!すぐ連れてくから――」


 俺が言い終わる前にミナカミは走り出していた。

 相変わらずスゲー足早いでやんの。


「さて、一対一だな」

 お互いに構える。

 身長はギリ俺の方が高いが、筋肉の量は完敗だな。

 郡里くんクラスと想定した方がいいだろう。 


『人の目が気になるねぇぇ!!』


「……あぁそうだよ。いい加減、人の目が気になってきたわ。……だから公園までついて来てくれるか?犬は好きだろ?公園ってやつがさ」


 深夜の住宅街でムキムキマッチョで二足歩行の犬とタイマン張る日が来るなんて、こないだまでの俺に言っても信じないだろうな。


 とにかく公園までお散歩と行こうか。

 

  

 

 

  

 


 

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